朝7時30分に相談者の電話がかかってくる。今日はゆっくり朝寝坊しようとしたのだがそうも行かなかった。内容はそれほど急を要する内容ではないのだが、何故この時間に電話がかかってきたのかといぶかしく思っていた。
そのまま会社に出て朝の打ち合わせを行う。8時30分になったので市役所の担当に電話をして対処を依頼する。また、別件で何件か電話を朝いただいたものもそれから2時間の間に整理をしてそれぞれ確認をして報告の電話をしていた。
最後のものが若干時間がかかり、昼過ぎまでかかってようやく解放された。本日は昨日に続いて朝から雨がぱらついていて、右の膝が痛むので参った。重心がかけられないような状態なので午後からしばらく様子を見ながら静養をしていた。
夜になると痛みがうそのように消えてきたので、夕食をとった後に相談者のところに出かけていった。最近ちょっといけないことなのだが、気の許せる相手にはポロシャツで頭もきちんと分けていない状態で出かけてしまう。これがいけないといわれるとそれまでなのだが、髪の毛が薄くなってきた分固めないですむ日はそのままでいたいのである。また、もともとブルーカラーの私はなんともネクタイをすることがわずらわしいというのも正直な気持ちである。
これでなくてはいけないというのはもともと生に会わないこともあって、自分らしく自由にさせてもらうと本当はありがたいのだが・・・・。10年間作り上げてきてしまったイメージもあるようなので其処のところが難しいところである。
そんなことをぼやきながら9時過ぎまで仕事をしていた。
様々に昨日動きがあり、会派で4名に動きの調整をする必要が出てきたことと、東京の時局後援会の対応を手分けしておこなうことになり、16名いるこちらの議員の参加振り分けとそれぞれの責任者を決めるために急遽集まった。
順調に物事を整理して決めていったのだが、その結果の連絡と書類を作成し終わったのは午後3時過ぎになってしまった。
5月議会の人事の傷跡が残っている議員もいるのでこの時期はなかなか議員同士の付き合いが難しいところがある場合があるのだが、基本的に私はそんなことを気にしないたちなのでドンドン様々な議員と話をしていく。ひとつの目的をおこなうために会派の部屋を出てなかなか帰ってこないと会派の議員から怒られるのも私が途中で止まってしまうからである。
しかし、一人ひとりに考えがあり、それを話していただくのはありがたいのだが、いつまでいっていても旗を下げるときが来るのだから潔いほうがいいのだ。本人にその旨をヅケッと私らしく言うと苦笑いをしていた。ご本人もよくわかっているのである。また、その後本人の気持ちもよく私もわかるからこそ、早く平常にしたいと考えているところもある。
いずれにしてもあっという間に6月議会である。
朝から忙しく、体は昨日の作業で筋肉痛。水防訓練の場所に早く到着したこともあって訓練場所になっている会場の芝貼り談義をしばしおこなっていた。風が強く砂塵が舞う中で水防訓練が始まったのだが、酒匂川河川敷がこれほど砂塵が舞う状態になると近隣から苦情が来るのだろうなと思いながら訓練を見つめていた。
訓練もあっという間に終わり、一旦自宅に帰って着替えをした後に午後一の会合に参加をするために移動をした。そのまま東京にいきたかったのでそのような仕度をして出かけた。
日曜の午後にこのような会合を持つことがいいのか悪いのかよくわからないのだが、本日の帰りは玉突き状態で遅くなることと相成りました。
体が痛いということはこういう動きをするときには逆にいいもので無茶な動きが出来ない分無駄をなくそうという動きになることがいいかもしれません。
午後10時過ぎに帰宅し長い1日が終了しました。
朝から10名以上が集合して農作業をしている。ほとんど趣味というか園芸やなんかの延長の感じで作業をしているような感じで、それほど苦痛には感じていないのだが、本日は10年ぶりくらいの草刈機を使っての草刈をしたのでかなり疲れた。
昔のように(こういう話が出始めること自体が年齢を感じてしまうのだが)1時間以上平気で草刈機を振り回すことが出来なくなってきている。30分少し過ぎると体がしびれてくるので休憩が必要になってくる。一緒に草刈機を使用している2人のうち一人は私と同年齢なので同じように疲れているようだが、もう一人ははるかに若いので見ていても私たちよりも体の持っていきかたが軽く見え思わずうらやましくなってしまった。彼を今回の作業に無理やり誘って正解だと思った。体は正直である。年齢とともに作業を考えないといけないと感じた。
これからの季節の中で暇を見つけては我が家で1枚の畑の管理をすることになったのだが、まず草刈をして綺麗に地面が見える状態にすることと、親戚で無理をせずに楽しみながら作業のできるような状態を作ってから動員をかけたほうがよさそうである。
義理の姉の家が中心になってやってもらうことになりそうだと内心思いながらも東京に行きながら、6月定例議会の合間に少し自分のできることはしなくてはいけないと考えながら帰って来た。
体中が筋肉痛になりそうでこわばり始めている。まだその日に痛くなるにはいいほうなのかどうなのかいずれにしてもストレッチを入念にしなくては・・・・・・・。
昨日FAXで報告はいただいていたのだが、朝刊に掲載された新聞記事を見てあちこちから問い合わせの電話が相次いでかかってきた。
