本日の講習にてヘルパーの講習は終了である。残すは実習のみということだ。最後の最後になって私が議員であることがばれてしまった。本日だけやってきた先生が「今村さん仕事は何をしているの?角度が専門家のようなところもあるし、行政関係者?」ここまでで逃げてしまえばいいのだが、ここまで言われて逃げるのもおかしいので「実は小田原で市会議員をしている」といった。一緒に勉強をしていた人たちはおったまげたというように嬌声を上げた。
それほど驚くことなのかと少々こちらのほうが戸惑ってしまったのだが、それだけ議員という人たちは市民から遠く感じられているのかもしれない。「ぜんぜんそんな感じがしない」「似合わない」とかフォローにも何もなっていない言葉を受けて、どう反応していいのか戸惑うばかりであった。
5時に終了してそのまま小田原に電車で向い、友人たちと久しぶりに鍋をつつきながら遅くまで語り合った。こういうことができるようになったのも鍋を食べられるようになったからである。明日は早くから実習だというのに自宅に帰ったのは12時になっていた。
正直働き者でない私はこのように毎日休むことなく、動き続けていくと体の疲れというか内面にストレスがたまってきてどうにもたまらなくなってくる。そんな勝手なことを朝から考えていて本日は休養をすることにした。
その前に午前中は南足柄の議員さんと大井町の議員から依頼された調査事項の答えをまとめて送った。本来はこんなことしなくてもいいのだがつい頼まれるといやといえない性格なのである。市民相談の返事をしにいったりしているうちに正午を回った。
午後からはゆっくり本を読みながら過ごす事にした。だいぶ頭が疲れているようで動きが鈍い気がする。本日は無理をすることもないので、内容が頭に入らなくても良いような本を選び久しぶりに音楽を楽しみながら日曜の午後を過ごさせてもらった。
最近考えているのが落語とか漫談とかいったCDを購入してきて、散歩などをするときに聞きたいということである。結構こういうものは聞いていると頭が休まるし最近心から笑うことが少なくなってきているのでエヘラエヘラしながら散歩することも良いかもしれない。
本日はというか今週は実習もあったのでほとんど散歩もジムにも行かなかったのだが、体はくたくたに疲れているのであいているからといって本日は休養に勤めることにした。持続は力なりである。無理して持続時なくて結局何もならないのだ。昨年からやり始めることが持続している一番の理由は無理をしないということだと思っているからである。
禁煙の持続もたぶんそういうところから来ているのではないかと思っている。
朝10時前に自宅を出た。いつも乗っている軽自動車で初めての横浜行きである。ゴーカートに乗っているような感じで、ちょっと不安な感じでありながら11時30分には無事横浜についた。
12時から公明党神奈川県本部にて、「農水部会」の部会が開催された。今年はこの部会の次長を務めることになった私は横須賀の市会議員の局長と一緒にこの部会の持って生き方について他の10名の議員と一緒に1年間のテーマや分科会の設置について検討をしていった。
13時30分には終了し、引き続き神奈川県の「水源税」についての各議会の代表者のヒヤリングに参加をした。3番目にとうとうと意見を言わせてもらった。全体としての必要性は認めるものの県民の理解が得にくい、様々な内容について県の見解があいまいである。基本的な税の考え方が県民税に上乗せする方式はおかしい、新たな滞納を引き起こす可能性がある。などを理由にして今の段階では反対であり、もし賛成を党としてするならば説明責任をきちんと果たせる対応と審議に当たっては慎重に取り組んでほしい旨を申し上げた。
私が我が党が好きな理由はここにある。大切な政策課題に関しては地方のわれわれの意見を聞く場をきちんと設けてくれるところである。もちろん玉石混合になってしまうきらいは十分にあるのですべては意見として反映されないものの、決定をしていく上での参考にはしてくれるからである。
いずれにしてもこれからは公共料金の値上げ、消費税の値上げ、地方ごとに創設を検討している新たな税等々国民市民の暮らしはきつくなる一方である。行政の長も公務員諸氏もこのことをきちんと肝に銘じた政策を展開していかないととんでもない結果になっていくし、議員としてもここのところが一番の勝負どころのような気がしている。
ある人が言っていた。「用はこれを取り入れることによって選挙に勝てるかどうかだ」ある意味においてこの言葉は重い。きちんと説明ができてしぶしぶでも理解のできる内容にしていかなくてはいけないということである。
今までのような決定の仕方ではとても有権者がついてこないということを行政も議員も自覚をしなくてはいけない。
朝1番で所管にお願いする内容をメールで送る。これが7時過ぎの作業。8時過ぎには就業前で大変申し訳なかったのだが所管と電話でやり取りをした。2日間ほかの事に集中していたおかげで日程がタイトになっている。
朝10時には講演会の会計の県で銀行に行く。その後役所に行き、土曜日といっても明日だが神奈川県が考えている「水源税」に関しての小田原市の考え方を確認しながら自分の考えをつめていった。
11時30分からは総合計画審議会の答申案の説明を受ける。これを2月1日にまとめるといよいよ市長に答申ということになる。大切なのはこれからである。審議会の委員の意見を踏まえながらどのように行政に実践をしてもらうかが勝負である。それはともかくやっとここまで来たなというのが実感である。担当職員の人たちには心からお礼を言いたい。
