
私の通っていた学校のロータリーにある創立者の3指針の写真

昔はスロープは無かったが学校事務局の入り口
様々に迷う気持ちを持ちながらも本日同窓会に参加をすることにした。近況を挨拶しろといわれており、ここ数日気の重い日々が続いていた。議会が開催されたのだがその問題よりも実は気持ち的に比重が大きく気持ちを重くしているのがこの同窓会であった。
新宿で乗り換えて中央線に乗り国分寺で西武線に乗り換えた頃には気持ちの重さはピークで「帰ろうかな」と思っていた。そこに「今村、久しぶり」と声がしたふと見ると昔の旧友である。なんと奥さんは南アフリカの人だという34年という月日の隔たりを感じながら、話をしているうちに気持ちが軽くなってきた。学校近くの鷹の台駅に着いたときには道路がこれほど狭かったかなと思いながら話をし、昔の野球グランドがあったところがマンションに変わっていたり、月日の長さをまた感じた。
学校に着くとすでに20人ぐらいの同窓生が集まっていた。学校の校舎は昔のまま耐震補強はされているものの思い出が彷彿とするような感じでたたずんでいた。
みなが声を掛けてくれて「きてよかった」と心から感じた瞬間であった。7人の同窓生が他界しているという報告の後にその同窓生たちの追善供養がおこなわれた。実は5人は初めて知った死であり、よく遊んでいた2人に関してかなりショックな話であった。
私の話す番になり、正直にこれまでの人生を簡単に語って行った。皆笑いながら最後には拍手をして聞いてくれた。何十年ぶりかで心の中の気持ちを正直に話せた満足感に私の心も満たされた。退学になったときとその前の担任も来られていて、戻ってくるまでの月日の長さを感じた。
友人が同窓会の入会が許可されたといって申込用紙を持ってきてくれた。「6組までしかないんだが中途でやめたメンバー用に7組が創設されたんだ」といわれ、皆に冷やかされながら、「やっと戻って来れた」この感慨であふれる気持ちであった。
吉祥寺に場所を移して同窓会第2部が始まった1部が70人ぐらい2部が100名ちょっとのメンバーだったが夜のふけるのも忘れて語り合った。本当に着てよかったという1日になり、満足感を胸に自宅に帰って来た。
今村、本当によく来てくれました。
あれから、よく頑張ったんだなって、みんな感動しました。
30何年前に一瞬で戻るから不思議だよね。
でも、あの頃の自分より大きい子供がいて。
頑張ってください。同期で応援します。