校長先生が同僚の女性教師にセクハラという内容なのだが、どこでどのように情報が散るのか分からないのだが、私たちでさえ知らない学校を特定した情報がインターネットでも飛び交っているので役所に出かけきちんとしたことを調査しようと考えた。
しかし、良く聞けば聞くほど首をひねってしまう内容がいくともあることに疑問を持ったのだが、女性教師が意図的に行動したとしてもその後のリスクを考えるとそちらにも首をひねってしまう。どちらのサイドで考えても整合が取れない流れに不思議な感想を持ってしまった。
その問題は役所でも話題になっていたらしく、議員間で情報交換をしたのだが、私と50歩100歩の情報を持っているに過ぎないようであった。
夕方、自宅から会社に行き、明日の農作業のための草刈機の整備と、乗っていく軽トラックのガソリンを確認したりしていた。ガソリンを入れにいったスタンドでもセクハラ問題の話で時間を食ったのだが、皆さんどこの学校なのかを興味津々と言うことなのだと感じた。こういう問題はいずれにしても広がってしまうのでいずれ分かってしまうと思う。そう考えるとこんなことをしていったいどうなると思っていたのかと不思議な気持ちに改めてなってしまった。
テレビでは62年ぶりに日本兵が発見されたというニュースでどこのテレビも朝から報道をしている。これが事実であればその人たちは少なくとも80歳を過ぎている人たちで、驚嘆の事実であると思う。今後の推移を見守っていきたいものである。
朝から家族で大仁に出かけた。「百笑の湯」という日帰り温泉に入るために1時間ちょとの時間をかけて出かけた。
ここに来ると1日があっという間に過ぎてしまうのが不思議なのだが、何回か温泉に入りながらしばらくゆっくり読めなかった本を時間をかけながら読んでいった。
眠くなると真っ暗になっている安眠室にいき、ゆっくりと睡眠をとったりしているうちに夕方になり満足した気持ちで自宅に帰ってきた。
何件か間で電話連絡を取ったのだが、各議員さんたちもそれぞれに忙しい日々が続いているようでちょっと後ろめたい気持ちになった。人事の議会の後には変な空気が残る場合がたまたまあるのだが、今回はどうなのか、いつまでもそんなことを考えていても仕方がないとは思うものの直接の関係した人たちはそれほど簡単に消化できないものがあるのかもしれない。
得をした人、損をした人それぞれあると思うが、所詮一時のことである。運が良いか悪いかということでその議員の実力とはおよそ関係ないのだから気にしないほうが良いと思うのだが、私の考え方はおかしいのかもしれない。
通常の活動の中で早く消化をしてほしいものである。
朝一番で皮膚科に診療を受けに行った。やっと体が空いたというか自分が行かなくてはいけない会合を後輩の議員に代わりに行ってもらうことにして、ちっとも治らないかぶれの治療に医者に行かせてもらうことにした。
結論は虫が這ったかぶれか紫外線によるかぶれかもしれないということであった。最近急に気になりだした顔のしみが関係あるのかと聞いたところ、「外仕事を長い年数したぶんしみができる」ということであった。薬をもらった後にそのまま役所に向かった。さすがに夕べ遅くまで議会をしていたせいで一番若い議員さんがいるのみであった。後から次に若い同僚議員もやってきて、昼近くまで様々な話をしながらすごし、昼食を一緒にとって自宅に帰ってきた。
そこで本日から工事に入っている市民相談を受けた場所の工事箇所が場所がずれていると電話が入り、すぐに現地を確認した後に役所の所管に昼休み中申し訳なかったのだが、対処を依頼した。
昼からは本日開催される党員会の準備をおこなっているうちに夕方になった。夜は党員会をおこない。市役所から出前講座が来てくれてにぎやかに党員会を進めていった。
9時過ぎに自宅に帰り、食事を摂って本日も無事すべての日程が終了となった。
朝9時に議運が開かれ、5月臨時議会がスタートをした。10時から本会議が開かれ、市長から専決処分や報告案件が説明された後に、各常任委員会と議会運営委員会の承認がおこなわれ、新しい委員会のメンバーが決まり、休憩に入り委員長副委員長の選任に入った。
私は今年は福祉文教常任委員会と議会運営委員会に所属することになった。福祉文教常任委員会は6年ぶりに戻ってきた委員会である。前回は新人議員の4年間所属していたこともあって、未熟な議論が多かった気がするのだが今回はもう少し成熟した議論をしていきたいと思っている。
子育て中に所属していたこともあって前回は臨場感のある議論であったが今回はその点は足を使って皆さんの声を聞きながら進めて行きたいと思っている。
一番の年長の先輩議員が委員長に決まり、1期の女性議員が副委員長に決まった。今回の委員会は3人女性の議員さんが所属をしており、委員長を除くと男性3人女性3人の構成の委員会で私としても初体験の構成で期待感がある。
一番最後に議運の委員長の選出が行われ、私が議運の委員長に決定をした。やりたいことは数多くあるのだが今の環境でどこまでできるのか自信の持てないのも事実なのだが、自分らしくやっていくしかない。