昼食は後輩の議員と懇談をしながらとり、午後からは様々な人たちと少ししんどい内容の話について、懇談をしているうちに午後5時を過ぎてしまった。
これから3月の待つまで様々な人が様々な思惑で接近をしてくる。自分自身をしっかり持って望んでいかないと足をすくわれそうになることもありそうである。
口内炎がひどくなり、口を利くのも億劫になってきた。痛みも増してきている。
本日も朝5時に起床。支度して施設に向かった。昨日の疲れがもろに残っていて体中ががたがたである。しかし、そんなことはいっていられない。本日の配属は痴呆症の病棟である。いってまず驚いたのは、たんすにもドアにもすべて鍵がかかっているのである。痴呆の利用者が勝手に一のを持ち出さないための配慮であるらしい。
カンファレンス、トイレ介助おむつ交換、入浴介助、食事の介助その後また、トイレ介助休憩、シーツ交換、音楽セラピーとあっという間に時は過ぎ、夕方近くになった。「たそがれ症候群」と先輩たちの言っている痴呆症の患者さんたちの夕方の動きが始まった。夕方とともに自宅に帰りたいという意識が無意識に働きうろうろしだすのである。車椅子に乗っている人は動けないのでまだいいのだが歩ける人たちは全員といって良いほど動き出すのである。
この時間は絶好のリハビリの時間だというので、両手に一人ずつ連れて、すそを2人に持たせて4人いっぺんに一緒に私も施設の中を歩き回っていた。
本日もあっという間に1日終わった。そのまま夜の会合に出席をして自宅に帰ったのは10時過ぎになってしまった。2日間無事に終了した安堵感と開放感でいっぱいである。
本日は朝5時に起床。緊張感の中支度をして、鶴巻温泉にある「ライフプラザ鶴巻」という施設に向かって出発をした。
8時30分から実習が始まり、説明を受けた後に、朝礼に参加そこで本日私が2回の一般病棟にて実習することが発表された。9時30分までは昨晩からの引継ぎがおこなわれていた40名近くの入所者一人ひとりの状態を丁寧に引き継いでいく。この真剣さは当たり前なのだが自分にとって見ると大変新鮮な感じがするものでありました。
トイレの排泄介助をした後に入浴介助になりました。学校では大きな施設の入浴介助については学べないのですべてが勉強という感じでした。本日は女性の番ということで私自身一瞬ためらいがあったのですが担当者に一括されてしまいました。それはそうです。この仕事でそんなことを気にしていたら何もできないのだから当たり前のことなのです。片マヒの人が多く、着衣の着脱の介助から集中しておこないました。
あっという間に12時近くなり、昼食の食事介助になりました。手を出しすぎてはいけないし、手をださなすぎてもいけない。一番大切なのは利用者とのコミュニケーションをしっかりすることです。大汗をかきながらこれも無事に終了しました。
その後自分自身の昼食を挟んで、レクレーション、おやつ、オムツの交換、トイレ介助、ベットから移動をするトランスをやったり目の回るような忙しさで気がついたときには午後5時30分になっていました。1日目の実習はこれで終了したのですが帰りは口を利くのもいやなほど疲労困憊になりました。
緊張のせいなのかストレスなのか疲れなのか口内炎ができ始めています。
本日は明日から施設実習があり2日間それにはまりぱなしになるのでやっておかなくてはいけないことを朝から集中して自宅にて処理をしていた。
3月定例議会を前にして議会の中でも様々な動きがあるようで、そういう情報も自宅いながらいろんな角度で提供されてくる。私自身はいつも言っているし持論でもあるのだが、必要であるならば議会を責任を持って予算なり条例案なりを否決しても修正しても良いと思っている。しかし、それは市民のためにどうなのかという視点が絶対に不可欠である。行政のいうことばかりが正しいとは思っていないのでそういうことがあっても良いと考えてはいる。
どんな問題であれ、真剣に議論することは大切である。自分自身もしっかりとした考え方を定めていかなくてはいけないということを感じ始める出来事である。
代表質問の頭の整理もそろそろしなくてはいけない、この忙しい中で本当にうまくヘルパーの勉強ができたことに感謝をしたいものである。
午後6時からは小田原足柄地域連合の新年賀詞交歓会に出かけた。1月は自制をしてほとんど飲酒をしていないので、車で出かけた。1年間のスタートといっても1月もこの時期になると同じメンバーに良く会うようになるのも特徴のひとつである。
適当に時間を費やして自宅に向かって帰ることにした。
本日は朝8時30分に自宅を出て秦野に向かった。2級ヘルパーの講習もいよいよ最後の講習である。本日が終わると今度はそれぞれに、施設実習・在宅サービス現場実習・同行訪問実習・同行訪問模擬実習に入っていく。
講義の中では介護計画の立て方について勉強をしながら、必要な基礎知識である、医療知識も学習をした。今回この講座で学んでみて一番感じているのは、介護の現場というのは様々なニーズがあり、様々な専門家が携わらなくてはいけない。しかし、その窓口になるヘルパーが知っていなくてはいけない基礎知識といったものが大変多くあるということがよくわかった。
