目黒区議会の政務調査費の話が段々大きく報道をされるようになって来た。最初の報道ではわが公明党の区議の政務調査費の使い方の問題が大きく報道をされた。今後の動向はどうなるのかはともかくとして、その結果として本日目黒区議会に公明党区議全員が辞表を提出した。24日に公認取り消しになったのだが、当たり前のことと入っても大変に厳しい結果となった。
辞めて済むというものでもないのだろうが、大切なのは全国的にこの政務調査費の問題についてどのように考えていくかであると思う。今回の目黒区議会の場合は領収書のコピーの添付を義務付けていたのだが、これすらもやっていない議会が多いことは有権者の皆さんはどのように考えているのだろうか?神奈川県議会もそうである。横浜市も川崎市もそうであるここに問題点がひとつあるのだが、領収書の添付がない分非常に分かりにくいという現実がある。こういうものの透明性を確保していかなくてはいけない。
次に使用の限定について明確にすることとチェックをどのようにしていくかという事が大切だとおもう。自分たちで自分たちなりにお手盛りでやってしまうところほど問題が出てくる。基準をきちんとルール化していつでも訂正できるしチェックも出来る体制を作っていくことが大切だとおもう。
議員の調査や研修のための活動には胸を張って使用できるのだから、使途を明確にすることとどこまでは良いという基準が出来ていない議会の甘さを感じてしまうのは私だけでありましょうか。他山の石とせずに正せるべきところは正していかなくてはという感想を持ちました。
いよいよ本年最後の12月議会が本日より始まる。今回は質問をする予定をしていないので、ほかの事に専念をするつもりである。
10時から開会されて、市長から各議案の提案理由の説明を受けて散会となった。その後代表者会が開催されていたが、その間に常任委員会の報告事項の打合せを始めていた。今回の私たち福祉文教常任委員会には付託議案が多く、陳情も3件、報告事項も5件と完全に5時を回るパターンになりそうなので、なるべく質疑が少ないように配慮して資料の追加や訂正を依頼する。ここでいくら想定しても想定外の事が起きれば仕方がないのだが、皆さん熱心なのである程度の想定は必要になってくるのである。
一旦自宅に帰ってから夕方スポーツ議員の会「正式な名称は違う」の納会に参加今年1年の活動や今現在の様々な議会の問題点について懇談をおこなった。7時30分に中締めとなったので自宅に向かって帰り、その後市民相談2件の方が自宅にお見えになったので話を伺った。
夕方に開催される「松あきら政経懇話会」の準備で忙しい時間を朝から過ごしている。本来は議会において3時30分から2つの問題について行政側から説明会が開催されるのでそちらに行かなくてはいけないのだが、準備に専念をさせてもらい、代表1名に参加をしてもらうことにした。
午後3時過ぎに市民会館に行き、自分たちの準備できる作業をし始める。まずは机の配置を換えてテーブルをくみ上げていく。普段おこなわない肉体労働で汗まみれにすぐになってきた。4時30分まで掛かって机の配置や準備作業がおこなわれ、1段落をしたところで役員会を行い具体的な打ち合わせに入った。会場が市民会館の6階であったためにいかにも使用しづらい司会から全体が見渡せないという事もあっていくつかのポジションについて役員会で打ち合わせを行った。
6時30分に開始をされたのだが、何とかカンとか無事に8時前の中締めまで進んでいった。その後来賓を送り出した後に片づけが又大変であった。9時30分前には終了をしたのでホットしたとりあえず大きなものが無事に終わった。役員、関係者の皆さんお疲れ様でした。
本日は自民党の離党議員の復党問題で持ちきりである。以前もこのブログで書かせてもらったのだが、いかにも自民党らしい動きだという感想が一番である。国民も支持率も結局関係ない自分のことが最優先という「自分党」らしい形の終結の仕方である。
今回のこの行動がどのような形で現れてくるのか国民の判断は来年の7月に行われる参議院選挙によって現れてくるのだと思われる。沖縄の知事選に自民党が勝ったことが全てなのかもしれない。民主党はとうとう全て大切な場所で敗れた。政策で間違いなく一致できない共産党と共闘を組んでまで挑んだ選挙に敗れたことが自民党のこうした行動を助けているような気もしてくる。
夕方知人の葬儀に家族で出かける。エレベーターを降りたところで友人にばったり会って驚いた。友人の奥さんが亡くなった人の娘さんであるというのを聞いて2度驚いた。私たち家族も家族でお世話になっているので世間は意外に狭いなという事を痛感した。
自宅に戻ってから今後の活動の仕方について打ち合わせを行う。いよいよ忙しくなってきそうな気がしている。

