本日は朝10時から議会説明会が開催された。内容については順次明らかになってくるのでここでは話さない。ただ説明会に関しては、ただ質問をする議員、自分の意見を表明する議員様々にいるのだが、2時間近くになってくると自浄作用か時間調整が暗黙のうちに始まってしまうことはちょっと今後の課題かなと思ってしまうところもある。
その説明会の話に花を咲かせながら、昼食を取ったのだが、明日から12月議会が開会されることもあって、質問通告の話でしばし夢中になった。私自身9月に1回休んでしまったので聴きたいことは一杯あるのだが、総合計画審議会の会長をさせてもらっているということもあって其処の審議内容であまり意見が出なかったことを中心に質問を構成する事にした。
ちょっと多くて4点にわたって質問をすることにした。大きなテーマが多く、具体的な話にならない恐れはたぶんにあるのだが、12月から3月の代表質問に結び、予算委員会を経て質疑を完成していけばいいという考え方で今回の質問を構成する事にした。
事務局に通告をプールさせてもらって帰ることにしたのだが、こうしておくと明日、印鑑だけ押せば提出できるので便利なのだ。質問の順序には全くこだわっていないのだが、あまり遅い日にやりたいとは思っていないのでさっさと今年最後の質問をくくりたいと思っている。
午後からは所管を回って懸案事項の相談を持って行ったり、今後質問に使用する内容に関しての調査をしたりして忙しい時間を過ごした。気が付くと4時を過ぎてしまっていた。最近ジムに週に1度行くだけになってきたが、本日もいけそうにないことを大変に残念に思うところである。
汗があまり出なくなっている季節だけに思い切り汗をかきたいのだが、冷や汗しか流していない現状が大変に残念である。
様々な問題で、様々な思惑が行き来する12月議会になるようなので自分自身のスタンスを見失わないように進んで行きたいと思っている。
韓国のドラマの「冬のソナタ」のヒット以来大変な人気をはくしているのがこの人であろう。ヨン様という言葉をマスコミが何回も流しているのだが、この現象はいったいどういうものなのか?いい年をした(大変失礼)大人の熱狂的な大騒ぎを子供たちはいったいどのような目で見ているのだろうか?
ここのところヒットするものが、人と人との係わり合いというか絆というか今の時代になくなってしまったものを描くものがヒットをしているような気がする。暖かな血の通った人と人との交流がドラマの上だけではなく、現実社会の中で築いていくことが出来ないというのは問題である。虚構の世界の中で遊ぶのはかまわない。
しかし、現実の中でも充足した空間を、充足した生活を持って欲しいと思う。騒いでいる人たちの顔を見ていると何か満ち足りないものを感じてしまうのは私だけであろうか。
本日も1日勉強をしてきた後に自宅に帰るとヨン様のニュースをやっていた。韓国に帰ったようだが其処の空港まで日本からの追っかけがいるのを見てなんか気味が悪くなってきた。本当にこのような時代でいいのだろうか?
日本の国はイマ、来年からの三位一体改革の結論が出そうになっている。地方分権には欠かせない改革なのだが、未だに明確な答えが出てこない。全国一律の基準などいらないのである。教育においてもそうだ。教育の後進県が出来ると困るというが、江戸時代は300の諸藩がそれぞれに工夫を凝らしてやっていたのではないだろうか、地域ごとに特徴があっていいような気がするんだがどうだろう。また、経済のあり方も土木工事の必要性もそれぞれの地域によって違う。大きな意味での独自性を生かさないといけないと思っている。それ以前に神奈川県のように地方交付税の不交付団体の多い県は三位一体の改革で何がどのように変わっていくのかが見えないところに不安を感じてしまう。
今回の議会で質問をしてみようと思っている。

たまねぎの苗を必死に植えているところの写真である。
朝からバタバタ打ち合わせをすることがあってアリーナに飛んでいった。最近は運動する回数も減り気味だが、持続は力なりで頑張りたいものだ。課長がちょうど帰って来た打ち合わせはうまく運んだ。自宅で少し仕事をしてから、下中農協の「たまねぎオーナー園定植祭」に参加するために小田原市の橘に向っていった。
秋真っ盛りといった感じで途中の農道にも数多くの人が出ていた。
指定された場所に車を置いてまずはじめに申し込みを行い、そのあとにたまねぎの苗を一人200本選んでつんでいく作業になる。ここで結構時間がかかったのだが、一人出来たことをすでにこのときに後悔をした。数多くで楽しくやれるものだということを感じたためである。
200本の苗をもって植える場所に移動をして穴の開いているところに1本づつ植えていく。初体験なもので、どの程度させば育つのかがちっともわからない。力加減を工夫しながら時間をかけて丁寧に植えて行った。
作業が終わり順次三々五々帰っていく。この後は4月に草むしりに来ればいいということだが、来年の5月の収穫の時にはいったいどのくらい取れるのか楽しみである。もともとたまねぎは大好物であるだけに5月の実りを楽しみにすることにしよう。
自宅に帰ってから市民相談に3件歩いているうちに夜になった。本日は丹沢湖で「丹沢マラソン」があったようで、其処に参加をしていた人が帰りによって様々な話に花が咲いた。あまりよからぬ話も聞いたのだが、それは本人の問題であるので聞こえないフリをしていた。自分に話されてもどうにもならないと判っているのだと思うが誰かに話をしたいのだろうと理解をして聞いているような聞いていないようなフリをしていた。
本日も1日が終了である。
朝から勉強に出かける。何の勉強なのかはイマのところ秘密である。1日時間が制約されるのだが、この1日で得るものは大きなものがあるのである。