もちろん、年齢のせいもあるがすべては身についていない、これから様々な機会を通じて現場のことに触れて行きたいと決意である。
いずれにしてもこの機関の学習は貴重な体験となった。
朝から寒い1日である。午前中は2件の市民相談があり、相談者のお宅を訪問した。午後には母親と二人で、まずはじめに運動靴を買いに行く。何でも良かったので2足3500円の靴を選んだ。これが長いこと歩くとかいうばあいにはもう少しいい靴が必要になるのだが、上履きとして必要なものなのでとりあえずはければ良いという感じなのである。
その後、目の前にあるユニクロにて、1900円のズボンと900円のこれはなんというのか暖かいスノボ−ドではくようなズボンを購入した。これもとりあえずはければいいものなので安いものでいいのである。なぜ、このようなものを買い求めているかといえば、今まで明かしていませんでしたが、現在2級ヘルパーの資格を取得するために学習をしており、いよいよそれも最後の4コーナーを曲がったところで施設実習に行くために必要なものを買い求めているのである。
母に7000円のジャンバーを買ってもらったのだが、なんだか逆だよなという感じで大変に申し訳ない思いがした。
朝から歩いて市役所に行く。約4キロほどの行程なのだが、休みの日なので運動をする格好で役所まで歩かしてもらった。37分で到着をしたが、土曜の朝ということもあってなかなか空気がにごっていなくて良かった。少し早足過ぎて歩いてきたので汗ばんでしまった体をタオルで急いで拭いた。
昨年選挙のあった、湯河原町、大井町の議員が収支報告を作成するために役所にやってきた。私のいつもの調子で馬鹿っ話をしながら笑いながら様々なことを懇談し、ついつい本線である収支報告を忘れるほどに話が盛り上がった。
それぞれの選挙のときにまとめやすい形で資料を私が整理してあったのでそれを下に11時30分ごろまでに3人の収支報告は仕上がった。
其処から自宅まで、今度は国道255号線沿いに歩いて帰った。少し遠回りになったのか速度がゆるくなったのか時間は50分掛かっての帰宅になった。
あわただしく昼食をとっていると来客がありしばし懇談。帰宅されたとき13時50分になろうとしていた。地元の自治会長と約束した時間が2時であったためにあわてて出かける。約1時間ほど自治会長と懇談をした後に、市民相談を受けに小台まで移動をする。其処のお宅でも約1時間お話を伺って失礼をした。
そこから、JIROさんの仕事場にお邪魔をして、5時過ぎまで懇談をした。自宅に帰ったのが5時30分で残っていた仕事を片付けて夕食をとった後に栢山まで市民相談を受けに出かけた。1時間ほどの懇談をした後に、買い物をして帰宅。午後9時を過ぎていた。
1日1日があっという間に駆け抜けていくような気がするのだが、忙しいときほど人間関係を細やかに出来るように意識をしていかないとついつい自分の性格からしてマイナス要因が多くなることを気をつけていかなくてはいけない。
充実をしています。
本日は夜県会議員の賀詞交換会が開催されるのだが、其処までは時間が空いたのでゆっくりと午前中は仕事を自宅でこなした後に小田原アリーナのジムに午後から出かけた。
膝が少々痛むことや忙しいこともあって、本年になってから3回目のジムである。中に入っていくと2人しか運動をしていない。こういう空いているのは大歓迎なのだが担当者は少ないことに頭を痛めていた。ゆっくりとランニングをしながら、最近やっと自分のランニングペースが分かってきた。苦しくもなく長い時間持続できる速度でゆっくりと約1時間ランニングマシンで走らせてもらった。
込んでいるときには一人30分という決まりがあるのだが、誰もいないので占用させてもらった。たっぷりとその後も汗を流した後に、アリーナの中にあるサウナで体を洗ってアリーナを後にした。
夕方からは県会議員の賀詞交換会に出かけたのだが、相変わらず前置きが長く、来賓の挨拶が延々と続いている。来てくれた多くの人はたって聞いているのだからそういうところの配慮がないのはどういうものかと思ってしまう。
終いには会場から「早く終われよ」という野次が飛び出してきてこういう会での運営に仕方の大切さを反面教師で学ぶことが出来た。他にもこの日は5つの賀詞交換会が開催されており、私自身も次の会場に移動をするために早々に失礼をしてきた。
1月は仕方がないのだが、小田原市は各種団体のこういう新年の賀詞交換会の数が多すぎると思うのだが私だけなのだろうか?ある程度まとめて中身のあるものをしたほうがいいのではないかという感じもする。不景気の影響で本当にさびしい数の参加者である会もあった。無理をしておこなうことがかえって業界全体に影響を与える結果とならなければいいのだがとついつい余計なことを思ってしまうこともある。
本日はいよいよ総合計画審議会も最後の「総括審議」になる。各委員さんたちがイマまで議論したり、提案されてきた内容をどのように答申案のキーワードとしていかしていくかという総括的な審議になる。市長・両助役・収入役・教育長をはじめ各部の部長がすべてそろっておこなうのだが、主な内容は答申案の作成をどのようにしていくかということが主眼であるので、市長や両助役のようにこの日が総合計画案を諮問してから初めての参加というのは少し感じ方が変な気がする。
意識して市長や教育長・助役に意見を求めたりしたのだが、おおむねは聞いているだけになってしまって、いい休養になったのではないかと思う。
