6月24日に告示された東京都議会選挙の期間中です。公職選挙法にも規制があり、もともと、当該に地域の議員ではないのですが、自分のHPの内容もこうした内容に触れる恐れもあるので、誤解を生じる行為は避けようということで、6月24日〜6月27日の自分の議会質問まではついうっかり掲載してしまいましたが、7月3日まで休止させていただきます。よろしくお願いいたします。
朝起きたときから頭が痛い。体に力が入らない。気力がわいてこない。こんな日に質問をしなくてはいけないというのはどういう因果なのか、体調管理がなっていないということで反省しきりで役所に行った。
途中、コンビニによって栄養ドリンクを飲むが何も効かない。10時になり本会議がはじまり、私が一番先なので登壇して質問を始めた。相変わらず体に力が入らず、できるだけマイクに近い距離で原稿を読むように工夫をする。
市長の答弁も頭になかなか入ってこない。必要な再質問はこういうことがあるといけないと思い昨日想定して作ってあるのでそれを見ながら再質問をおこなっていった。
それでも質問は4回までして終了となった。そのあとに同僚議員が久しぶりに質問をして午前中は終了した。食事の後に手厳しい他の議員から批評をいただいた。「何も印象に残らない質問」「インパクトがなさ過ぎ」「もっと話を広げると思っていたらなんとなく終わってしまった」等々普段言いたいことを言っているせいでうまくいかないときにはこのような反応が遠慮なく飛んでくる。
大失敗という感じか、自己採点では20点というところで、救いようのない質問となってしまった。今回の議会では皆さん質問の出来がよくないのだが、私がそれを象徴するような内容になってしまった。大反省である。
夕方まで残り二人が質問をおこなったが、体調が戻らずに終わってすぐに帰ろうと思っているところに相談者が来て対応をしていると5時過ぎてしまった。
本日は早く休もうと思っている。
昨晩遅かったせいもあって久しぶりに朝寝坊をしてしまった。そこから出かけて東京に3件知り合いの家に行き遊んできて夕方自宅に帰って来た後にアリーナに汗を流しに出かける。なんか体調が思わしくないようで体に力が入らない。途中でやめて自宅に帰って来た。
明日は質問をするのでそこから再質問を検討するのだが、いまひとつ身が入らない。今回の質問はきちんとした落としどころが見つからない分苦戦をしている。こんな状態は久しぶりのことである。質問をする前からなんとなくうまくいかないのが見えているというのはいやなものである。
とりあえずのベストを尽くすしか方法がないと思いながらも、体に力が入らないことをいぶかしげに感じながら本日は早く休むことにした。
昨晩遅くまで遊んでいたことが聞いているようである。別にお酒を飲んでいたわけではないのだが、夜遅くまで、タバコの煙の充満する中にいたのは久しぶりなのでそれがどうも答えているようだ。本日は早く休むことにしよう。
本日は朝から妻と二人で東京に出かけた。東名高速を用賀料金所で下りて午前中は世田谷の知り合いの家にいく。前回お邪魔したときに駐車場の場所を確認してあったのでスムーズに駐車場に入れることが出来た。
1時間と少し談笑をした後に一緒に出かけて用を足した後にともに別れを告げて、町田に向う。これも東名の青葉台インターチェンジから柿生を抜けて鶴川を抜けて目的地に着いた。これだけ車で動くと今までカーナビのついた車で移動をしていたので、カーナビのない車のちょっと不便だなという気がしてきた。
しかし、年間どれほどカーナビを使うのかと考えるとこれで十分という気になってくる。少々渋滞したのだが、妻の友人宅に着いた。あがって話に花が咲いて2時間ほどそこの家にお邪魔をしてしまった。その家の帰りがけにユニクロによって、必要なものを買い求めた。
今年の夏は久しぶりに半そでのシャツで過ごそうと考えているので、足りない衣類をここで買い求めた。クールビズのおかげで、安くてそれなりに見えるものが数多くあって大変に助かる思いである。
そこからは渋滞をしていたのでのんびりと家に向って帰って来た。カーナビのない分間に頼った運転になったがなんとなく自宅の方向はわかるようで迷うことなく自宅に帰りついた。
夜は真鶴にて、昔の友人たちと懇談。いつものことながら夜遅くまで語り合うことになってしまった。それは全くかまわないのだが、そのメンバーでタバコをすわないのは私だけということで、終わるころには頭の先からつま先までタバコくさくなってしまったのには参った。