早速議運のはじめの仕事である監査委員の絞込みと議長・副議長候補の絞込みを断続的におこなっていった。私の会派も立候補をし、最後まで頑張ったが多数を形成できずに残念ながら負けた。夜9時までかかった調整のおかげで各候補が一本化され、共産党の候補との間で選挙になった。55代議長には下村議員、57代副議長には常盤議員が監査委員には飯山議員が選出された。新議長は私にとっても大先輩である。新副議長は私とは同期であるが私より早く副議長になってもおかしくない人である。そういう意味において安定した結果になったということであろう。私は勝負がついた段階でこの二人に投票をした。棄権や白票というのは投票時にする人もいるが私は主義としてそういうことは好まない。勝負がつけば後はなる人を心から祝福したいからである。就任された方々に心からお祝いを申し上げます。
とにかく長い1日になり、終わった後なかなか腰が上がらないで困りました。
朝から顔がかゆい。何かにかぶれてしまったのかそれとも内臓からなのかわからないのだが、両方のほほがかゆくて仕方がない。こういう日には打ち合わせをしていても集中できないので午前中役所にいたのだが早々に自宅に帰ることにした。
午後になり、先輩の議員から電話が入り「いい水を持ってきたので後で届けてやる」という内容であったのだがいつになってもいらっしゃらない。明日の臨時議会で様々に打ち合わせがおこなわれているためであると推察をしていた。
何件か明日の臨時議会はどういう形になるのか問い合わせが来たのだが、今回は私の会派は2年前から手を上げると宣言はしていたものの具体的に3役人事の話は何も進んでいないという状態である。大きな会派があるのでどうしてもそこの決定が最終決定になってしまうのではないかと思っている。
明日にはこのかゆみが治っているといいのだが・・・。
今年もこの季節が来た。毎年地域の連合自治会の単位で役員の歓送迎会が開催される。本日も100名以上の集まりである。昨年から少々気になる部分が出てきた会合なので今回はどうかと考えながらの参加であったが、あまり代わり映えがしない内容であり、こういうことをしていると自治会長さんたちは良いにしても各種団体の役員が参加をしなくなるなあという感じがした。
挨拶が私の番であると先輩議員に言われて挨拶をしたのだが、その挨拶内容が気に食わないと後で自治会長2人からクレームをつけられた。お酒に入る席ではこのように絡む自治会長が昔は多かったのだが、今時こんな人がまだいるんだという感じで応対していた。こういうときの私は一切逆らわない。安い頭である。頭を下げろといわれれば頭も下げる。(最も必要に応じてであるが)しかし、このクレームには参った。頭など下げる必要のない内容である。少々もてあましているところを他の自治会長が救ってくれたので助かった。しかし、皆さんお酒を飲んで天下をとった気になる人には参ってしまいます。まともに相手をするほうがバカを見るのだから尚更です。
そんな姿を見ていた何人かの人が一緒に帰りながら、「ああいう体質が今の連合の問題点だ」といっていたのですが、是非そういう話をしている人が自治会の改革をして欲しいものだと思いました。そういうことは抜きにしても地域活動にまい進されている多くの人に心から感謝の日であります。
朝8時に自宅を出て一路たまねぎの収穫をするために中村原の方に向う。天候は最高の天気である。9時からなのだが、8時40分には到着をしてしまった。臨時駐車場になっているところで一番たまねぎの収穫場所に近いところに車を止めようとしたところ先着をされている家族が4組あった。
仕度をして、開始の時間まで現地でぷらぷらしていようと、妻と義理の姉の3人で現地に向った。
受付が出来ていたので受付をするともうやってもいいということであったので自分の区画にいってたまねぎを掘ろうということになり、ダンボールを2箱200円で購入して自分の区画にいった。
途中でビニールを端からはがしていくと収穫が簡単なことを発見したためにあっという間に収穫は終わってしまった。段ボール箱に入れると2箱で入りきらない。仕方がないので帰って吊って置こうと考えて切らなかった葉の部分をはさみで落として段ボール箱に入れなおした。ぎりぎりでふたが閉まったのでここで収穫が終了した。
箱に大きく名前を書いて集荷場まで運んでもらうことにした。自分が車まで運ぶには重いことと2箱だと2回その作業をしなくてはいけないので決まりのとおり集荷場で受け取ることにした。妻と義姉は野菜の即売上で買い物を始め、会場で婦人部から振舞われた、たまねぎの味噌汁に舌鼓を打ちながら約1時間のんびりと過ごしていた。
12時ごろに自宅に着いたのだが、こういう作業は楽しい。ましてやそれほど自分の労力をかけないでこれだけ収穫できるということに大変にありがたい思いもした日でありました。議会の人事のことはこの何日間すっかり忘れてしまって大いに楽しんでいるのだが、大切なのは自分としての充実感であると思っている。
夕方から知人と食事をし、9時過ぎに自宅に帰って来た。
本日は朝9時過ぎから出かけ、久しぶりにのんびりした時間を過ごすことができた。ぶらぶらとあちこち歩きながら止まっては本を読み映画を見る。こんな1日のすごし方の中で自分の中にあるストレスを徐々に解放していく。こういう過ごし方を最近覚えて月に1度(これが出来るつきはいいのだが)こういう時間を過ごすことにしている。
また、ありがたいことに本日は電話もかかってこないので、大変にいい休養になりました。夕方自宅に帰ると何本かの留守電とFAXが入っていましたが、すぐに対応できる内容であったのですぐに対応をして終了。
皆さんはどのような休日の過ごし方をされていますか?