議員の中には、そういう雰囲気を意識して、市長に意見を求めたりしてくれたのだが、淡々とまとめに向って進んでいくという雰囲気の中で終止をした。意見は各項目ごとに各委員さんともに出尽くしてはいないのだろうがかなり出ているので後はその意見をどのような形で反映させて答申を作成するかにかかってくる。
4時前には終了となった。あとは2月1日の答申案のまとめで終了である。閉会後2月1日に参加できない委員さんからご挨拶をいただいた。戦友のような連帯意識が短期間で芽生えていることに少々戸惑いを覚えながら私も心からお礼を言った。
審議会としての出来不出来は私には分からないが、各委員の協力があって様々に意見が出て活発な審議会が進行できたという自負はある。その構成に協力をいただいた委員さんたちには心からの感謝をしたいと思っている。
朝から忙しい、役所に行く前に相談者の家に2件お邪魔をした。9時30分には役所に着き、まずはじめに平塚の人に手紙を書く。その手紙と報告を書いているうちに同僚の議員もボツボツ着ているのだが、お互いに忙しいときにはろくすっぽはなしをする時間もなくなってしまう。
所管に頼んでいたことを大急ぎで報告を受けた後に手紙を投函。その後次の所管に顔を出すも担当者も今予算の査定の大詰めで中々忙しい日々を送っているのでゆっくり話すことが難しい。とりあえず次の所管に移動をする。2月4日におこなわれる「フィルムコミッション」に参加を出来ないことを話にいった。注目をしている事業なので本当はきちんとすべて参加をして様子を感じたいのだが、予定が込んでいてどうにもならない。
会派の部屋に戻り、事務局に移動をして、案内図の作成を手伝ってもらった。自宅で作れば簡単なのだが本日は役所で作業を完結するしかないので何とか作業を終了させた。
昼食をとった後に平塚市と秦野市の2市の議員宅を訪問する。軽自動車で初めての大移動であったが、何のストレスも感ずることもなく順調に移動が出来た。スピード感が普通の車よりあることが違うぐらいなのでほっとした。
夕方には自宅に帰り、作業を始める。やるべき作業は山積み状態でこの状況に変化が全く起きないことに自分でも少々驚きながらも、この作業をおこなわないと3月議会の準備に入れないということでもあるのでもくもくと作業に没頭した。
私は元来鍋という料理は好きでなく、ほとんどといっていいほど食べなかったのだが、今年の冬は鍋物にこっている。食材によって様々に味を演出できることに面白みがある。なぜイマまで興味がわかなかったのか自分でも不思議である。
またまた、食べ過ぎてしまった。
本日は昼の間は様々な用をしているうちにあっという間に過ぎてしまった。駒澤大学から新しい本も届いた。送料を入れて1680円の本であるのだが、150ページに私の名前が載っていた。大学出身の首長と議員の一覧に載っているのだが、掲載を承諾した記憶がないのだがなんとも釈然としない。
1月30日に川崎でOB会が開かれるということではがきが届いたのだが、私自身はあまりこうした会に興味がなく、顔も出すことはほとんどないのである。今まであまり寄付以外来なかった連絡が顔も見たことない先輩たちからよくいただくようになって来た。これも大学駅伝が強くなったおかげであるのかもしれない。
夕方、秦野市の議長・副議長。前議長・前副議長と小田原市の議長・副議長と前副議長との変な組み合わせの会があった。もともと前の議長と小田原市の議長が計画していたものでこのような変則の形になったようであるが、以外にお付き合いがあるのに公式な交流が今までされていなかったということが大変に不思議である。
様々な情報交換に花が咲き、あっという間に所定の時間になった。こういう交流を積極的にもっともっとしていくべきであると考える。本当は議員レベルでの交流が活発になっていくといいのだがこれは簡単そうに見えてなかなか出来ないという現状がある。今後の大きな課題である。
いずれにしても久しぶりに充実した時間を過ごすことができた。
久しぶりに1日缶詰になって勉強をした。やることや覚えることが一杯あるのだが、覚えることがなかなか難しいことに少々ストレスを感じることもある。
夕方自宅に帰って着替えてからすぐに次の会合に参加をするために出かけた。1日かけてよく働く日であるが、昼間使い慣れない頭を使った性で話が頭に入ってきにくいことには少々参ってしまった。本日の会合の話は今後にとても大切な内容であることも多いので今後きちんと自分なりに精査をしなくてはいけないと考えながら自宅に帰って来た。
1日イスに座っていると尾てい骨の辺りがかなり怪しくなってくる。体が硬い分きちんとストレッチをしないとこれから3月議会はイスに座っている時間が長くなってくるので、エラーが生じてくる可能性が高まってくる。
花粉症も始まったようで鼻がおかしくなり始めている。いやな季節の始まりなのだが、今年はずいぶんと厳しい状況になるといわれているので困ったものである。
本日は朝一番で市内一周駅伝大会が開催された。これがいつものとおり自分勝手に「8時30分開会式」と思い込んでいたものだから、8時10分に到着するとすぐに開会式が始まったのには大変に驚いた。
後で式次第を見ると8時10分からになっている。ぎりぎりで何とか間に合ったから良かったものの、時間はきちんと確認しないといけないと改めて思った。