本日は疲れたと思いながら午前3時に自宅に着いた。
本日も朝から4人の議員が質問をおこなった。ベテランの議員が二人質問をしたのだが、そんなことを聞くのかという質問と、断定的にそんな発言をしたら問題だぞという質問で、後輩の議員にしてみると悪い事例しか残らない質問のような気がした。
わが会派の後輩の議員も質問をしたのだが、今回始めて私が一切見ないで質問をおこなった。しかし、誰が見たのかすぐ分かる質問内容に何のために私が見ないで質問をしたのかよくわかっていないのだということを痛感した。
今回私自身ものりが悪い議会なので人のことをとやかく言う立場にないのだが、本日は余り良い内容とはお世辞にもいえない気がした質問であった。
本日は自転車にて役所に行ったのであるが、行きと帰りは快適であった。ただ季節がら止まると汗が噴出してくるのには少々参ってしまった。
気がつかないうちに夏が来てしまったような陽気である。役所の冷房も効いているんだかいないんだか議会事務局や議長室のあるほうはとにかく暑く、息苦しいかんじがする。
本日から6月議会も後半戦の一般質問が始まった。その前に各常任委員会の委員長報告がおこなわれ、いつもと同じように共産党の議員の反対討論がおこなわれ、賛成多数で補正予算や条例議案が採決をされた。
共産党の議員は調子がいいなと思うのはこういうときである。自分に都合のいいところだけ賛成をして他は反対。予算案そのもに対して結局反対というのに実績は語る。いつもの事ながら首をひねってしまうのであります。家計の出費にしても必要だけども大きな出費と本来はお金をかけたいのだがとりあえずの出費と色々あると私はおもうのだが。
とにかく4人の議員がそれから一般質問をおこなった。時間切れになる議員もいて初日は時間オーバーかと思っていたが4人目のベテラン議員が時間調整をしていただいたようで3時45分から議会運営委員会を開くことが出来た。
議運では、各意見書や議員提出条例案の取り扱いについて議論をした。最後に9月議会の日程案が提出され決定したのだが、もう9月議会の日程の話かと思わずため息が出てしまった。
自宅に帰って久しぶりにコンピューターの前に座り、私がおこなう質問の再質問の整理とHPの更新をおこなった。本会議中に電話のあった相談については本人に連絡をした。本人の思う形にはならないのでへたをすると「何もしてくれない」とまたいわれるかもしれない。議員といえども決まりは決まりでそこに横槍を入れてきれという相談には応じられない。本人にとって良かれと思う次善の策を考えるしかないのである。
暑い暑い夏が来てしまったような陽気です。高知のほうでは梅雨だというのに雨が全く降らないために水がめのダムが干上がってしまっているようです。その干上がっているダムの底から死体が発見されるなんて、ミステリー小説まがいの事件が起きています。
15歳の子供が親を殺した事件で子供が逮捕されました。最近こんな事件ばかりですが、日本という国が最近おかしくなってしまったのかそれとももともとこういう事件は数多くあったのだが、報道や情報が全国に行きやすい現代だから目立つのか、こういう様々な情報から人間性に問題が生じてくるのかもうひとつ結論が見つけにくい今日この頃であります。
最近の市民相談も市会議員の手に余ってしまう相談ばかりで、少々気分がめいってしまっています。こういう事柄は結局専門家に任せるしかないのですが、議員という仕事は結局ハード部分での貢献しか出来ないのかと歯噛みしたくなるのもこのようなときであります。
午後3時過ぎからアリーナに行って汗をたっぷりかいたときに気分がやっと晴れてきたようです。外は昼過ぎからはれてきましたが私の心も同じようにやっと晴れたようです。
そこから3件相談を受けに自転車を走らせました。途中の農家でいただいた梅にハンドルをとられながら、今日も1日これで終了です。
国家がはたまたくだらないことでもめている。酒気帯びの議員が本会議に出席しているしていない、懲罰動議の乱発。いい加減にしろといいたい。国会の開会中にパーティーを開く経団連も経団連だが、其処に参加しているのは与党議員だけではないのだろう。野党議員もあいまってその中で酒を飲むと顔に出る議員を的にして騒いでいる。
そもそも国会の開会中にそういうパーティーに出席をすることがどうなのでしょうか?
国会議員の方たちは私たちでも持っている大人の常識というものを持っていないのでしょうか?