何回目の東京行きかは分からないのだが、朝から東京に向う。私の住んでいるところは小田急沿線なので、東京に出るのには大変に便のいいところにある。
昔は(最近このフレーズが多くなってきたのだが)急行とロマンスカーしかなかったのだが、最近は通勤快速があり、うまく乗り継いでいくと意外に早く目的地に着くので大変に重宝している。移動しているところから次の乗り継ぎや。帰りの時間を調べるのは、携帯電話の乗り継ぎ案内を使用するために何のストレスもなくスムーズに移動が出来る。
世田谷区の深沢6丁目のあたりをはいかいしているとおまわりさんがある家の玄関の前に立っている。よく見ると門の前にポリスボックスのような待機所があった。「いったいこの家は誰の家なのだろう」と自分の背の高さを利用して覗き込んで玄関の表札を見ると「小澤」とあった。なるほどここがあの小澤一郎代議士の家なのかと感心仕切りであった。民主党にいってからすっかり存在感が薄くなった気がするがやはり要人なのだと改めて感じた一幕でありました。
その先にバス停が日体大前のバス停なのですが、この辺は一歩通行が多く、目的地に行く案内がないのであちこち歩き回ってしまった。近くに同じ名前で4箇所も目的地の違う停留所があり、バスが来る前に自分の乗るバス停がわかったからよかったもののこういうところは何とか工夫が出来ないものかという感想を持ちました。
最終的に新宿で友人に合流したので、帰りは新しいロマンスカーに乗って小田原に帰り着きました。そのまま友人のご母堂の通夜に出席。そのあと、歩いて市内の会合に出席をした後に自宅に帰りつきました。
朝8時30分から夜9時までよく働いた1日になりました。
朝8時過ぎに相談者が2人おいでになり、話し込んでいるうちに8時45分になった。「さあ代表者会に行こうか」と同僚議員に電話で時間を問い合わせたところ朝9時に開始ということで、あわてて仕度をして役所に向う。
傍聴をするつもりでいたので多少遅れてもいいかという気持ちはあったのだがこういう時にはなんともうまくいくもので誠にスムーズに役所までの異動が出来、9時1分前に役所の着くことができた。代表者会そして10時からの議運では議長・副議長が24日の臨時議会で退職をする意向が挨拶としておこなわれた。
いよいよこれで議長選挙が正式な形になってきた。すでに表明している人、やる気満々の人と様々な形で議長になりたいことを表明されている。私自身は縁のない話なのだが、先輩の議長候補の皆さんは是非頑張っていただきたいものである。
議会の役職はその人の理解の仕方によって様々な形になると思っているが、私は、その役職の果たすべき役割についてきちんとその責任を果たすことが議会の役職であると考えている。だから誰がどうとか彼がこうとか言う前に自分はこういう役職の果たし方をするとみなに伝えて選ばれる仕組みにしていきたいと思っているのだが、なかなかその形にならない。もう少し時間が必要なのかもしれない。
いずれにしても候補の皆さん頑張ってください。
朝一番で薬をもらいに医者に行く。この間1月に2回目ということで2週間分しかもらえなかったせいで、この短い期間で2度目の通院になった。決まっている事ながら未だに納得しがたい決まりだなと思っている。
ゴールデンウィーク中という特殊事情で薬が切れてしまうために4月中にいっただけなのに、何故このような決まりが適用されるのかが納得いかない。薬を飲み始めるのは間違いなく5月からなのにどうしてこのようなことになるんだろう。
心の中でぶちぶち言いながら薬の処方箋をもらい、そのまま薬局に行き薬をもらってきた。この間1時間ほどの時間が経過をしていたのだが、なんとももったいない気がするのは私だけであろうか?