私の住んでいる地域は、富水地区である。道路を越えてすぐに東富水地区になる。東富水は昨年まで7連覇という偉業を成し遂げていたが、今年は残念なことに出遅れが響いて4位に沈んだ。私の住んでいる富水は昨年は2位であったが今年は3位という成績に終わった。
ゴールを見ていたのだが、意外に1位、2位のチームと差が開いていたことが気になった。来年に期待の出来る若いチームではあるが今後はどういう展開になるのか1年間頑張って欲しいものである。
所用のために横浜にそのまま出かけて、自宅に帰って来たのは3時30分ごろになった。いつものとおり其処から狩川の土手を7キロほど散歩して歩いた。小雨の振る中で歩いたのだが、合羽を着て歩いたために汗だくになった。
これほど気をつけて運動を続けているのだが、最近食べる量が増えてしまっている。食事がおいしくて仕方がないのである。自己管理の出来ない私はついつい食べたいままに食べてしまう。今のところ体重の増加は見られないのだが今後このままの食生活をしていくことは要注意である。
朝から外は冷たい雨が降っている。本日は休むことにした。今までのようにのんびりと寝ているわけにも行かないので、会社に行き、仕事をしながら「あれ?本日は休むつもりであったのだが」といいながらぼっつらぼっつら仕事をしている。
打ち合わせが終わった後に雨の中川の土手を歩いていた。結構雨だというのに数多くの人が犬の散歩に歩いている。生き物を飼うのは大変だなあと思いつつほえてまとわり付いてくる犬を飼い主に見えぬように邪険に扱いながら、歩いていた。
何がいいといっても歩くというのは考え事をするのには最適である。様々な問題点を思い出しながらどのようにするか検討をしながら歩いているとあっという間に8キロ近くの距離を歩いてしまった。これで健康にもなるのだからお得なことである。
役職に就くことが目的の人は役職に就いてからが大変である。何をすべきか、何をするんだという目的感をきちんと持って役職に就任をした人は逆にその役職についてその存在感が増してくる。どの世界にあってもそういうことなのだということを最近感じている。
役職に就任するだけの目的で生きている人は私から勝手に考えてみると大変にさびしいと感じてしまうのだが、みなさんはどのように感じられているのだろうか?
結局そういう人が多いというのも事実としてあるような気がする。そういう人達によって混迷の度が深まることだけは裂けたいと思っているのだが、なかなかうまくいかないものである。
本日は横浜のベイシェラトンホテルで公明党の2005年新春賀詞交換会が開催された。何人かに出席をお願いしていたために11時にはホテルに着き、受付前で来賓を迎えている人達の邪魔をしないように、私がお願いしてきていただく予定の人達の到着を待った。
今年はいつもの年よりも人数が多く、会場からあふれるほどの来場者になった。これほど盛会におこなわれるというのは大変にいいことであるのだが、身動きがしづらいほど入ってしまうとちょっと多すぎるという感じになってくる。
12時開会で12時30分には私の知り合いも入場をしてどこかにいってしまったので帰る事にして自宅に向って電車に乗って帰って来た。本来は夕方「新春スポーツ人の集い」に出席する予定であったのだが、急な不幸が出来てしまい通夜に出席をするために欠席をすることになった。
川の土手近くでは本日「ドンドン焼き」がおこなわれている。書初めをした半紙や正月のしめ飾り、高く高く炎が舞い上がりこの季節の風物詩になっている。この行事がおこなわれると今年もいよいよ仕事が始まるという気になる。
とっくに体は毎日くたくたになるほど動かして仕事をしていても気分的にこの日からという感じになるのはなぜなのか自分でも不思議な気分である。
本日は毎年恒例の箱根町での市政研究会と新年懇話会の開催である。11時30分に役所に着く予定で自宅から歩いて出かけた。
暖冬のせいか役所に着くころにはかなり汗が出てくる。約40分の徒歩での道のりであるが考え事をしながら歩いているとあっという間についてしまうというのが実感である。
午後2時には役所からバスに乗り出かけたのだが、視察報告が議会の本会議に提出されるようになったために今回から研修会だけ昼間にうちにおこなうことになる。三鷹市の企画の課長による講義が約45分質問が続出して1時間ちょっとで終了となった。ただ、こういう研修会をわざわざ箱根まで出かけてきてやる必要があるのかどうか今後の検討すべき事柄かもしれない。
新年懇話会が今年も開かれたが、かくし芸に凝りすぎている現状から本来の懇親を深めようという目的を果たしていくために今回から、カラオケ希望者のみということで他の出し物はなくなった。
懇親を深めるといいながらも普段から十分に様々な話を素面でも平気でしている私にとって、特別なことは何もないという状況である。「今村さん最近さめていますね」とからかわれたのだが、さめていると言うよりもしらけているといったほうがいいかもしれない。
誰とでもいつでも話をしているということを皆ができるようになるとこうした会の趣旨も変わってくるのかもしれない。それはそれで流れに任せていくしかない。
普段は止まって懇親を深めるのだが翌日党の賀詞交換会に出席をするために早く出なくてはいけないので自宅で休んだほうがいいという判断で今年は自宅に日帰りをさせてもらうことにした。