さすがのマスコミもあきれ返っているコメントがぞろぞろ出てきている。この国会を何のために延長をするのですか?重要法案がちっとも片付かないから55日間も延長をするのではないのでしょうか?最初に寝ていた民主党にも責任は大いにあるのですぞ
こういう人たちに私たちが投票をして選んだということを忘れてはいけないと痛切に感じました。
「最近不幸が無くてよかった」とこのあいだいっていたら、立て続けに不幸の連絡が入った。役所に急遽出かけて雑務を片付けた後に、告別式に2件参加をし、夕方友人の父親の通夜に参列をした。
1日で3件不幸が重なってしまったが、こういう日もある。入院をされている家族が相談が入りそこからそのまま相談者の家に向かった。礼服の着替えを車に積んでのこうした行動の仕方が良いとは思わないのだが、急を要する問題らしいのでいたし方の無いことである。
夜のニュースでA級戦犯の孫が韓国の放送局の取材を受けている様子を放送していた。様々な考え方があると思うのだが、中国・韓国・日本この3国間にこの感情がある限り、真の友好は築けない気がする。歴史認識の問題も各国で違って当たり前であり、戦争に戦勝国も敗戦国もそれは一部の指導者の感情であり、名も無い庶民は共通して不幸なのである。取り立ててこのことだけを取り上げることに疑問を感じた。
近隣ほど仲良くすることの難しさは我々の生活空間でも共通のことである。
先日従兄弟の結婚式以来、特に叔父、叔母の間から「従兄弟同士それぞれに兄弟が少ないのだから年に1度くらい集まれば」という声が大きくなっている。7月は私自身様々な日程が目白押しなので、8月の当初にその企画をもつことにした。
第1回はわたしが準備をしてあげようと思うが、次からはわたしより年少の従兄弟たちに運営を任せようと思っている。わたしは長女の子供なので、従兄弟の中でも母親の兄弟と年齢差があまり無く、従兄弟たちのほうが帰って年齢が離れているという現状があり、これから継続的におこなっていくとしたら、若い幹事が良いと思ったのである。
お互いに家族の同伴もいいことにしたのでいったい何人が集まれるのか、よくわからないのだが、小田原に住んでいる人間はともかく、離れてすんでいる人間も数多くいるので早めに確定して宿を予約しなくてはならない。
葬式とか結婚式とかでしかあえなくなっている従兄弟たちが集まってどのようなことになるのか乞うご期待という感じである。案内状を作成しながらできるだけ集まってくれると良いなという気持ちが湧いてきた。
日曜ということもあり、夕方から夜にかけて汗をかきに出かけた。
朝起きて気がつくと本日は土曜日である。昨日は委員会の後に気分転換ができたので朝からさわやかな気分で東京に出かけた。
もう何回東京に来ているかわからないが、いよいよ雰囲気が選挙っぽく感じているのはわたしだけであろうか、なんとなく雰囲気が出てきているような感じである。何人かの友人に会えたのだが、政治というとやはり国政の印象が強いという感じがする。都議会はともかく、その下にある区議会の存在などを知らない友人もいることに少々驚きを感じている。われわれ地方議員は市民という存在が非常に良くも悪くも近く感じられるのだが、東京ではそうでもない人たちがいることに驚きを感じたのだが、小田原にしたところで、ふだん接しない人たちの圧倒的多くの人はこういう考え方や感じ方なのであろうという気がした。
地方政治が国政の雰囲気の中で同列に感じられてしまったり、国会議員のパフォーマンスで投票行動に違いが出てしまうということは地方議員にとってはつらいことである。「労多くして・・」とよく言うのだが、地方議員は地方議員の尺度を持って判断していただけるようになっていかなくてはいけないのだろうという気がしている。
自分でもどういう行動する議員が住民にふさわしい議員なのかは模索しているばかり出るが答えが出ていない。自分でこうだと思うことが一番であるかどうかも半信半疑のところもある。自信がないわけではないが過信になってはいけないといつも自分も戒めている。また、多数の意見を反映させるということは大きな声を反映させることではない。
なんか禅問答じみてきたので本日はここまで。
本日は朝から曇り空。体調は風邪を引いているらしくあまり芳しくない。しかし、各委員会服装を自由にしようと言い出した手前ボタンダウンの半そでのシャツに上着を着ていくことにした。
役所に着くと議員のほとんどはネクタイをしている。服装の自由を上着を着なくて良いと理解して半そでのYシャツにネクタイをしている議員もいる。これはこれで自由であるのだから良いということである。わたしは役所につくと体が寒くなったり暑くなったりするので、上着を持って委員会の望むことにした。委員会があたらしく編成されて始めての委員会ということで職員紹介があったのだが、議員の側まで委員長が紹介をして紹介を各担当の審議ごとにしたのだが、これは委員長に大変申し訳ないがやりすぎだろう。