講義を聴くなんていうことはあまりないので、最初は眠気との戦いになる。頭も動くのだが、一つ一つの記憶力になると少々怪しい年齢である。
必死に要点をノートにまとめながら聞いているうちに、あっという間に夕方になった。月曜日も同じような講義を受けるのだがだいぶ調子が出てきてこういう雰囲気にも慣れてきたような気がする。
想定されたシチュエーションをどのように分析して理解をして対応するかという内容に関してはなかなかに興味深い内容であった。わざと(そのように善意で解釈をしたのだが)どのような形にも取れる課題を与えられて私たちが対応を答えていくので、正解はないというか正解は様々に存在するのである。今、子供たちに必要な事業はこういう事業ではないのかと自分が体験していてそのように感じた。初めて体験することの答えはたぶんに手さぐり的になる。其処を入り口の段階で否定されてしまうと其処から先に行く気力も意欲もなくなってしまう。大人ですらそのように考えるのだから子供では尚更そうなのではないのか、こんな雑念にとらわれているうちに時間が過ぎ講義は終了した。
夜は少し時間が出来たので、「海を渡るヴァイオリン」というドラマを夢中になってみていた。自分の育った時代と非常に重なる部分や、韓国の人に対しての子供時代に大人が持っていた感情。横浜育ちの私だけが感じていたわけではないと思うが、国籍の違いでかなりの差別や意固地になった人たちを子供心ながらに見てきたこともある。父親に「差別なんておかしいんだ同じ人間じゃないか、お前はああいう大人になってはいけない」と、強く何回も言われたことを思い出した。
最近なかなかいいドラマがあるのではないでしょうか?乾いた感情に水分が必要になってきているのかもしれませんね
ここ数週間異様な音を立てていた軽自動車のマフラーがついに落ちてしまい暴走族のような音になってしまった。マフラーが単純に腐ったものなのだが、これを交換するのがなかなか忙しくて出来ないでいた。
修理工場に運んでいくまでの間も「整備不良」でつかまるとイヤなのであまり車の通らないところを選んで移動した。
夕方までに修理が終わると聞いて一安心である。いくらかかるのかなと思いながら、もう1台の車もかなり痛んできているのでその車の乗りながら、軽自動車の見学に行った。うちの車は下取りの金額は0だという。覚悟はしていたのだがこんなものなのかなあ。7年近く乗っているので仕方がないのだが、なんとも割り切れない気がする。
「小田原サイズ」というと小田原の人に怒られるかもしれないが、小田原の町を歩くのに適したサイズに車を変えていくつもりである。もう少しいろんなところを見て決めて行きたいと思った。
夕方車の修理が完了したというので取りに行った。2万5000円で出来上がった。思ったよりも安く出来てほっとした。
其処からあちこちに用を済ませて動いたのだが、やはり軽自動車は楽だなと改めて感じたのは、ちょっと用があってよるときに簡単に車を停車させる場所を見つけることが可能だということである。私のような仕事をしているものにとってはこの車のほうが都合がいいのである。
そんなこんなで1日過ぎました。
朝からいい天気で絶好の行楽日和である。酒匂川河口の海岸に久しぶりに車を向けて走っていくと、昨年不法投棄の車で一杯の海岸があちこちに大きな石で仕切りがしてあって車をいくらも止められなくしていた。「なるほど、こうすれば不法投棄は出来なくなるな」と思っていたら、其処に残っている2台にホームレスが住んでいるのにまた、びっくりした。
1時間ほどあちこちのゴミを拾いながらジンワリと汗をかいた。其処から打ち合わせのために某所に移動をして2時間ほど情報交換をかねて談笑をした。ひとつの問題であっても受け取り方が様々に違うし、分析の仕方も違うたまにこうした考え方をぶつけ合うのは自分自身がバランスを取るのには必要である。
其処から夜までは市民相談を受けるためにあちこちに移動をしながら話を聞いた。本日は5時には市役所でスクリーンを借りなくてはいけないために、其処までメイ一杯の相談を受けてから役所に移動をした。
持つものをすべて持って、役所から市民会館に移動をして、先に食事を取った。そこで他の党の先輩議員にばったり出くわしたら、そちらの党も本日5階で総会をおこなうとのことで5階と6階でにぎやかにやりましょうといって分かれた。
会場に行き、スクリーンをセットした後に、ビデオ、プロジェクター、パソコンと本日使用するものを次々とセッティングして実際の音量をチェックする。事前に危惧していたように、ビデオの接続コードの接触不良とパソコンに取り込んできたものの音が低いことが判明した。いまさらどうにも出来ないのでパソコンのほうはマイクを近づけて使用すると何とか会場に後ろでも聞こえることがわかったのでそのようにすることにして、ビデオの接触不良に関しては音の出るところで後は動かさないようにしてもしダメだったら手で押さえることにした。これも音量が足りないことがわかってきたのでマイクを近づけることでフォローをすることにした。
プロジェクターでビデオ、プレゼン、横断幕の代りのメッセージボードの3役を初めて挑戦するのでその切り替えにも神経を使った。
大会は順調に進行をしたが、予定外の質問に会場の党員がやり返すなんて少し激しい部分も飛び入りであったことが会場の変化としてかえって活気につながったようで最後は盛り上がっての終了となりほっとした。
来た人も立ち見が出るような状況で久しぶりにいい大会になった気がする。細かく見れば問題点はいくらでもあるのだが概ね良しとしておく。
役員の皆さんお疲れ様でした。終了後スクリーンを返却に役所に行くとまだ、残って仕事をしていた職員がいたのでついつい話し込んでしまい。自宅に帰ってのは10時を過ぎていた。
本日、総合計画審議会は午後からなので朝はゆっくりしようと思っていたら朝8時から大工さんが入ってトンテンカンやり出したので堪らずに仕度をして役所に出てきた。