本日は役所には行く必要がないので、そのまま相談者の家に行ったのだが、出来ない相談を説明にいくのに同じ人に3回目になる。私の話し方がいけないのか、相談者が希望を捨てないことがすごいのかなかなか話がかみ合わないところがなんともすごいところである。
そんなこんなしているうちに1日が終わってしまった。
本日は各委員会を会派の中で誰が担当するのかを各会派ごとに届け出る日である。私は久しぶりに福祉文教常任委員会に所属することになった。1期生のとき4年間所属して以来なので6年ぶりにこの委員会の所属となった。
また、2年ぶりに議会運営委員会の戻って議会運営に携わることになった。これでどの議員がどこの委員会に所属するかがおおむね決まったのでこれから人事の様々な話が動いていくことになってくると思っている。
もうすでに様々な動きが始まっているようで、ある会派では所属の議員が変わっている届けが出たりしている。また、委員会の人数もきちんと配分されていないので詳しくは18日に開催される議会運営委員会の調整を待たなくてはいけない。
いつもこの季節になると急に議員と議員の距離が近くなったり遠くなったりする。仕方のないことなのだが、あまり好きな季節ではない。できるだけ感情的なしこりが残らないようにきちんとした形で終わると良いがと内心では思っているのだがどうなることだろう。
議長の任期を2年と申し合わせて初めて議長の改選がおこなわれるだけに議長を目指している議員さんには大変な時期になっている。今までのように1年交代でない分、この役職は廻り難くなり難くなっている。慎重に時間をかけて進みたいものである。
夕方会派の打ち合わせが6時からおこなわれ、30分ほどで解散となった。こちらはこちらで様々なことがあり、これから大変なときである。山北に建設予定の「エコループ」のこともきちんと学習をしなくてはいけないなと改めて感じた日になりました。
本日は一番下のいとこの結婚式である。私は母が長女ということもあって、従兄弟の中では一番の年長なのでまだいとこの結婚式があるというわけである。
10時過ぎからの結婚式から3時にお開きになった披露宴まで和やかに進んでいった。なかなかいい結婚式になった。
従兄弟が何にも久しぶりに会うものだからそのまま多くが我が家まで移動をしてきて2次会が始まった。急なことなので氷やつまみが間に合わずにあわてて近くのコンビニに行くとそこで市民相談を受けてしまった。アルコールが入っていたので本当はそういうときに話をしたくないのだが、相手は気がせくようでそこで短い時間で話を聞いて手の打ち方を伝え、それで困るようならまた、電話をくださいといって分かれた。コンビニに働いている人の中に知り合いがいたのでその知り合いも変な顔をしていたのであわてて自宅に戻ってきた。
そこから夜10時過ぎまで盛り上がるだけ盛り上がり、飲むだけ飲んで騒いだ。もちろん私はそれほど飲めないので途中で話をするだけになったのだが、途中でつぶれて眠る人、かえるに帰れずに送っていかなくてはならない奴、様々な状態を呈してきた。送るのは妻に任せたのだが、たまにこういう時間があってもいいのかもしれない。母は7人兄弟なのだが、それぞれの子供の数は少ない。従兄弟同士がこのように集まって騒ぐのも、兄弟が久しぶりにあった用でこれはこれでいいのかもしれない。
そんなこんなであっという間に過ぎた1日でした。
朝議長から電話が入った。近くの中学校のガラスが数多く割られているという。議長も私も同じ学区に住んでいるので調度本日は運動会ということもあって、学校で待ち合わせをすることにした。学校に行って見ると先輩議員と部長が調度帰るところであったが、体育館のガラスが割られているところをそのまま見に行った。
この中学はたまにこういうことがある。私の子供のときにも同じような事件があって、父兄が交代で夜を徹してパトロールをしたこともある。PTAの会長さんが良く知っているわが社のメンバーであったので、そんな話をしながらぐるっと体育館を見て回った。
議長とは時間がうまくあわずにそのまま帰ってきてしまったが、後で電話をいただいた。議長も驚いてみていたようである。
役所にそのまま用があって行ったのだが、なんか役所の雰囲気がいつもと違う。「なんかあったのかな」と思いながらエレベーターの前に来ると「2F、3F停止禁止」と書いてあったので歩いて階段を上っていくと2Fで撮影をしていた。大沢たかおという俳優が映画を撮っているということで3Fの議会ロビーの喫煙室でタバコをスタッフと一緒にすっていた。
それはそれでかまわないのだが、議員控え室のあるフロアを使用するのに議会に断ってあるのかという疑問は感じた。ドンドン使ってもらってかまわないのだが大切なものを控え室においてあったり、名簿関係があったりした場合に控え室の鍵はかけるような配慮が欲しいとは思った。最もそういう状態の場合本日のように急に役所に行ったときには控え室にも入れなくなってしまうのだが、そんなことをグタグタ考えながら、仕事の残りを片付けて自宅にむけて帰って来た。
休みの日というのがあるようなないような職業であるようなないような状態の中で生きているのだが、なんとなく気ぜわしく毎日が過ぎているなあと考えながらの帰宅になった。
市民相談を午前中に受けてそのまま役所にいく。役所に着くと不自然な空間がいくつも広がっている。数多くの議員さんが来ているのに出退版は点いていない人が多い。こういう雰囲気の時にはいよいよ様々な動きが始まりだしてきたということなのだろう。