朝からやることが一杯であちこちに電話をかけて連絡をした後に役所に出かけた。毎日忙しくしているので、毎日役所にいっているという錯覚があるのだが、この季節いくことが逆に少なくなっている。
11時にお客さんと待ち合わせをして役所の担当の係りに説明を受けた。13時からは他の用件で所管と打ち合わせを行った。
14時には役所を出て、約束をしている場所を順番に訪問して歩いていく。こういう感じで動いている日のほうが気がまぎれていいのだが、体がなんと言うことはないのだが重ったるい。
9時過ぎに自宅に帰ったので、其処から散歩に出かける。懐中電灯をつけて川の土手をこんな時間に歩くのもおかしい事ながら、結構本人は夜の動物たちの存在感が大きくびびりながら歩いているということを自覚しながらの散歩になっている。
アリーナにも最近とんと行く暇がなくなってしまっているのでとにかく運動不足にだけならないようにできることは何とかしていこうという気持ちである。
1月も半ばに差し掛かってきたがなんとなく疲れが溜まってきている気がする。
朝8時に自宅を出て小田原駅まで電車で行き二の丸広場まで歩いていった。ちょうど高校生の登校時間と重なってしまい、流れというか回りに気遣いをしない高校生ペースの中でイライラしながら歩いていた。
9時から開催された出初式に参加。いつもの事ながら10時に一部が終了するはずがいつもでも終わらない。毎回そうなのだからはじめから時間をきちんと式次第に書くか時間帯を書かないほうがいいと思う。いずれにしても表彰された方たちにおめでとうを言いたい。
10時15分に1部が終わったところで小田原駅に行き、新幹線と地下鉄を乗り継いで関内駅に到着したのが11時28分。県庁の選管に「収支報告」を何とか午前中にもっていきたいと思っていたので其処から県庁まで走っていった。
11時42分県庁着。早いのか遅いのか分からないが選管に到着したので収支報告を提出する。イヤに込んでいるなと思ったら、2月6日投票予定の寒川町議選の関係者が資金管理団体の届出に3組来ていたために混雑をしているということだった。
11時50分に一切終了。今年も無事に終わった。産貿ホールの地下で昼食をとったのだが、午前中運動しすぎで汗だくになり、拭いても拭いても汗が吹き出てきて困った。
公明党神奈川県本部によってから喫茶店に入って休憩した後に党の会合に参加をして、夕方自宅に帰って来た。
朝から大忙しの1日になりました。
今年も成人式の日がやってきた。息子が対象になる年齢で自分の居住地の近くの中学校出身者の顔が良く分かる成人式の会場であった。
式典が始まってもうるさいのが2名ほどいて市長が挨拶の最後に注意をした。「どんなヤツか」と見てみると良く知っている二人であった。困ったものである。そういうやつがいるかと思うとそういう人間に対して冷ややかな視線を投げている人間もいる。しかしこのメンバーだけになるとやっと昔の空間になっているようである。
息子も息子の友人も騒いでいた二人に対して別段の感想もないようである。成人式はいつものように式典はあっという間になんと言うこともなく終わっていった。
その後、市政功労者と善行少年に表彰式に参加をして市民会館を後にした。こういう対象者の顕彰そのものが今の時代に必要なのかとついつい余計な感慨を持ってしまうのは私だけであろうか?すべてを否定することに快感を持っているわけではないのだが、形式主義的に流れているものについては大胆な見直しも必要なのではないだろうかと思ってしまう。
ここの所続いている正月の行事というか賀詞交換会についても同じような感想を持ってしまう。もう少し考えたほうがいいと思う。
その後意見交換をしてから夕食は家族で久しぶりに食事に出かけた。
1年間に1度の収支報告の季節がやってきました。1番はじめにいつものとおり後援会会計の収支報告に取り組んでいます。これから3月にかけてというか4月の政務調査費の報告書の作成まで月に1度のペースで会計報告をしなくてはいけない。毎度の事ながら面倒くさい作業である。
いずれにしても政治のお金に関してはきちんと収支の報告をしていかなくてはいけない。私も何年か前までは0会計報告といって、収入がないために支出も0という報告をしていた。しかし厳密に考えると自分のお金を政治活動に使っていても本来はきちんと明確にしなくてはいけないということなのかもしれない。
他人からいただいた資金があるときにはきちんとした報告をしなくてはと思うのだが、自分のお金を使用した場合に其処まで考えないのは当たり前のことなのかもしれない。ある町会議員さんが携帯電話の仕様料金は後援会会計で処理をしていた。「政治活動以外では使用しないのだから」といって笑っていたのだが、この人はえらいと思った。
議員全員が人のお金ですらきちんと報告をしない人がいるのだから、自分の資金を後援会に入金してどのような政治活動をしているのかを収支報告の段階で明らかにしていくのは難しいことであると思ってしまう。
そんなことをグタグタ考えているうちに作業が終了をした。
午後から運動をして少し休み、夜には久しぶりに会合に出かけた。ここのところ会合にいっても受付で向い入れたり、送り出したりと会合そのものの会場の中に入ることはほとんど少なくなってきている。
畳であるだけに其処で胡坐を組んで座ることが長い時間になるとつらくなってくる。イスの生活というよりも足を手術して以来長い時間畳の上にいることがつらくなっているようである。特に運動を続けているのでふくらはぎがつってくることがあるだけに閉口することもママある。