役所に行ったら行ったで仕事があるのであっという間に午前中が過ぎていった。あちこちで打ち合わせを行っていたのだがそれはそれで身のあるものとなった。
午後からは総合計画審議会が始まったのだが、以外に情報部門に関しては意見が出てこない、まあそれでもそれ以外の市民参加都市全般にわたっては熱心に意見が出てきたのでいいことにしようか。十分に参考になる意見、もっと小田原のことを知ってから意見を言ってくれないかなと内心思う意見。いつものようにキレイごとばかりを正義面して言う意見。さまざまな意見が織り成されてきていよいよ全体の審議はゴールが見えてきた。
一月後の12月24日には重点プロジェクトについての意見を伺う前にこれまでの各委員の意見についてどのように反映したか、またどのように考えているかの一覧表を行政側に提出してもらい、そのことを中心にしながら1月に行われる総括審議の議論の主題にしてもらうことの合意を得る事が出来た。
基本計画といいながらも様々に意見が出され、部分修正の指摘も数多いのでここが正念場になってくるのだろう。これからの作業をきちんとやらないとこれまでの審議が形式だけといわれかねない。
終了後、かなりの脱力感があったが、引き続き党の総支部大会の役員会に参加、参加というよりも明日の実施に向けて細かな点に注意を自分が言わなくてはいけないので、頭が相当に疲れる時間となった。
この辺の運営を他の人がスムーズに出来るようにならなければいけないということをいつものことながら感じるひと時でありました。
久しぶりに1日パソコンに向うこととなった。総支部大会の様々な資料を作成しなくてはいけないので本日は集中してこのことに専念することにした。
仮議長の議事進行原稿、議長の挨拶原稿、議事進行原稿、大会運営委員長の挨拶原稿、大会提出議案の説明原稿、表彰対象者の名簿を振り仮名つきで作成、進行レジュメの作成、議事進行表作成、大会議案の質疑、答弁を作成・・・・・。
これほど原稿を書くのは久しぶりである。とはいってもほとんどがインターネットの切り張りで出来るのでありがたい限りである。
あっという間に夕方になった。残りはインターネットテレビのどの部分を会場で放映しようかの絞込み作業に移る。このテレビ中継を含めて私の持ち時間は30分なのだが、どうしても5分ほどオーバーしてしまう。本来43分で中央の大会で話しているものを30分に縮めてやろうというのが無理がある。ましてや神奈川県本部の段階で少し水かさを増しているものだから尚更である。
出来るだけ努力をすることにして時間内に入れることを諦めた。しかし、本当は時間をかけて大きな会場で出来るといいなという思いも浮かんでくる。総支部で議案にさらに水かさを増すような大会議案を作成して、1日がかりで質疑討論を受けて採決していくようなダイナミックな大会をしてみたいななんて欲望もわいてくる。そのためにはこの人数で運営していくこと自体が無理なので実現の可能性はきわめて低くなってしまうのだが、いずれにしても少しでも多くの意見を反映できるような大会運営に心がけて生きたいのだが、時間の制約は厳しいものがある。
明日も総合計画審議会の後に実行委員の打ち合わせがある。具体的につめなくてはいけない点を確認して作業を終了した。
朝から様々な人と話をしながら、様々な問題について話をした。午前中が3人。午後が3人午後3時過ぎからは25日に開催予定の小田原総支部の大会について、どのように議事進行をするのかを打ち合わせを行った。
若干設営面でトラブルが生じた。横断幕を業者発注したのだが、スクリーンを設置する位置と被ってしまい、せっかく作っていただいてもあまり役に立たないことがわかった。業者に確認をしてもらったところまだキャンセルが間に合うということなのでキャンセルをさせてもらった。
広い会場での設営だとこのようなことは起きないのだが、狭い場所で何とか格好をつけておこなおうとすると様々に工夫が必要になってくる。PCで横断幕の代わりのキャプションを作成することにした。
総支部というとこの地域の2市7町が対象になるのだが、一人で頑張っている議員も多い地域なので情報交換はとても大切になってくる。ひとりで様々な問題を判断したり、勉強したりしなくてはいけないので出来ることは私たちのように複数いるところで出来るだけのフォローをすることにしている。本日も午後からある町の議員が勉強にやってきたが打ち合わせの時間とどうしても調整が聞かなかったので所管にお願いをして、引き合わせた後の説明は頼んでしまった。夕方本人と連絡を取るときちんと満足した調査が出来たようでほっとした。
夜自宅に帰り、仕事に整理をしているうちに10時を過ぎてしまった。本日は大変にタフな1日であった。
本日はお休み。体の調子次第で歩くつもりであったので予定を空けていたのだが、朝起きて、筋肉痛はそれほどでもなかったのだがつま先が痛いので無理をしないことにした。昨日一緒に歩いた1期の議員さんから電話が入った。「今村さんきょうも歩くの?俺は筋肉痛で体中が痛いのでパスをしたい。」という内容であったので「俺も痛いよ、無理をしなくていいんじゃない。」といって電話を切った。
市長が2日目の本日、歩く予定だということを昨日聞いて、昨日参加の議員はみな「一緒に歩こう」と声をかけられたので皆さん迷ったものらしい。2日間歩くと小田原市のふだん見ないようなところをかなり歩けるので有意義だと私も考えてはいるが、体に問いかけてだめなときは無理は禁物である。
そういうことで、本日はだらだら過ごす事にした。この間も書いたが12月定例議会前ということあって、自宅にいても様々にやることがあってあっという間に1日過ぎてしまった。机に向かっていると体の痛みも感じないので快適に学習をしたりしていると部屋の窓から差し込む日差しがなんとも柔らかい日で、うとうとまどろむひと時もあって本当にいい休日になりました。