いや〜!寒い寒い。朝からどんよりした天気で今にも降りだしそうである。8時30分から上府中公園の多目的広場でペタンクの大会が開催された。
議長と私、この競技をやっている議員さんの3人で開会式に参加をした。晩秋というか冬の気候の中で大会をこんなに朝早くからやっていくのだから、スポーツ大会の関係者は大変だとつくづく思う。
最近でこそこれほどの朝でもらくらく起きれるようになったが、以前は朝の早い大会に参加をするのは大変であった。
開会式が終了すると開放されたので上府中公園の中を少し散策をした。中々風情のある場所が多いことに気がつき、こういう場所をもっと自分自身が発見をしていかなくてはいけないと思った。
午後からは市民相談4件。最近相談が段々多くなってきた。
朝からせっせと12月党員会のお知らせを配って歩く。入場券と一緒に配るのだが、中々時間が掛かる。途中自宅に戻り、横浜から来た義理の姉夫婦と話をする。
本日は下中たまねぎのオーナーさんがたまねぎの苗を定植する日である。今回は選挙もあり、十分に面倒を見れないので横浜の義姉夫婦に全てをお願いしたのである。
いい天候であったので結構人が出て作業をしたようである。話をしている途中で作業にもどらなくてはいけないこともあって自分だけ配る作業に戻った。
天気がいいのが幸いして結構はかどったので夕方には配り終わった。この間から続いている相談者から電話が入り話を聞くために移動をする。いつもの事ながら結論を出せないもどかしさに困惑をしながらも話を聴くことが大切だと心に言い聞かせて話を聞いていた。
11時過ぎに商工会議所に到着、本日は小田原市議会の正副議長を始め、各常任委員会の正副委員長と商工会議所の会頭、副会頭、各部会長さんとの懇談会である。
この懇談会も今回で3回目という事らしい。私としてははじめての参加である。私の次の副議長のときに始まったのだが、結構意見交換といっても激しくなったりして中々面白いものだ。次回からはテーマをきちんと決めて話をしようという事で午後1時過ぎにお開きになった。
その後に南足柄に移動をして会社を訪問1時間懇談。その後松田町に移動して会社を訪問2時間懇談をした。役所に3時過ぎに戻るといったのだが、5時近くになってしまった。
其処で会派のメンバーが全員いたので打合せや仕事を分担してやっているうちに6時を過ぎてしまった。なんだかんだで過ぎてしまう1日である。
本日は朝から静岡市に行き、自分の選挙が忙しくなったときには会えない友人にあってきた。夕方からは会合に出席をして1日が終わった。
ところでニュースでは自民党の郵政民営化の反対で離党をさせられた議員の復党問題が大いに議論をされている。
ことの是非を論じることは余計なお世話だと思うのだが、国民の一人として思うことを書いておきたいと思っている。マズ昨年の衆議院解散の引き金になったのは参議院で郵政関連法案が否決されたという事である。その直接の原因を作った参議院自民党の皆さんは現在も自民党にいる。
対立候補を刺客とまで言われて、衆議院選挙を戦った結果、自民公明で定数の3分の2を占めるまでに大勝をした。これは争点が分かりやすかったことが一番の原因だと思っている。その後郵政関連法案は可決されている。
こうした経緯の中で、今の状況で参議院選挙を勝つためにという理由だけでの復党劇はいかがなものかと思ってしまう。もともとの自民党という政党を考えるといかにも自民党らしいと思うし、昨年の衆議院選挙の経緯を考えるとおかしな話だと思ってしまう。
いずれにしても国民が理解できる結論をきちんと出して欲しいものである。
本日午前10時から議会運営委員会が開催。12月定例議会の取り扱いについて協議をおこなった。短時間で終了したのだが、条例議案で出ると考えていたものが事件議案になっていたのでその確認をしていたら誰もいなくなってしまった。
下に下りて、福祉文教の委員さんとしばし懇談をおこなう。この間陳情の審査をした内容が今回議案として提出されたのでその情報交換をおこなった。
その後お昼のチャンネルを見ると、目黒区議会の政務調査費の使われ方がおかしいという報道をしていた。確かに内容を聞くとおかしな使用のされ方をしている。神奈川県議会や横浜市議会はこの政務調査費について領収書の添付は義務付けておらず、何に使用したか記入すればいいことになっている。今回の目黒区のケースは領収書の添付は義務付けられており、その内容がおかしいという事でオンブスマンの話が出ている。
いずれにしてもこれからは政務調査費についてもルールを見直す必要のあるところや、根本的な共通の理解をしなおす必要のあるところが多くなってくると思う。小田原市議会は時間をかけてきちんとルールを作ったおかげで問題になっているようなルーズな使い方は許していない。いずれにしても今後の課題である。