委員会はある意味戦いの場である。議論を戦わせる相手同士が挨拶するのわいいにしても、今回のこの形は行政に媚を売っている用で正直首をひねってしまった。あまりこういうことは好きではないというのが正直な感想である。委員長が大ベテランで人格者でもあるので「いかにも」という感じはするのだがわたしの感想としてはいいものではなかった。
委員会は予想であり、案件が多くまた初めての委員会ということも会って全員が発言をするので長く時間がかかった。喫煙する委員が一人しかいないということもあって休憩が非常に少ない委員会の進み方であったので、途中で脳が酸欠状態になって委員長に休憩を申し入れをおこなった。
女性3人、男性4人の委員会は未来像的な委員会の構成である。それぞれに個性が豊かであるので同じ結論に至っても考え方がまるで一人ひとりが違うということもわかってきて先々楽しみが増えてきた感じである。
6時15分ごろに委員会が終了した。ひさしぶりに歯ごたえのある委員会であった。充実したというか着かれきって次の会場に向かった。朝から時間を見越して電車で来たのは正解であった。
朝起きると家に車が1台も無い。そういえば本日は車を使用するといっていたなという記憶を呼び起こしながら、とりあえずに中いっぱいは明日の委員会の準備に当てることにした。
昨日から雨が続いていてうっとうしい陽気で、午後から気分転換にアリーナに行き、汗をたっぷりかいてきた。こういう時間を持てることは大変に申し訳ないと思いながらもおかげですっきりと仕事に向かうことができた。
午後9時過ぎまでかけて準備が終了。6年ぶりに戻った委員会は相変わらず、判断に苦しむ内容の陳情を扱っているというのが正直な感想である。この答え方は明確に自分の考えを述べることが大切なので明日は慎重にやることにしよう。
明日は夕方から用事があるので、このないようだと委員会が終日かかりそうなので歩いて役所に行こうという結論を下した。
夕方からは市民相談で「あがれ、あがれ」といわれてついつい話し込んでしまい。10時過ぎに自宅に帰りついた。相談内容も複雑なものだったが、議員の年数ともに難しい相談が増えてきているなというのが実感である。そういう相談を右から左に裁けないことに苛立ちを覚えることもあるが、これは自分の内部の問題である。市会議員といってもできることには限りがあるのが現実である。
本日はいったん東京に行ったのだが、吐き気と下痢が止まらず、頭も痛いので早々に自宅に帰ってきた。こういう日は早く休むに限るのだが、自宅にいればいたでいくつも仕事があり、また、いつものことながら皆さんいるのを見透かしたようにたずねてきてくださるのである。
私自身が発信機でも仕込まれているのではないかというぐらいタイミングの良さである。夕方までには体調も回復してきたので夜の会合に出かけた。
9時過ぎに自宅に帰ってから今回久しぶりに戻ってきた福祉文教常任委員会の勉強をし始める。委員会の前にこんなに準備をして望むなんて久しぶりのことであるのだが、福祉、教育に関しては以外に捕らえ方で答えが代わってくるので慎重に調べなくてはいけないのである。
陳情の下調べは明日おこなうことにした。陳情だけで6本もあり、その一つ一つが答えを出すのに苦労をしそうである。
一般質問の第1回の原稿を早めに仕上げておいてよかったと感じた1日でした。
本日は本会議2日目。議案関連質疑がおこなわれた。4人の議員が次々と質疑をおこなった。議案関連質疑は3回戦と決まっているので意外に早く終了する。終了後すぐに議会運営委員会の開催となった。
一般質問の通告が16目の議員から出されているので1日4名ずつの4日間でおこなうことが決定された。続いて議運のメンバーが提出者となって意見書の提出が2件決定された。地方6団体の三位一体改革にあわせた改革案の実行を迫る意見書である。地方分権といいながらきちんと整理されてこない財源の移譲を迫るものであります。
もうひとつは議会権限の拡大を求める意見書で、現在は首長に議会の召集権限があるのに対して議長が召集権を持つことのできるという権限拡大や、51%以上出資している団体の監督を議会でできるということがいくつか盛り込まれている改革案である。
2件とも全会一致で議運のメンバーが提出者として本会議に提出することになった。その後服装の問題の結論が出た。政府のやっている「クールビズ」とは次元が違うが、6月9月の議会中は各委員会においてノーネクタイ、ノー上着でもいいということを決めようといういかにもあいまいな服装の自由化について確認をした。これも全会一致で本人が自由にするということで決定した。