えっさほいファミリーの1人と記念撮影
朝6時に起床をすると昨夜からの雨がすっかり上がっていい天気のようである。仕度をしながら本日無事に歩けるといいと思っていた。9時に小田原駅で待ち合わせをして南足柄、大井町、松田町それぞれの女性議員さんと合流をして会場に向った。会場で1期の議員さん3人と合流をして総勢7人かと思いきや1人の議員さんは奥さんと友人を連れて参加されるようで総勢10名で歩き始めることと相成った。

出発式での市長が挨拶している写真である。
出発式がなんとなくずれ込んで実際に出発をしたのは午前10時10分になっていた。とことこ歩いているうちに一緒に歩き始めた10人がなりわい交流館ですでにばらばらになってきた。これははじめから予想をしていたので昼食休憩をする予定の「飯泉観音」で全員が合流することにしてそのまま歩き続けた。
いつもよりゆっくり歩きながら、大井町の議員さんとペースが同じようなので話しながら歩き続けた。歩くたびに思うことなのだが、歩く人の数が多すぎて前が詰まることが多く、ついついその人たちを抜くのに早足になってしまう。そんなことをしているうちに後続の議員さんたちとずいぶん距離が離れてしまったようである。
飯泉観音で全行程10キロのうち、6.8キロが終わった。12時ちょっと前に到着をしたが其処から30分ぐらいで続々全員到着をした。其処からゴールまでが実は大変にきついのである。市役所まで3人で一気に行ってトイレ休憩をする。このころには他の人とはゴールで合流することにした。靴をウォーキング専門の靴で歩いていたのだが膝が痛み出してきた。つま先も内出血をしているようだ。靴が合わないのである。膝を手術してから様々な靴を試しているのだが合わない靴はこのように長い距離歩かないとわからないときが多いのだ。
もうゴールが見えているのでゴールまでだましだまし歩き続けた。午後13時25分。無事にゴールインが出来た。そのころにはかなり膝が痛かったのだが何とか完歩出来た。土踏まずのところが上がりすぎている靴はどうも自分の足には良くないようだ。
自宅に帰りすぐに風呂に飛び込む。1時間じっくり浸かった後に筋肉の消炎剤を体中に塗りたくる。これをしておかないと翌日筋肉痛で起き上がれなくなるためである。明日も歩く人が多いのだが私は本日1日の参加で止めることにした。
しかし、晩秋のひと時をこのように汗まみれになって歩くというのは大変に気持ちのいいものである。
朝から時間を間違えた。常任委員会の開会が午前中だと思い込み役所に駆け込むとなんと午後からであるという。なんか損をしたような感じがしたのだが、其処はただ時間をすごしてもつまらないので様々な所管に電話をかけては役所をうろうろと情報交換をするために歩き回った。
総合計画審議会のメンバーであることが12月議会の質問をさせにくくしている部分もあるのだが、其処で触れない問題についての質問をするための準備をしていかなくてはいけない。午前中はそういうことを探りながら議員同士で懇談をしてすごした。
午後から委員会が開かれたのだが1時間足らずで終了をした。こういう内容の薄い委員会の開催に関しては今後考えていかなくてはいけないという感想を持った。残りの時間は1期生の議員さん数人と談笑をしてすごす。12月議会に向けてそれぞれに思いがあるようで、自分なりに感じていることを言わせていただいた。
夜には会合にお邪魔をさせていただき挨拶をさせていただいた。今後のあり方が変わってしまう地域の会合であったので10年間近く本当にお世話になったお礼を心からさせていただいた。これで会えなくなる訳ではないのだから何かあれば電話をかけて欲しいといったが、時間の経過とともに忘れられていくことがなんとなくさびしくもある。
自宅に帰ってきて明日の準備にかかる。久しぶりに「ツーデーマーチ」に参加をする。無理をしないようにということと降っている雨が上がることを心から願いつつ就寝をする。
午前中はゆっくりと湯河原まで車を走らせる。このくらいの距離だと軽自動車でも楽勝の距離である。友人の葬儀の時以来の湯河原の町であったが用事を済ませて次の用事のためにすぐに小田原に戻ってきた。
昼過ぎから雨がぱらついてきた。何回も書いているのだが雨の日にはついつい体が重くなる。もともとが働き者ではないのだななんて独り言をぶちぶち言いながら秦野のまちに移動をした。友人と久しぶりに会うために来たのだが、話に夢中になっているうちに雨のことはすっかり忘れてしまったのだが結構降っていたようで夕方友人宅を出るときにも雨が降り続いていた。
自宅に帰りつくと其処からはいつものとおり活動を停止した。雨の日には十分にいつも出来ないことをすべきときなのである。ここの所痛んでいた膝も本日は楽なようで痛まない。昨日ジムで走らずに歩き専門でいたことが良かったのかもしれない。
政府税制調査会(首相の諮問機関)は二十一日、総会と基礎問題小委員会の合同会議を開き、その会議の内容を見てみると消費税の税率を上げることとか、平成十七、十八年度税制改正での定率減税と所得控除の廃止・縮小などの内容が並んでいる。また、様々な税の控除も見直すことになりそうであるが、これだけ国の借金がある財政状況で国民がある程度いたい思いをするのはわかるのだが、痛い思いばかりで報われないのでは困ると思う。社会保険庁をはじめとする、様々な政府関係諸団体の無駄を徹底的に排除、そしてそれを国民に情報公開しきちんと国民が納得できる状態にして増税政策をして欲しいものである。
やるべきことを中途半端にしておいて国民からだけ吸い上げていくというのでは今までの政治と何も変わらないのではないかと思っている。国会議員の先生方、自分の利権を守るより先に国民の生活を守っていく目をしっかり持ってくださいよ!!