会合の内容は新年らしく新しい息吹を感じるすがすがしい内容でありました。今年も自分なりに淡々と頑張っていこうと負う決意を新たにしました。
自宅に帰ってから、最近読みふけっている本に夢中になっていると12時をあっという間に過ぎていることに少々驚きました。
横浜に行くために午前中は朝一番で病院に行く。昨日までかかりつけの病院が休みで飲み続けている薬が本日限りでなくなってしまうので最優先で病院にいった。さすがに今年初めてということで非常に込んでいた。ただ薬の処方箋をもらうだけに45分も待たされてしまった。
薬局で薬をもらって自宅に帰ってきて早めの昼食をとり、仕度をして待ち合わせをしている小田原駅に向った。3人の議員で一緒に横浜に行ったので話しながら道中あっという間に横浜についてしまった。
会場に行くと数多くの労働界の関係者、各首長さん、各級議員さんと数多く居並ぶ状況であった。相変わらず長い前置きかと思っていたら思いのほかスムーズに進行されているのにはちょっと見直しをした。
小田原で夕方から別の会合があるために途中で失礼をしてきた。わが党からも数多くの議員が来ていたのだが、それぞれに別の会合との掛け持ちであるらしく、早々に移動される方も多くいた。
自宅に帰って来たのは会合に出てからのために8時過ぎになったのだが、これから毎日のようにこうした形で生活が進んでいくことを考えると気が遠くなる。もともとが酒をあまり飲まないためにこうした会が苦手であるというのもあるのかもしれない。昨年は副議長をさせてもらっていたために毎日何会場もあるときがあったが、今年はそれに比べると大変に楽であるが、議員生活に比例してその数は多くなってきている。
横浜に来るだけでもこれから11日、14日と決まっているだけで2回ある。いやいや長い1月になりそうだな。1月が終わるとすぐに3月議会が2月の中旬から始まるのだから、代表質問をする私としては大変にタイトな日程である。
本日もまだまだ松の内ということもあって、役所にいっても誰もいないという感じで議員は議長のみが役所に来ていた。
ちょっとした打ち合わせをしながら食事をしようということで3人の議員と食事をしたのだが、後輩の議員は市役所の食堂というのがなんとも気に食わないらしい。こちらも暮れから正月にかけて金欠病なので市役所の食堂以外に考えていなかった。
330円でおなかが一杯になるのだから安いものである。打ち合わせをしているところに議長も合流しての食事となった。正月を越しても体重は増えていないのだが、体脂肪が若干増えていることには要注意である。他の皆さんは正月を越して丸々と肥えていかにも健康そうであった。
打ち合わせが終わり早々に自宅に帰ってきて仕事をし始めたのだがなんとなく身に付かない。途中でテレビに見入ってしまい本日はこれにて終了となった。
友人と今年初めてあったのだが調子が悪そうで心配である。私たちの世代は成長期に様々な公害や問題があったせいで芯から健康という人間が以外にいないのである。様々にみな故障を抱えながらの新年である。今年も体に気をつけて頑張りましょう。
本日は午後から時間が出来たので、小田原アリーナに汗をかきに出かけた。食中毒もあって12月の16日以来のジムである。よく考えると前回来た日は自分の質問の前の日にやってきたのである。頭の整理ができていなかった証拠である。
久しぶりということもあって無理をせずにあがった。時間があり正月初めてということもあって終了後スポーツサウナに足を運んだ。2人の人がすでに入っていたのだが其処にお邪魔をして入っていると、其処に背中に絵を書いた人が入ってきた。
一緒に入っていた人は出るとすぐに体を洗って出る用意を始めた。私とそれほど時間差がなく入ったのにもったいない。私はそのまま一緒に1時間近くを過ごした。見てくれで判断して蜘蛛の子を散らすようにいなくなる人も見事ながら、背中に絵がある状態で堂々と入ってくる人も見事である。私はといえば自分のペースでいつもよりゆっくりと時間をかけて入っていた。
絵を書いてある人は二人いたが静かに入っていたので良かった。それやこれやでサウナを出て自宅に向うと、交差点でいったん停止なのに止まらないで走ってくる車にぶつけられそうになった。アクセルを踏み込んで瞬間ハンドルを切り自分でも感心するほどうまく逃げれたので何事もなかったのだが、無視したほうが怒った様に車を止めてこちらを見ている。こういう時に昔なら切れてしまうところなのだが、議員ということもあるのでその女性に近づいて交通法規を降りて確認をさせた。
しばらく納得のいかない顔をしていたが最後には謝ってくれたので帰ることにした。後ろの車の運転手がたまたま見ていたことも幸いしたが怪我がなく事故もなかったのが何よりである。
昨年の暮れから大当たりなので今年の初めもきちんと注意深く進んでいかなくてはいけないと改めて反省をする。
本日から仕事始めということである。「暮れからお正月にかけて休んでいない」と一人ぼやいても始まらない。とにかく本日から仕事始めである。
午後から役所にいくとどこでも昨日の大学駅伝の結果について「おめでとう」といわれた。その次に来るのが「大丈夫?」である。本会議を欠席したのが風邪だと思っている人、食中毒だと知っている人様々であるが、お気遣いをいただき大変に申し訳のない気分である。