これを決めてもすぐには皆さんネクタイをはずさないなという感じはしている。特に6月は天候が不順で温度差も激しい。少しづつ広がっていけば良いと思っている。要は、服装の自由というよりも「これでなくてはいけない」という暗黙の縛りを解くことによって、皆さんが自由な発想で自由に議論ができればいいのである。
いずれにしても大きな1歩である。午後から質問の打ち合わせをして役所を後にした。
朝7時30分に自宅を出て、市民相談がうまく行かなかったところの写真を撮った。そのうち相談者が自宅から出てきて、隣に言ってしまったといっていたおばさんも顔を出したのでお詫びを言いながら説明をした。うまくできる場所ばかりでないので、こういうときが大切である。
そのままかかりつけの医者に行き、定期診断を受ける。これは定期的にこれからも続いていくのだろうが、煩わしい事である。診断が終わると病院2件に見舞いに立ち寄る。お世話になった方達が病んでいる。心が重くなる。一日も早い完治を祈るばかりである。
役所に1時過ぎに着き、打ち合わせをおこなった後に食事に7階に行き、定番のカレーライスをほうばる。その後明日おこなわれる議運の打ち合わせを短時間で済ませた後、3時過ぎに次のところに移動をした。本日は暑いのでノーネクタイで行動をさせてもらっている。それほど快適には思わないが首の周りが楽なのは確かである。
抱えている上着を放せるようになると本物かもしれない。しかし、国と同じで、市民のほうがそのような格好になれていないというところかもしれない。
夜は一般質問を作成する。友人に指摘を受けたところを中心に打つのだが、果たしてこれでわかりやすくなったのかどうか首をひねりながら作成をしていた。今回は簡単に原稿ができたということはたいした内容ではないということなのかな。
いずれにしても本日も無事終了である。
最近曜日かまわず朝早く起きてしまう。そのままの勢いで東京の友人宅に行く。久しくあえない友人にやっと思い出会えた。5回目の訪問である。友人の家族には良く会えるのだが、本人だけがいつ行っても留守という状況であった。
大学時代の友人の多くは都内に住んでいないことが多くなってきているのだがその中では貴重な友人である。正月にはお互い休み中ということあって毎年あっているのだが、こういう時期に会うことは久しいのである。
友人の家でもしたの娘さんが免許を取ったばかりらしくしばらくはその話に花が咲いた。どこの家でも親が同乗して練習させているらしい。大変なことである。わたしはどんどん乗せて早くうまくしてやろうと思っているのだがどこの家でも慎重な対応をしているようだ。わたしの家は軽自動車なのだが、普通車の家は保険料もかなり上がるらしくその問題の話題も多く出た。
様々に話をして、夕方前に自宅に帰ってきた。お互いに薄くなりつつある髪の毛とともに子供が成長をしていることを確かめたというおかしな日になった。
朝から東京に出かける。だいぶ臨場感が出てきていよいよ選挙が始まるという街の雰囲気になってきている感じがしている。自分の選挙は夢中でわからないのだがこれは一種の祭りだなという感じがしている。
昨晩でかけて話をした会合でも様々に東京に出かけた人の話を聞いたのだが、やはりこれは一種のお祭りであると思う。参加するかしないかはともかくとして、さすがに日本の首都東京の選挙だけのことはあるというのが実感である。
夜の会合に参加をするためにあわてて小田原に帰ってきたのだが、一番会える時間帯に小田原に戻らなくてはいけないもどかしさを感じながら帰ってきた。駅まで娘が迎えに来ていて、娘の運転する車で自宅まで行き、食事をして娘の運転で会合の会場まで送ってもらった。わたしの車に乗っているからこのように気を使っていることと、免許取り立てで乗りたくて仕方が無いということなのだろう。いずれ勝手に動き出すに違いないのだが今のところ大変に便利である。
会合が終了して夜9時30分に自宅に帰ってきた。何点か苦情があったので月曜日に対処することを約束した。
本日は議案関連質問通告が正午まで、一般質門通告が午後3時までとなっている。9時過ぎに役所に行くと質問通告の出が悪いようでどこまでの議員が質問するか読めない状況がある。
自分自身も通告の作成をしなくてはいけないので、後輩の議員の話を聞きながら作成をしていった。後輩の議員が7番目で一般質問を出したのだが、そのときにはわたしの通告も出来上がっていたのだが、順番の希望があり、少々様子を見ることにした。