懇談をした後に食事をして、その流れの中に自分も一時参加をさせられたりしていた。2階に相談を持っていくときに、外がなんとなく騒がしいので見てみると、デモ行進の準備をしている人たちのデモが始まった。「いったい何のデモなのか」といぶかしげに見ていると「高層マンション建設反対」のプラカードが見えた。約40名の人が様々にコメントを書いたものを見せながら歩いていたのだが、なんとも失礼な表現がいくつも並んでいた。
行政が、議会がと大きな声で騒ぐ前にこうなるまでの経過を冷静に考えて欲しいものである。どうすれば行政としても当該用地の買収が出来るかぎりぎりまで頑張っていた。議会もその動きというか市民の陳情を良として採択して後押しをした。しかし、業者が今までにかけたお金と鑑定された金額の差は埋める事が出来なかった。この現実を前に業者は建築確認申請を出し、それが受理された。
止むに止まれぬことなのだが、こういうことはこれが初めてではない。だから行政として、建物の高さ規制を全市にわたってしようと言う事になった。しかし、こういうものは周知に期間が必要で、その間に建てられるものに規制はかけられないのである。ましてや上位法の都市計画法に定められたとおりにいけばこれからも大きなビルは建つのである。
ただ批判のための批判に終止をしないで、これからのことを議論して欲しいと思っている。直接建設の影響を受ける人たちが運動に参加をしているのが少ないというのも私には不思議な思いがある。
デモ行進を見ながらそんなことを考えていた。あちこちで様々な思惑が働き始めているようだが、其処から残りの時間は、仲のいい議員たちと懇談をして過ごした。こういう時間のほうがよほど楽しい時間である。
朝10時36分小田原発のロマンスカーで出かけた。朝から歩いていてもジャケットを着て調度いい陽気で助かっている。
朝、昨日の説明会での発言をからかう電話が入る。別にそれほどのことではないのだがと思いながら自宅を後にした。地元の新聞に箱根の選挙の記事が載っていて、わが党の引退を決めた議員のことが書いてあったのだがこれが誤解を招くような書き方だったのであちこちから出先に電話が入った。
自宅に帰ってから対応することにして目的地に向かって進んでいった。経堂の駅について食事をしていると、小田原の人にあったのでこれはこれで吃驚した。
そのあと、成城学園からバスに乗って自分の母校の駒澤大学に本当に久しぶりで訪問をした。246号をわたるときにその風景が変わっていることになんとなく違和感を覚えたりしたことと、街並みがなんとなく小さく見えたのはどういうことなのだろう。大学生のときやその後にも数回来ているのに今回はなんとなく狭苦しく感じたのは本当に気のせいなのだが、どういうことなのかと首をひねってしまった。
15時39分初の電車で小田原に向って帰って来た。その後は新聞記事の確認に追われるのだが時間過ぎで担当者に確認できずに記事にされた本人に確認をする。本人が景気づけで言ったことを伝え聞いた記者が記事にしたものらしく、確認取材がおこなわれていないとのことであった。明日苦情を言わなくてはいけないと思いながら、誤解を招くような発言に対しても苦言を呈した。
本日は朝から盛りだくさんである。10時から経済厚生常任委員会が開催され、1年任期の委員会としては委員の改選前の最後に委員会となった。
委員長、副委員長の挨拶が最後におこなわれたが、恒例とはいえ途中で委員の一人が亡くなるというアクシデントもあり、様々なことのあった1年であったので心から「お疲れさん」という言葉を送りたい。最もこの二人を一番いじっていたのが私であったのかもしれない。
そのあとに少々時間があり、都市建設常任委員会が開催されている時間に市民相談を聞きに言った。これは職員に相談しなくてはいけないことであったので役所に戻って手を打つ。
午後3時30分から過日の断水の件と高層マンション問題の経過について行政側より報告があった。事前にかなりの話を聞いていたので黙って聞いていたのだが、「仕方がない」という答えをある部長がしたことにカチンと来て文句をいってしまった。その部長の気持ちは十分に分かるのだが、言葉は独り歩きをする。口から出すときにはその言葉がどのように捉えられるのかを考えながら発言をしなくてはいけない。苦言を呈したのだがそのように受け取ってくれたのかどうか疑問の残るところである。
役所を出たのが6時20分そのまま次の学習会の会場に向った。資料は用意してあったので、それを配布して説明と質疑を1時間30分にわたっておこなった。20名弱の会合であったのだが、たまにこういう形で時間と場所を提供してくれる方たちに感謝の気持ちで一杯である。
自宅に9時30分に帰ったのだが充実した1日でありました。
朝から相談者の家に行き、相談をうかがう。そのあとに、自治会長の家にいき、様々なお話をうかがってきた。その間の移動は歩きで移動をする。それほど遠くない距離なのだが昨日の影響で足が張っている。
なんだかんだしているうちに午前中が終わり、役所に向い仕事を片付ける。2時間ほど役所で仕事をした後に次の約束の場所に向った。
気が付くと夕方になっており其処から夕食の約束があるためにその場所に移動をする。それも電車と徒歩で移動をしたので約束の時間調度ぐらいに到着となった。