朝からなんとなく忙しい。まずはじめに役所に忘れ物をとりにいく。私服のママ行ったのでできるだけ目立たぬように資料を取って自宅に帰って来た。20日の「ツーデーマーチ」で一緒に歩く人たちに注意事項と待ち合わせの時間を連絡するために文章を作りそれぞれにFAXを送付した。
本日から議会では2つに委員会が視察に出かけている。2つの委員会で総勢15名がいないとなると何かあったときには議会は過半数割れをして開会できないということになる。これは今後の課題として意識をしないといけないことだと思う。昨年私が副議長をさせてもらっているときに同じ委員会に議長もいたのでこれはまずいなとよく議長と話をしていたことを思い出した。
地震予知連絡協議会で話が出たようだが、この地域はいつ大きな地震が来てもおかしくない地域である。そういう意識の中で常に臨時に議会が開催できる体制を意識しておかないといけないということを感じている。「平和ボケ」と簡単に皆さん言うのだがこうした小さなことにしても「まさか」という気持ちがたぶんにあるということだと思う。
夕方からは妻と自宅の車を軽自動車2台にすることについて話し合った。1台はすでに軽自動車なのだが、つい使い勝手がいいものでこの車が一番使われるようになる。チェイサーが1台あるのだがなかなか人気のない状態になってしまっている。軽自動車のマフラーに穴が開いて修理しなくてはいけないというところから、もう1台も軽にしようかという話になっている。
来年から車を買うときには廃棄のときのお金も上乗せされると聞いているので、年内にどうするかの結論をつけて行きたいと思っている。
朝8時に自宅を出る。徒歩で役所に行こうとして途中で駅に向って電車に乗った。なんとなく膝の調子が悪いためである。
役所近くの駅で降りると職員の何人かと一緒になり其処からは話しながら役所に向う。これは大変に楽なことで、一人で歩いているとついつい退屈してしまうのだが、あっという間に役所に着き時間を見ると8時25分であった。たぶん歩くと8時40分には役所に着くと思われるが朝は意外に空気が悪いのでこういう来方がいいかもしれない。
9時30分から総合計画審議会が始まった。意見が多く出てテーマも行きつ戻りつすることに若干戸惑いながらも、何とか12時20分には審議終了となった。本日はこのまま永遠に議論が続くのではないかという危惧を途中で持っただけにうまく終了してやれやれという気持ちである。
途中の休憩で委員さんから「会長は意見を言えないのですか?」という質問があった。「皆さんの議論が熱心なのでまとめる側に回らせてもらっています。」と答えたものの、合間合間で結構意見を言わせてもらっているのだが、気が付かない程度だと認識が出来てほっとした。
意見の幅に波があることと、以外に基本計画の文言に建設的提案が多いことに若干満足をしている。この審議会のまとめは大変になることは現在でも想定できるが方向性が見えてきたような気もしている。いずれにしても年内後2回の審議会の充実に頑張っていこう。
午後から市民相談を片付けて、小田原駅まで車をとりに行き、其処から本日始めて自動車に乗り帰宅をした。夕方小田原に出かけたときは車での移動になったが歩くことでいつもと違う何かに気が付くことが出来ることに少しだけ満足感がある。
本日は早朝から妻と学習する目的で出かける。1日がかりで様々なことを学ぶのだが、久しぶりに講義を聞くだけというシチュエーションに若干の不安感を持ちながら望むこととなった。ここのところ、総合計画審議会で会長ということも会って人の意見を拝聴する機会が大変に役立つということを講義が始まってしばらくして気が付いた。
何時間授業がおこなわれても苦痛ということにならずに集中力が切れずに聞くことが出来るのである。あっという間に午後5時まで過ぎてしまった1日であった。
自己研鑽だけは自分でやる以外にないのだが、本をよんで学べるものと実際に講師の考え方を聞きながらテキストを通して学ばなくてはいけないものがあるということを最近感じている。ただ、講義の内容に関してしっかり吟味して望まないと専門的過ぎて内容がちんぷんかんぷんになってしまうこともあるということを私が1期生のときに感じたこともある。
いずれにしても十分に満足できる1日になった。今後の展開が楽しみである。講義は残り8回あるので自分なりに自宅での研鑽をしっかりして行きたいと思いながら帰って来た。
本日は朝8時から電話が不思議なくらいかかってきた。午前中自宅にいる間だけで12本の電話がかかってきて、昼近くには話しすぎてあごが疲れてきた。こういう相談というのは本当に波があることを感じている。不思議に電話がかかりだしてくると次から次へとかかってくるのが不思議だし、また皆さんよく私のいる時間がわかるものだと関心をしたくなる。
午後からは板橋でおこなわれている「秋の交流会」に行こうと思っていたのだが予定変更をやむなくされたものがあったのでそちらを優先させてもらった。水を大量に飲んでいるせいなのか体が重ったるい。しかし最近停滞期に入ったのか体重の変動もなく、膝が痛み出したりしているのでここが頑張りどころだと思っている。
出来るだけ出かけるときも歩けるところは歩いていくようにしているのだが、こういうときに忘れ物をすると大変なことになる。
夕方から夜にかけては友人と過ごしていた。その最中にも電話が入ったが日曜日ということもあって数多くいただいた問題提起に関して整理をしながら夜遅くまで仕事をしていた。友人にも手伝ってもらいながらの整理になってしまったがこういうのもたまにはいいだろう。
本日は午前中に、市民相談2件受ける。本日の内容は後日役所にいかないとわからない内容なのでそのように相手に申し上げる。午後からは横浜の県本部大会に参加するために車で会場に向う。県民ホールでおこなわれるのだが、県民ホールの駐車場は周辺に比べると安い値段でとめられるために時間よりかなり早く現地に着くように出かけた。
ETCの装備はもとより装着していないために、すいすいETCを通過していく車を横目で見ながらの移動になる。しかし、首都高速はなぜに専用レーンがないのかといぶかしくも感じた。私のように常に有料道路を使用しない人間にとってはまだまだETCというのは無縁のものだと改めて感じた。
会合は午後6時に開会となり、順調に式次第が進んでいく、途中、議案の説明ぐらいから時間が連れ込み始めたのだが、これはその量から考えると無理もないと思う量なので仕方がない。しかし、こういう大会の形式というのがいつまでも変わらないのだが本当にこれでいいのかという気持ちもわいてくる。
新しい体制の発表もされたのだが、出来ればタウングループ(町議員の集まり)のようなグループを一般市という塊で作ってもらえるといいのにという感想を持った。様々な場面で政令市県会と若干の違いがあるのが一般市で財政状況も違うのでこういう塊で研修をしていくとたとえ少数でも新しい政策が出てくるような気がするのだがどうだろうか?