12時を過ぎて議案関連質疑は4名の議員ということで決まったのだが、少々首をひねる内容の質疑があり、逆にこの内容でどのような質疑をおこなうのか興味津々と言うところである。後から来た先輩議員がその内容を見て肯定的な発言をしていたのだが、その考え方についても首をひねってしまった。まあ、質疑の日が楽しみである。
午後1時を過ぎて概ね質問者の数が見えてきたので自分の通告を9番目で提出した。要は週を越えたかったことと午前中に質疑をしたかったのでこの順番で良いということで通告を提出した。午後3時になったが結局16名の議員が通告を提出をした。4名づつ4日間の一般質問になりそうだ。
夕方まであちこちで懇談をしながら、喫煙をしない議員のサロンを勝手連的に作っていこうという話で盛り上がっていた。今の議会は本当にしんどい課題が連続して起きてくる議会である。様々な主義主張は違っていても共通認識をしておかなくてはいけない最低限の情報や考え方を共有する必要性が生まれてきている。もともと喫煙していたときに副議長であったので喫煙室はそういう場にしたいということでよそよりも大きなスペースにしてもらった経緯がある。その当時から喫煙をしない議員からそういう場がほしいといわれていたのであるが、できればそういう形のサロンを造りたいと考えている。仕事に支障のない範囲でその輪の中に職員が入っても良いと思うし、全く新しい形での交流の場を作っていきたいと考えている。
情報の砂漠地帯になってしまっている議員さんたちが迷走する事の無いように受け皿づくりをしていきたいと考えている。自分自身にも大きな課題があるのでそれを解消しながらになるのだがスタートをしていきたいと思っている。
昨日の暴飲がたたって体調が悪い1日であった。
本日から6月定例議会が始まる。昨日免許証を取得した娘が送っていくというのをそっと朝早く自宅を出てきてしまった。まだまだ娘の運転で車に乗りたくないというのが正直な気持ちである。
そういうことだけではなく、本日は表彰伝達式があり、議会の開会30分前に表彰伝達式が開会された。30年表彰の議員が1人10年表彰の議員が私を含め同期5人表彰状をいただいた。こういう形式的なことはあまり好きではないのだが、あっという間の10年であった気がするし、反面長い10年の気もする。充実した10年。自分の人生の中では大変な部類に属する10年間であった。
10時から議会が開会された。土地開発公社や公益事業協会等5つの団体の会計報告の後質疑がおこなわれた。補正予算の説明が終わったのは12時を過ぎていた。
わが会派が中心となって用意をしている議員提出議案の条例案の提出の件で午後から様々な議員と意見交換をする。誰もが乗れる条件で出来れば多くの議員が提案者に名を連ねてもらいたいとの考えから今回の条例案は時間をかけて整備していくことにおおむねなった。
大切なのは議会が議会としてスガルク機能できるようになることであるので、このようなチャンスを十分に生かしてもらいたいと思っている。
夕方からは表彰された議員の夕食会があり、それに参加をして帰宅をした。
朝から一般質問の準備であちこちから資料をそろえ始めていた。やりたいことは数多くあるのだが、今この時期に質問することが適当であるのかどうか確認をしなくてはいけないのであちこち手探りで考え始めている。
議会での質問は何回目になるのか最近は数えることもなくなってしまったが、何回質問をしても十分に満足する質問は出来ない。これは議員をやめるまで難しいことなのだと考えている。
今回は十分に煮ツメが出来ていない問題が多いのでどこまで議論が出来るのか自分でも未知数のところがある。以外の淡白に終わってしまうのではないかと考えているがどうだろう。
夜にはサッカーのワールドカップ予選の日本対北朝鮮戦をテレビで観戦をする。いったいこの瞬間どのくらいの日本人がこの試合を見ているのだろうかというようなことを考えているうちに前半が終わり、後半途中に得点が入ったときには「これで大丈夫」という内容の試合になった。結果2−0で日本が勝利をし、3大会連続でワールドカップの出場を決めた。
終わってみると楽勝の試合であったがはらはらどきどきした気分で観戦をしていた。とりあえず選手諸君には検討を心からご苦労さんと言う言葉を送りたいと思っている。
本日朝10時から議員説明会がおこなわれる。最近やたらとこういう説明会が多く開催されるのだが、中身についてこれでいいのかという疑問を持っている。議会に説明させることによって議会の威信を保つのだという先輩議員がいるが私はそうは思わない。こういう簡単な説明会で処理してしまうのにはあまりにも大きな問題がある気がする。
