この半年間ほど市内の話題になっていた、知る人は知るというような内容であったかもしれないが、1946年に小田原商工会議所ができてから(この年数は聞いたまま書いているので違うかもしれない)、初めての会頭選挙がおこなわれるという事で市内で話題を呼んでいたのである。
神奈川県内でもほとんど会頭の選挙は行われないところが多く、この間相模原でこれも初めてという選挙がおこなわれて話題になった。
商工会議所という団体の性格上争うという形の選挙よりも話し合いで次の取りまとめ役を決めていくという形が踏襲されて来たものと思われる。(これも商工会議所の仕組みのわからない私の推測の話です。)
若い世代(私たちの世代も含めた団塊の世代までぐらい)というには少しとうが立っているのかもしれないが、この順番に話し合いで責任者を決めていくという流れに反発を感じこのままでは何も改革できないという事で立候補したのでしょうか?私は当事者ではないので何とも言えないのですが、いたずらに現体制の批判だけで立候補したのではないと思いたいところはあります。それでは、筋が通らないのではないかとも思います。
立候補された人がどのような考え方であったのかよくわかりませんが、選挙は行われ、僅差で現職の会頭が再任されました。これからどのようになっていくのか注目をしていきたいと思います。
今までの流れでいい部分、それに飽き足らない部分、この辺の調整をいかにしていくのかこれは私たち議会のもあり共通の部分であるなという感想を持っています。