そんなことを考えているうちに閉会となった。其処から急いで帰宅。8時15分に会場を出て自宅には9時10分に帰りついた。
3ヶ月間体調をきちんと管理して体重も6キロ落とし、体脂肪も3.3%落とした。この間おこなった血液検査の結果を聞きに医者に行ったが「大丈夫だろう」という部分と「不安」とが同居をしていた。
結果に関しては7月に受けた検診結果からひとつを除いてすべてクリアをした。たぶん議員になってから一番いい状態に体があるということだと思う。しかし、尿酸値だけは多少下がったものの規定値をはるかにオーバーしている。ついに薬を飲むことになってしまった。「今村さんが努力をしたことは他の結果を見ても明らかですが、尿酸値だけは体質的なものでしょう」と医師に言われ、「薬を飲みながら経過観察をすることにしましょう」という結論になった。
もともと症状が出ていないので尿酸が高いとどんな痛みがあるのかはよくわからないのだが、いずれにしても長い戦いになりそうである。「水を毎日3リットル近く飲んで尿を毎日2リットル出さなくてはいけない」と先生は言うのだがこれはこれで大変な作業である。私自身水を比較的に取るほうだと思うのだがそれでもこの量は大変である。
夜にはドクターコトー診療所を9時から堪能する。私はこの原作のKCをすべて持っているのだが、この時代に何が求められているのか人と人がどのようにかかわりあうことが必要であるのか様々なことをついつい考えてしまうドラマである。明日は横浜で県本部大会に参加するために見れないことが残念である。
本日は午後から総合計画審議会が開催された。「文化創造都市」というテーマのもとにまとまった基本計画に関しての意見をぶつけていくのであるが、だいぶ途中でほかの事に対して委員さんたちが御自分の主張を展開されてしまって、少々戸惑ったことがあった。
ただ、改めて感じたことであるが、小田原市というのは文化人の事跡を含めて、様々な文化資源、歴史資源が混在しているということである。イマ、全国どこの都市も町の中にある文化的財産や歴史的財産を資源として観光事業を展開している。ところが小田原市は数多く持ちすぎてそのすべてがうまく生かしきれていないという感が拭えないところがある。
今後、どこに特徴を持たせ、どこに魅力をつけながら情報発信をしていくのかが大きなテーマになってくるのではないかと思いながら皆さんの意見を聞いていた。本日は議事進行にゆとりがあったので十分とは行かないまでもかなりの時間委員の皆さんの意見を聞きながら進めていけたのではないかと思っている。
夕方は久しぶりに気の会う仲間と食事をしながら様々なことに関して話に花が咲くというよりか意見をぶつけあわした。気がつくと11時を過ぎてしまったのだが、ここの所体調の関係でアルコールは止めているので、ウーロン茶の飲みすぎで胃がかえって痛くなってきたようである。
本日もあっという間に1日過ぎてしまった。

市政研究会で工場見学
本日は朝9時に役所に到着、一番初めに息子の年金の手続きをおこなった。それと同時に大学生であるために支払猶予の届けも提出した。あっという間に20歳になってしまったというのが親の実感である。
その後役所に集合した他の議員さんたちとバスに乗り込んで中村原の工業団地「西湘テクノパーク」ないの「幸楽苑」さんに向った。
初めてのラーメン作りと餃子作りの工場見学である。機会がすべて特注で、手作り感覚を生かした向上であることに驚いた。この会社だけで1日お客さんが日本全国で18万人こられるそうだ。そのうちの約半分が餃子を頼まれるということで1日9万食が必要とのことで、この工場では1日15万個製造をされているということであった。
値段もラーメンと餃子で最低600円で食することが出来るというコンセプトう持っている。この安さが人気の秘密なのではないかと思っているのだが、小田原市にはこれから店舗を展開するということなので実際に食べてみないとその判断は出来ないと思っている。

工場から搬出されるところである。
昼食は刺激されたせいかタンメンを食べた。
自宅で仕事を片付け、夕方からある会合に出かけた。自分自身がなかなか普段気がつかない部分をばしばし言っていただけるこのような会合が本当に必要だと思っている。しかし、たまに痛すぎるときもあるので常に平静に聞けるように心がけていくことも必要である。
充実した1日でありました。
雨漏りの修理がとりあえず本日で終わった。これから残るのは自宅全体のペンキの塗り替えになる。
私の場合常にふんぎるきっかけが雨漏りになる。自宅を立てようとふんぎったのも昔住んでいた住まいが雨漏りをしだしたということも大きな原因のひとつになっている。今回も同じで母のところがテラスからの雨漏りで雨が持っていることがわかり、其処の修繕から永年の懸案であった家全体のペンキの塗り替えまでいくことになった。
係りが大きいのでなかなかふんぎれずに来ていたのだが今回は仕方なくふんぎることにした。しかし、家を維持するというのは大変なことだと思っている。私なんかは本来借家住まいのほうがあっているのかもしれないと思ったりしている。もともと地面に対しても家に対してもたいした執着を持っていないので、人から借りてすんで、問題が起これば他に住むといったほうが自分の性にあっている気がするのである。住宅ローンに長いこと苦しんでいる身にとって本当にそういう風に思っている自分がいるのである。
叔父が工務店をやっているのは何回も書いたが、今回は特に安く値切ってやってもらっている。本当に心から感謝感謝である。
夜は2件市民相談を聞くために訪問した後に、1人自宅を訪ねてきて話し込んだために久しぶりに午前様になった。
朝、ある町の人から電話が入る。その問題は流れによっては大きな問題に発展する可能性もあるためにとるものもとらずあわててその町に行って状況を直接うかがう。その後、其処の町長さんにアポイントを取れたので直接お会いして状況をうかがうこととその問題に関しての町の考え方を聞いた。