立場によって同じ物事にも様々な考え方や捕らえ方があるのだということを改めて感じながら、9時近くまで談笑をしていた。
最近お酒のあまり飲めない人との会食の機会が多くなってきたので私としても最初の乾杯ぐらいで後は飲まずにはなしが出来るので大変に楽になってきている。体質的にだめなようで飲める人がうらやましいのである。体の大きさで私が酒を飲めると思っている人が多くて困るのだが、最近はずいぶん楽になってきた。
コンビニで買い物をして自宅に帰って来た。
体調がちっともよくならないので本日は無理に歩いてみることにした。約2時間自分の家の近くの川沿いをてくてく歩いてみた。
汗はたっぷり出てきたのだが、体のだるさはなんとなく解消されてきたようである。結局こうして運動をし続けるしかないのだが、なかなかうまくいかないものである。
ここのコースを歩いていると感じるのは皆さん健康のためによく歩いているなあと感心をしてしまうことである。約2時間の時間帯で8人の知り合いと会った。これは結構面倒くさい部分もあるのだが、其処ここで立ち止まって談笑をする楽しみもあってなかなかいいものである。
1週間近く調子が上がってこないのは解消はされないもののいい気分転換になった。汗を流した後に自治会長と約束があるためにその場所にうかがった。4月から新しい自治会長になったのだが、引継ぎ事項の中でどれだけ私がそのことを承知しているかの確認であった。地元といえばどこまでが地元というのかは分からないのだが、地域の議員として認知され始めていることが何よりもうれしいことである。
明日も同じようの午前中動くので、午前中開催される議運を傍聴できないのが残念である。
7月の東京都議選に向けて暇さえあれば東京の知人の家にいっているのだが、1回行く度に1件という感じなのでなかなかはかどらない。また本日のように日曜日となるときちんとアポをとっていかないと合えない確率が高いのでアポをとっていくようにしている。
東京にはたまに出てきているのだが、自分の学生時代と大きく違うのは地下にもぐった駅が多くなったことと、目的地までの最短検索が携帯電話で出来るためにほとんど無駄のない行動が出来るようになったことかもしれない。
久しぶりにあう人ばかりなのだがみな年齢を重ねている。自分自身については気が付かないでいるのだが、そういうことなのだろうと思う。
夕方には自宅に着くのだが1件で動く時間の大きさにも少々驚いている日々である。
朝から結構な雨が降っている。相変わらず体調が芳しくない状態が続いていて、寒気がする。雨のせいだけではないようで午前中はできるだけ無理をせずにゆっくりと長袖を着込んですごしていた。
午後になると体が動くようになってきたので東京の知人宅に向かって出かけることにした。そんな調子であったのでアポイントもとらずに出かけてしまったせいで、相手は3件とも留守であった。
頭が痛む状態で体の調子が改善されないようなので自宅に向かって変えることにした。自宅に帰るのを見透かしたように来客が2人あり、その人たちと話をしているうちに少々体調が戻ってきた。原因は寒暖の差で寝冷えをしたものと思われるのだが、久しくここまで体調が悪くなることはなかったので正直参っている。
夕方には遠来の友人がやってきたので家族とともに食事に出かけた。こうなると気分的にも楽になるから不思議である。午後8時ごろまで歓談をして分かれた。
本日も含めてまた、ここの所運動ができていない。5月4日が最後となっているのだが、こういう日にはひたすらに休んで体調の回復に努めるしかない。
ゴールデンウィークがあけたという実感がなかなかわいてこない。体は朝からなんとなくけだるい感じなのだが、やることは多くある。午前中に尋ねてきた婦人が、この間の北条5代祭りの感想を話して帰った。「小田原でこれほど人が多く出てにぎやかにやっているとは思わなかった」という感想であった。結構感動をしてくれたらしいことは話のはしはしで伝わってくる。
こういう市民が多いのも事実である。出来るだけこういう人たちに小田原の良い所を感じてもらいたいと思いいつになく熱っぽく語っている自分に気が付いた。最近私自身も議員になったころの原点を思い出しながら出来るだけ様々なイベントを遠巻きながら眺め始めている。其処にはいくつ物新しい発見があるし、まちづくりについても、様々に問題提起をしながらも軋みながら動き出してきている。こういう実感があるぶん語りたくなるところもあるのである。
午後からはあちこち顔を出しながら役所にいった。この間の断水事件がどうしても今回のJRの事故と重ねて語られているような気がする。そして、断水の問題に災害時の対応のようなことを求めていて後から苦言を呈す人も多い。しかし、災害時をシュミレートしてそのように行動をするということは意味のあることであるし、今回の断水でも数多くの問題点が浮き上がってきたことも事実であると思っている。しかし、地震等の災害とは違うのでそのような対応を求められてそのように動かない議員を批判されても困るのである。
しかしながら、議会としてもせっかく議運で昨年災害時の対応についての整備をおこなったのだから今回の事件をひとつのシュミレーション訓練の場にさせてもらってもよかったと今は感じている。しかし、地元の議員は大変な思いをさせられている。
事故対応と災害対応の違いを分かって欲しいと感じている。JRの事故も事故の対応であると思うのだがいかがなものでしょうか?