行政は説明会を開催することにより、議会への「説明責任」を果たしているという気になるし、議会はそれを受けて常任委員会が活発に開催されることもなく、何かその説明会に問題があるとすぐに特別委員会を組織したがる。この点が大きな間違いであると考えている。
今回の城下町ホール建設の説明会にしても説得力のあるデーターが示されるわけでもなく、バブルのころの箱物を建設する説明会となんら変わらない説明会を開催している。おかしな話である。本当にこの時期にこういうホールが必要であるのかどうか、今ある市民会館と同じような規模というのはどういう根拠で決定したのか何も明確な説明は得られなかった。
これで建設をするのでは納得いかない話である。常任委員会で責任を持って調査をすべき内容だと思っている。誰もが納得する形での建設を考えて欲しいと思っている。
その前に総合計画の実施計画の説明も同様な感想である。4年間の実施計画という割に具体性に欠く内容が多いのには少々残念な気持ちである。時間をかけて議論する時間が欲しいという感じである。実施計画そのものは行政に説明する責任はないのかもしれないが今一歩という感想である。
夜、友人たちと夕食をともにしながら様々な話をしたのだが、こういう空間作りが今一番必要だという感じが日々強くなるようだ。
朝一番で相談社宅を訪問。写真を撮って担当の所管に仕事を依頼する。ちっとも仕事をしてくれないという苦情つきの話であったのだが、私がきちんと話をうかがったのは今回が始めてであるという認識があるだけにやや憮然とした気持ちである。とにかく相談者の言うことを早く処理をすることが一番なので手を打った。
そのあと東京に向ったのだが、自分の選挙が終わって早2年。副議長を勤めさせていただいた1年目その中での松田町の選挙応援。衆議院選挙、湯河原町町議会選挙、参議院選挙、大井町の町議選。鎌倉市議選、東京都議選と選挙が終わってからこれだけの選挙が続いている。
一つ一つの選挙に自分のやれることをせい一杯やってきたという気持ちがあるのだが、当選した7月以来十分に支持者と交流する空間が出来ていないことは事実である。こういうところにどうしても支持者のほうでは「選挙のときだけ」という感情を持ってしまわれるのだと思う。
言い訳の出来ない仕事であることを改めて感じている。自分という人間が成長するためには本当に数多くの試練があるのだということを改めて感じた日でありました。
本日は朝8時過ぎに自宅を出て、会合に出席した後、何件か相談者のお宅にお邪魔をした後に東京に向けて出かけていった。
本日は東京の目黒区で公明党の時局講演会がおこなわれる。友人と参加をするために出かけた。私自身子供のころから東急沿線で育ったのでなんとなく懐かしい沿線の風景を楽しみながら会場に向かった。
私鉄も輸送力を増大させるために複々線化や高架地下という駅も増え、わたしが育ったころの平面的な駅が驚くほど少なくなっているのはここ数ヶ月連続して感じている感想である。
都立大学駅で下車し、会場まで行く前に夕食を摂って会場にいったのだが、会場はすでに行列ができており、開会30分前についた割りに1階には入れないで2階に着席をした。こうなると会場が大きい分臨場感がなくなってしまう。我が小田原市の市民会館でも2階から会合を見ていると臨場感が感じられないのだがここでも同じような感想を持った。
開会40分ほどでほかに約束があったために会場を後にしてそちらに移動し、その後自宅に帰ってきた。帰りは少し贅沢をして新幹線を使用し、自宅で体を早く休めようという選択をした。新幹線は混んでいて座れるスペースはなかったが19分間の辛抱で小田原駅に到着することを考えると大変に楽である。
今日も1日無事終了である。
朝からなんとなく雨模様の日であったので小学校での懇談会には車で参加をした。小学校に着くと、門がしっかり閉まっている。安全上の問題で最近小学校の校門は閉じていることが多いのだが、やはりなんとなく違和感があるのだ。こうして閉鎖しているものの、もともと小学校というのはその気になればどこからも進入が可能であるので逆に危険性が増しているような気もする。
今年で3回目になる懇談会であるが、共通のテーマを複数のグループで議論しその結果を発表していくものである。自分自身の子育てのころと最近の親の感覚の違いにも少々の戸惑いを感じる。どこのグループでも共通して提起された問題として地域のコミュニティに参加することを拒否する家庭の増加とそういう家庭に対して地域での子育てをという行政や教育委員会の考え方を成立することの難しさを多くの人が話をしていた。