その町を担当している議員さんはいるのだが、どうも猪突猛進の気があり、我々に情報を入れないで自分の判断では知ってしまうことが多い。こういうことを書くためにすべて伏して書いているのだが、片方の考え方によって動いてしまったために支持者から不信感をもたれてしまって私のところに電話が入ったということらしい。
議員の難しさはこういうところにあるとつくづく感じた。本当に正しいことならば非難をされてもきちんと自分の考え方を説明し、理解されるような努力をしなくてはいけないし、また我々にも応援を頼むべきだと思う。また、自分の考えが正しいか違っているのかどうかという疑問符を常に自分に問いかけていくことを忘れてはいけない。自分が正しいと思っても多くの人の意見を聞いて違っていたということもママあることなのだ。
特に町の議員さんはひとりでやっているところや二人でやっているところが多く、なかなか難しい判断を迫られてしまうことが多いようだ。今後もきちんとした定期的な情報交換の場を多くしていかなくてはいけないと反省もした。
朝6時に起床。昨夜遅かったせいで頭が動かないまま尊徳記念館に向かう。本日は第26回報徳マラソン大会の日である。今年は記録的に参加者が多いそうで大会関係者も朝から非常に喜んでいた。私たちも出来れば5Kぐらい走れれば良いのだがその後の予定なんかあってついつい参加が出来ないことが残念である。
開会式が終了して過ぎに帰宅をする。「全日本大学駅伝大会」を観戦する。駒澤大学が快調に第1走者から1位をキープしている。出雲のときに駒沢を日大のアンカーで抜き去った、ケニアの留学生も第2走者で走っていたのだが、第1走者の順位が悪く駒沢を抜くところまでは行かなかった。出雲のときよりも距離も伸びたことがプラスに作用したようで順調に差が広がっていった。
昨年はアンカー勝負で負けて4位に沈んだが今年は見事優勝を飾った。あと、残すは正月の箱根駅伝だけとなった。4連覇がかかった大会となるが結果はどうなるか期待が持てるものになってきたようだ。
その後久野の「ざる菊」を鑑賞に行く。まだ満開というところにはいっていないということだが非常に見事な咲き栄えであった。こういうときにカメラを持ってきていない迂闊さを呪いながらも、カメラがないことで帰ってゆっくりと鑑賞している自分を発見していた。
夕方から市民相談が2件、最近感じるのだが熟年での離婚が増えてきているようで私の相談相手にもそうした人が現れてきたようである。
午前中は地域の活動があり出かけていたのだが、午後から時間が空いたのでアリーナのジムに行った。体というか足が最近痛いので無理をしないように運動を始めるのだが、体があったまってくると前回で動いても問題がないのでついついやりすぎてしまう。
1時間30分ほど夢中になってやると汗がこれほど出るのかと思うほどたっぷり出てくる。よく会う仲間もだんだん出来てきて、終わった後もしばし談笑をするときもあったりする。ただ、ピー地区パー地区話に夢中になっている人がいるがそういう人は近くでやっている人の迷惑も考えて話して欲しいと思ったりするときもある。南足柄のプールでも感じたことがあるのだが、運動に来ているのかはなしに来ているのかよくわからない人が多いのがこの時間である。
夕方からは西栢山の知人の家に相談事で呼ばれていった。2時間ほどお邪魔をして話した後に栢山駅前で先日おこなわれた「二宮金次郎カップ」の反省会に合流をした。12時過ぎまで話に花が咲き車で行った私は飲みもしないのに楽しく過ごしてしまった。
最近は健全な生活を送っている私にとって、12時を過ぎての帰宅はほとんどなくなっている。そういう意味では珍しい出来事であったが、今後もこの集まりに関しては大切にしていきたい空間であると思っている。同じような年代が集まるので同じような問題意識があり、また同じようなことを悩んでいたりして、話がとてもらくだということが一番楽しい原因なのかもしれない。
お互いにストレスの多い年代であるだけに、こういう空間によってあすへの活力が生まれてくるのかもしれない。最後に残った6人は6人ともあす朝早くから仕事やサッカーの大会があったりするのに其処からまた違うところに行った人もいた。たいしたものである。
充足した時間に満足をしながら自宅に帰りついた。
毎日気分的なものなのだが気ぜわしい日々を送っているので、なんとなくゆっくり物事を整理して考えてみたくなり、朝からその関係の資料を整理しながら頭の整理をおこなっていく。
議員になって10年が過ぎたのだが、イマまでどうしてこうしたアプローチが出来なかったのかとか、こういうことをやる時間が持てるはずだとか、様々な思念も沸いてくる。しかし、10年という月日があって始めて考えられることなのではないかと自問自答をしてみるとなるほどそういうことかとも思いたくなる。
答えを出すつもりははじめからない思念なのだが、資料整理をしながらこうした空間を楽しんでいるだけなのかもしれない。午前中でこうしたお遊びもお終い。
午後からは知人が3人順番に尋ねてきたので話に花が咲きあっという間に夜になった。こうしてたまに何も書かない日があってもいいだろう。
本日も朝早く自宅を出る。8時20分に自宅を出て役所に向かった。総合計画審議会が9時30分から開会されるためにそれまでに目を通しておきたいものがあったので早くに自宅を出発することになった。
定刻に総合計画審議会がスタートをしたのだが、なんとも本日の審議のボリュームが多すぎる気がする。項目ごとに分けてドンドン意見を伺う形式を主体に本日は議事進行をしていったのだが、総合計画の諮問案に反映させる意見あり、小田原市の現状を理解していただくとそれで住む意見もあり、また、全く現在の段階では反映しづらい意見も数多く出た。こういう意見をきちんと交通整理したものを委員さんたちに示していかないと、「言いっぱなし」「意見を言っても反映されない」「私の意見に対しての反応はどうだったのか」という数々の疑問がわいてきてしまうだろうし、行政側にしても言われっぱなしというのは間尺に会わないという思いを感じていると思う。