本日はこどもの日。朝から午前中いっぱいは庭に木を植える作業をし穴を何箇所も掘ったり、その後良い天気なので自宅でたまりにたまっていた私がやらなくてはいけない家庭の仕事を午後にかかる時間の中でおこなっていた。
いつのせいかわからないのだが、本日は朝から腰が重い。気をつけながら作業をしていたのだが、いずれにしても体を全く動かさないわけには行かないのでこのくらい動かしたほうがいい結果になると思っている。
休みだというのにあっという間に夕方になってしまった。こどもの日というのは我が家では無縁になってしまった感があるが、近所のいとこの家ではあちこちに出かけていたようで夕方次々に帰ってきた。明日から仕事になる会社も多いのでお父さん最後の家庭サービスになっているようである。
お父さん方ゴールデンウィーク大変にお疲れ様でした。
夕方のニュースでJR西日本の社員が事故の起きた日にボーリング大会と宴会をしていたことを非難するニュースをやっていた。これは様々な捉え方があるのだろうが、いずれにしても自分の会社が事故を起こした当日に非番とはいえ何をしても良いというものではないだろう。会社側もこの辺の感覚に問題があるといわざるを得ない。
私はマスコミの報道についてはいつもの事ながら首をひねるところも多いのだが、こういう対応に関してはいかがなものかと思ってしまう。小田原市が断水したときには職員が総出で手分けをして作業をした。それでも様々な批判があるところである。JRはいわれるのが当たり前である。
朝からいい天気である。今年のゴールデンウィークはほぼ完全に近い形で天候は素晴らしい。横浜から昨日から来ている姉妹達の家族と、いつも農作業をさせてもらっているところの竹林をお借りして、半日竹の子狩りをさせてもらうことにした。
私は昨日の疲れもあって、体中がきしんでいたのだが、始まるとついつい夢中になって掘り進めてしまいました。甥っ子が初めての体験ということも会って、気がつくと40本近い収穫になりました。
その後、蕗を収穫して早川港のところにある最近お気に入りのお店で昼食をとって帰ってきました。連日の暑さで顔もすっかり日に焼けて健康的な顔になってきました。
近所にもおすそ分けをしてほとんどは横浜の連中が持って帰りました。収穫があって何よりでありました。
夜は久しぶりに家族で団欒をしながらゆっくりすごすことにしようと思っていたところ緊急の相談が入りました。休日なのですが、市役所の幹部に連絡をとり対応をお願いしました。すぐに対応をしていただいたので相談者からお礼の電話が入りましたが、急な対応をしたために、私自身が現場を確認していない状態で仕事をお願いしたものだから、連休明けの対応でも良かったようなので申し訳のないことをしてしまいました。やはり現場の視認は一番に大切だと改めて感じた日になりました。
朝からいい天気である。今年も北条5代祭りの日となりました。今年は特に体調があまりよくないので朝から気分が乗らずにいます。
午前中に集合場所に行って、甲冑に着替えをして残りの時間観光客の人たちの要望にこたえて記念撮影をしていました。今年はいつもの年に増して子連れが多いと感じていたのですがどうだったのでしょうか?
午後からパレードをおこないましたが、天候にも恵まれて沿道の観客の数は大変に多いようでした。めがね橋のところで「マンション建設反対運動」の人たちがプラカードを掲げて私たちに野次に近い声をかけましたが、こういうのはあまりいただけない。陳情の取り扱いの文句があるのなら議会に来て堂々と異議を唱えればいいのであると思う。
議員のパフォーマンスもいただけないが、こういうお祭りのときのこういう行動は感心しない。議会が皆さんの声を取り合わないというのではないのだから、そういうところはきちんとした常識を持ってもらいたいものである。
汗だくでパレードが終わり、反省会の後自宅に帰ってきた。少々疲れた1日であった。
連休の間の日であるが、連休の間というよりは私の感覚としてはやはり月曜日ということで、朝から仕事に精を出すことにした。
はじめに郵便局に行ったのであるが、これが時間を確認しないで行ったものだから、8時20分に到着をしたところ、9時からの業務開始ということでいきなり30分以上の時間をつぶさなくてはいけなくなってしまった。
仕方がないので、小田原東郵便局前のイトーヨーカードーのところの広場で行きかう人を眺めながら過ごしていた。9時になり、郵便局に入り、EMSの手続きをした。国際スピード郵便というらしいが初体験なので少々時間がかかってしまった。
その後市役所に行き、仕事をいくつか片付けた後に、東京の知り合いの家に訪問をした。なんだかんだ夕方まであちこち行った後に帰宅をした。
本日も朝9時過ぎから農作業を10名のメンバーでおこなった。気分転換や体の調整こういったことに加えて言いたい事をいいながら太陽のもとで汗をかこうという目的に関しては十分にその目的を達成していると思っている。
本日作業をしたところは梨畑というよりもひたすらに太くなった枝をのこぎりで伐採をしていくことになったので、初めは慎重にしていたのだが、午後からは大胆にきり始めたので作業がぐっと進んだ。
体がだいぶ疲れたのでそこで別れを告げて自宅に帰ってきた。無理をせずに適当にやることが持続の要因である。
残りの時間の中で市民相談が1件あったが本日はおかげさまでゆっくりすることのできた日でありました。