市役所の7階で、市議会と行政側の新年賀詞交換会が4時過ぎから始まった。皆さんこれから毎日のようにこうした会合が続いてくる。会費を払うのも大変だが体を気をつけていかないと大変である。車でわざと来た私は昨年からの体調不良を言い訳に呑まないことにした。そうするとそれはそれでシラット見てしまうところもあって開始30分で飽きてしまった。
今年の抱負の中で市長はいくつ物事を言っていたが、地方分権とは名ばかりの三位一体の改革に地方の行政の長として、今年はどのような答えと方向付けをしていくのか大変に重要な年になると思う。私たち議員も襟を正してきちんと市民のための議論をしていかないといけないと改めて決意をした。
終了後自宅に帰ってくると知人がやってきていて遅くまで談笑をした。
朝からいてもたってもいられずに友人に連絡。友人も同じような気持ちであったようで、横浜駅で待ち合わせることにする。其処までの間は、テレビにて観戦をした。
6区はそこそこのいい走りで先頭の東海大学を射程に入れた。7区になってこの大会初めて先頭に出た。そこで自宅を出たのだが、途中で聞くとなんと8区の1年生がブレーキのようだ。駒沢の一番いいところはブレーキを作らないというところなのだが、今回は大変に危ない。
9区の塩川選手がいい走りで私の前を走り抜けていった。これで大丈夫そうだと友人と話しながらついでなので大手町に移動をする。電車はすごい混雑であったが、東京に来ると沿道の人垣が何重にも出来ている。恒例の正月行事になってきたのだという実感を改めて感じた。
各大学の力の差が年々なくなってきている現在、駒澤大学の成し遂げた4連覇は偉大な記録である。歴史に名を残す結果を得られたことに対して、後輩たちに心からエールを送りたい。一番頑張ったと自分で言える結果になったことが良かったと思う。
其処からは恒例にドンちゃん騒ぎを始めたのだが、1年に1回しか会わないメンバーが毎年多少の前後はあるものの健康で集まってくるのだからそのほうがすごいことなのかもしれない。
いずれにしても良かった。
昨年の暮れに体調をおかしくしたこともあって本年初頭の恒例行事である箱根駅伝は沿道で応援を取りやめて自宅でじっくりテレビ観戦をすることととした。
午前6時から目がさめてしまったのだが何とか7時過ぎまで布団に入っていて、自分で仕度をして朝食を食べて準備完了である。スタートからじっくりと見た。テレビ局のカメラというか放送の角度が気に入らないところが多々あり文句を言いながら観戦をしていた。
1区7位やや出遅れ気味ながら駒澤大学の往路のメンバーでは前線といえるのかもしれない。2区には格好のスター選手がそろっているのだが、駒沢の選手に切れがない。あれあれと思っているうちに8位に順位を下げてしまった。
3区に入りやっと10キロを過ぎたところからエンジンがかかってきたようである。5位に順位を押し上げて4区のキャプテンに襷をつないだ。ここから駒沢は2分31秒の差を徐々につめ始める。小田原中継所ではついに1分19秒の差になって山登りを迎えた。結構素晴らしい選手が勢ぞろいしている。5区であるが順調に走り出したようで3位から2位に順位を上げ、1位の東海大学に詰め寄り始めた。
首位の東海大学はわが議会の副議長の出身校であり、2位から3位に順位を下げた日大は議長をはじめとして数多くのOBがいる。うまいことにその3校の争いになっている。議員や役所の職員の多くが出身校である中央大学も順位を押し上げてきている。
箱根のゴールでは1位に30秒差の2位にてゴールをした。一時は1位と6秒差までつめただけに惜しい2位であるが選手は十分にきちんとした結果を示したのだと思っている。
明日の復路はいよいよ4連覇に向けてのスタートである検討を期待したいものである。
2005年の新年が明けた。朝からあちこちイベントがあるのでそれに参加するというか顔を出して歩く、以外に皆さん新年から忙しく行事をしているのが面白くもあるので、地域の行事には出来るだけ顔を出すようにしている。
10時過ぎからは支援組織の新年の会合に顔を出す。1年間のはじめということもあって皆さん晴れやかな顔をしている。景気の悪さもしばし忘れて穏やかないい顔をしている方が多いので少しほっとした気分である。
14時過ぎまで2箇所に顔を出して自宅に帰って来た。其処から親戚に新年のあいさつ回りに出かける。親戚といっても近いうちが多いので出たり入ったりになるのだが、途中でHPの更新をすることにした。暮れは一気にお休みということにさせてもらった。
本年は自分自身が着実に自分の足で歩いていきたいというのが目標である。無理をしたり、人にペースを合わせるというよりも自分の歩幅で自分らしい1年を過ごして行きたいと考えている。「議会改革」も新たな局面になってくるものと考えているのだが、議会の中でもっと様々な問題に関して思い切った議論が出来るものを作っていきたいと思っている。何故なら何かを始めようと超党派でグループを作るとそれがいつの間にか人事の主流を争うグループになってしまっているという現実を変えていきたいのである。「きれいごと」とばっさりと切られてしまうかもしれないのだが、議会人事と全く違う形で大きな議員の議論できる場の作成をすることが出来ればいいなと、今の段階ではおぼろげなイメージを持っている。
役職ではなく、自分の名前と顔で勝負できる1年にしていきたいと考えている。1年間頑張っていきます。