子供の問題というよりも親の問題が数多くあることを共通の認識として持った。少年スポーツ団体の責任者も子供が怪我をしたときに賠償責任を問われるケースが多くなってきている現状を報告されたのだが、これはわたしたちにとっては驚き以外の気持ちはわいてこなかった。自分のことだけ自己中心的な親の身勝手さをどこかでどのように変えていけるのか話せば話すほど頭が痛くなってきた。もちろん極端な事例での話であることは承知をしているのだが、こういう人がいることも事実なのである。
結局今回も時間切れになってしまったのだが、答えの見つからない迷宮に迷い込んでしまったというのが実感であった。
夜には別の会合に出席。その前学校での会合の途中、城山のマンションを市が購入することが決まったという連絡を受けた。八幡山という北条早雲から5代の城郭のある場所の遺構を行政として、市長の考え方としてどのようにしていくべきなのか、将来的な遺構に対しての整備計画が作成されていない今の状況の中では今回の問題については良かったといえるものではないと思う。大切なのは行政が小田原城を今後どのような形で保存していくのかそれこそ市民と協働で1日も早い計画の策定に着手すべきである。
本日は新メンバーでは実質的に始めての会合になる議会運営委員会が開催される。朝8時30分ごろには市役所につき、議長・副議長との事前の委員会打ち合わせに備える。議会運営委員会は議会運営に関する議長の諮問機関であるとわたしは思っているのでこの事前の打ち合わせの中で議長の考え方を確認していかなくてはいけない。
9時から打ち合わせがおこなわれ、9時40分に終了。10時から議運が開かれた。6月定例議会の議案の取り扱い日程等々順番に順調に議事が進んでいく。全国市議会議長会から来た意見書の取り扱いについてもそれぞれ各会派に持ち帰り検討してくることになった。
最後にわたしのほうから委員会での議員の服装の自由化を提案した。4月から職員も服装を自由化しており、国会でもこの衣替えにあわせて「クールビズ」ということでいささか似合わないなという感はぬぐえないが国会議員官僚がノーネクタイを始めている。2月に京都議定書が発行されたことも踏まえて
われわれでできることはして行こうという趣旨で検討をお願いした。もちろん従来の格好でいきたい人はそれはそれで自由にしようという趣旨である。
なんか時流を追っかけているようでためらいのある部分があるが、こうした小さなことを変更するのも大変な今の議会の雰囲気を変えていきたいとの思いである。各委員さんは概ね理解を示したいただいたようであるが今後の成り行きを見守っていきたい。
こういう委員会を委員長として進行していくのに、次第書といわれるいわゆるシナリオが用意されている委員会が多い。次はこういうシナリオなしで各委員会の委員長が個性的に委員会の進行をしてもらうことを目標にして行こうという事で、午後から何人かの委員長さんに趣旨を話して試行的にやってもらうことを賛同していただいた。
自分自身が副議長のときに考えていたのだが、遠慮もありできなかったことを今回の役職では個々に提示できるところもあるので有効に使っていきたいと思う。もちろん協力をいただく議員さんたちの力が必要なのはいうまでもない1歩づつ進んでいきたい。
役所からそのまま東京に出向く、いったい何回目の東京行きになるか今回はこの土曜日曜に開催される時局講演会に友人を誘う目的である。なかなかみな忙しいらしく会えないことが多い。2人の友人に会い11過ぎに帰宅をした。
午前中は家で仕事をしていたのだが、明日の議会運営委員会において提案をしようとしていることに若干不安があり、午後からは役所に行って様々な調査をした。
本日は午後から二つの常任委員会が陳情の受理や委員会の打ち合わせをおこなっているようで人に行き来が頻繁であった。
新しい委員会が形成されたばかりなので、引継ぎの関係で若干うまく行かないところもあるようで意見が伯仲しているところもあった。言葉というのはなかなか難しいと聞いていて感じたのは、少し離れて聞いているとお互いに何を言いたいのか良くわかるのだが当事者同士だと、うまく真意が伝わらないところが出てくるようだ。これはお互いに慣れていくしかないのだが、そういう意味において初めはこのような部分が出てくることもいたし方がないところである。
終いには私も呼ばれて意見を求められたのだが、その意見を求められた部分も前任の議運のメンバーの決めたことが問題しているようで私自身は十分に理解ができていない内容であった。一般論で答えるしかないのだが、こういうぶつかり合いは今後大歓迎で様々に考え方捕らえ方が違って良いと思っている。だからこそ面白いのである。
夕方から真鶴に会合出席のために出かける。久しぶりに会う人ばかりで懐かしく、話に花が咲いて帰宅は深夜と相成った。