議事進行を優先にこういう形の選択になって、これが本来の審議会であるといわれればそのようにも思えるのだが、何かこうした意見の検討した経緯をきちんと示せる時間を用意したいものだということを感じた。
いずれにしても各委員さんが活発に意見を言われるのであっという間に3時間の審議会予定時間が過ぎてしまったという感がある。終了後副会長さんとも話したのだが副会長さんも同じように感じられているようでほっとした。
「今村さんが好きなように審議会を仕切っている」なんていっている人もいるがそんなことは誤解である。どうすれば皆さんが気持ちのいい審議が出来るか、それと相反する問題として審議時間の短さがある。この双方を生かしながらどのような審議の進行がふさわしいのか未だにその答えが的確に見つからないというのが本当のところなのである。
終了後12月1日の「広報おだわら」に特集記事が掲載されるということで副会長さんと取材を30分ほど受けた。その後に食事になったので1時を過ぎてしまったために、市政研究会での「行政センタ、小田原警察」の見学は小田原警察から合流することにした。
警察署の3階と4階に留置場があり、現在満タンであるというのには驚いた。小田原署は他の署にない特別な施設もあるのだが、考えていたとおり公開できないということで見学コースからはずされた。
その後代表者会が開催される予定ではあったが、用事があるために皆さんより一足先に役所を後にした。

二宮金次郎杯開会式
本日も朝早く起きて栢山の桜井小学校でおこなわれる二宮金次郎杯に出席をするために出かけた。この大会の顧問にさせていただいたのだが、きっかけはこの大会の関係者たちと食事をしているときに「小学校低学年のサッカーの大会で報徳祭のときに開催できるものが出来ないか」というところからスタートをしている。
大会委員長のご尽力が一番大変であったのだが、今後は教育委員会のこの大会について相談をしていかなくてはいけない。
大井町1チーム、湯河原1チーム、小田原6チームといった大会の構成になったが今後規模を大きくしていくと1日で消化が出来なくなってくることも考えられる。市長も途中で激励に駆けつけてくれたが、子供たちがきちんとしたルールの中で成長をしていくという場面が今、一番なくなりつつあるものなので今後はこうした子供のスポーツ少年団や子供会といった団体の健全な育成が必要になってくることをしみじみ感じた。
大会は熱戦続きでPK戦にも連れ込む試合が多く予定の終了時間よりも1時間オーバーで終了となった。いくつかの商店や会社が協賛していただいてこの大会の運営費をまかなったが、今後はこうしたスポンサー作りにも本格的に取り組んでいかなくてはならないということも感じた。
メダルを1位から3位までの子供たちにかけてやるとなんとも誇らしい顔になったことが印象的で、今後もやりくりしてこうした顕彰だけはきちんと環境を整えていこうと考えている。
陽気も汗ばむほどの陽気で、素晴らしい大会日和であった。
朝8時30分には病院に、本日は採尿と採血の検査を受けるための医者通いである。待っている間に高齢者の話を聞いていて今年はインフルエンザの予防接種の申し込みをしていないことに気がつく。本日も検査結果を聞きに診察を受けに来るときに聞いてみることにするか、体調があまりよくないときにどういうわけか検査の日が来るのだが、快調のときでないほうが返っていいのかもしれない。
2ヶ月間運動と節制をしてきた結果が体重面や体脂肪率では現れているが検査の結果は果たしてどうなることであろう。
1時間ほどで終わったのでこの間の続きで党員さんのところを訪問して歩いた。本日は暑い、汗がダクダク出て来る。そこへもってきて5階まで6回登った。毎回思うことなのだが同じ階段に住んでいないんだなこれが、以前ほどに息は切れないのだが、膝が相変わらず調子が悪いので途中で痛み出した。これはどのようにしていてもたまに痛くなるので仕方がないのだが、いい運動を通り越して暑かった。
こういう日は皆さんいらっしゃらない会えたのは本当に一部の人だけである。最も昼間は今は会うことはもともとが難しいのである。しかし、どうしても昼間の時間のほうが長く動けるのでついつい昼間に訪問してしまうということである。
本日から家に大工さんが入っているドンドンと大きな音がしてにぎやかである。テラス部分は1日で終了しそうで、ペンキの色も決まった。妻はレモンイエローが希望であったが落ち着いた色を私の希望で決めさせてもらった。市会議員の家は地味なほうが良い。好きなことをどうせ言うのだからという思いもあるが目立たないに越したことはないという消極的な理由が其処にはある。
本日は午後から総合計画審議会が開催された。1名の欠席の他19名が参加ということで広い会議室一杯に委員さんがいるという感じがした。
意見というよりも質問という形式にどうしてもなってしまうきらいがあるのはいたしかないことなのか、行政側の説明委員が次から次へと大変な感じであった。なかなか勉強になる角度の意見を言われる委員もいて私自身が聞いていて大変に勉強になる場面も多くあった。
「夢を描くのか実現可能なものを記載するのか」という意見などは誠にそのとおりと思う場面である。市民に夢を見てもらうことが現在の総合計画の中でどの程度必要で実現可能な施策というものはどのようなものなのか「研究した結果できないことになりました。」という報告がきちんとできる仕組みを考えるのであれば多くの夢を載せる事もいいのではないかと思ったりする。
協働(コラボレーション)、説明責任(アカンタビリティ)結局こうした言葉がキーワードになってくるようだ。市民と同じに共有できるものがひとつでも多くできれば総合計画は成功であると思う。市民や、市民提言会議のメンバーが「自分たちの意見はこうしてこうなった」という実感を持ってもらうためには説明責任を行政がどのように果たしていくかということであろう。
完全公開の会議なので、なかなか緊張感も伴うのだが、まちづくりについてもっと意見を活発に交換できればと思いつつ役所を後にした。しかし、経験のあるどの会議よりも活発に意見が出ているとも思っているのだが・・・・。