15時から、28日の会合の役員会をおこなう。様々に確認しなくてはいけないことが出てきた。ため息をつきたくなるような日々である。
朝からあちこちの会社を訪問しながら、様々なお話を伺って歩いたり、明確な課題に対しての私自身の対応の答えをもともめられたりしながら歩いていた。
途中電話があり、信頼していた友人から訴えられたという話が飛び込んできた。詳しい話はここでは出来ないが、長年親しくしてきた人から訴えられるという話は穏やかではない。すぐにその人のいるところにいって、話を聞いた。話を聞いたところで解決する力なんてものは最初から持ち合わせていないのだが、その人の話をきちんと聞くことでその人の頭の交通整理が出来れば良いという思いからである。
3時間ほど話を聞いたのだが、どうも話してくれない部分で原因があるような気がしていた。しかし、いずれにしても自分がおかしなことをしていないという確信があるのであれば堂々とすべきであるという話をして帰って来た。
本来他にやるべき事があったのだがこういう相談は突発的に起きるのが当たり前なので、最優先で対応するしかないのである。最近どうもいいわけじみた言葉ガ多くなっているなと自省の日々である。
本日は市政研究会で市内にあるライオンの工場見学に出かける日である。9時30分に出発という事で、所管と打ち合わせたいものがあり、8時20分には役所に到着して、9時過ぎまで打合せをしていて、戻ったと思ったら出発の時間になっていた。
昨日終了した二宮町議会選挙の話題がバスの中では出ていたのだが、公明党の女性の新人候補は最高得票という当選をしていた。史上最高得票を獲得しての勝利に私たちも驚きの連続である。支援いただいた方たちに心から感謝をすると共にその期待を胸に今後頑張って欲しいと念ずるものである。
午前中で工場見学が終わり、役所にて昼食、その後打ち合わせを会派で行う。昨日の夕方参議院議員の選挙用後援会の看板をはがしに行ったら、自分のも壊れてしまった。これで台風で飛んでしまった看板と合わせて2枚亡くなってしまった。
選管に行き、自分の看板を改めてつけるのにどうしたら良いか聞いた。12年間使わせてもらったのでかなり痛んでいることも事実なので、ここで思い切り取り替えることにした。知人に看板屋さんの紹介をお願いした。
夕方会合に出席、各選挙の御礼をしながら、自分自身の選挙に対しての決意と豊富を語らせてもらった。日々様々なことに追われているのだが、それは言訳にはならない、これから足しげく通っていない分厳しい日々が始まろうとしている。
頑張らなくては、
朝から東京に移動をした。品川駅近くの会場で興味のあるイベントが開催されていて其処で少々勉強をしようという事で、仲間と出かけてきたのである。
昨日のことがあって足はかなり張っているものの歩けるのでほっとした。ギクシャクしながらそのうちなれてくると思いながら、イス席での会議に参加をし始めた。
午後からは東京女子マラソンがこの近くを通るというので見学に行った。こういうときに写真を忘れてくるので信用されないんだなんて話をしながら、休憩時間だけ見ていた。土佐礼子が一番先に通過したところで時間となったのだが、高橋尚子は後で聞いた話ではその前に遅れていたようだ。
年齢と準備期間という問題がベテランのアスリートにはついて廻るのだろうが大変だなあという感想である。
シンポジウムの内容は話せないがその後にシンポジウムは中々勉強になり、大満足で自宅に帰って来た。

朝6時に起床して7時35分発の電車に乗り湯河原に、駅に到着スタート会場の湯河原中学まで徒歩にて移動。結構多くの人がいることに驚いたのだが、ツーデーマーチに20Kでちゃんと参加するのは初めてなので朝から嫌な予感がしていた。
一緒に歩く友人たちには元々自信がなかったので歩けるところまでという事で自分としては10K歩いたところで真鶴駅に到着するので其処をひとつの目標にしていた。
長い挨拶が終わりスタートが切られた。皆さんが出るのを待って一番最後からスタートをした。こういうのは初めての経験である。いつも、競争のように気がはやってオーバーペースで先頭近いところを歩き始めることばかりであったのでこういうゆっくりしたスタートは初体験である。
幕山公園を目指しずっとのぼりが続いていくのだが、はじめなのでゆっくり歩いていて余裕があった。くだりに入り川堀の辺りで一旦真鶴中学に向けて上りに入るここが結構きつく感じ、疲れが出てきた。真鶴中学に到着が11時30分9時にスタートした事を考えればゆっくり歩いてきた。「ここでやめよう」と思ったら皆は未だ先に行くという、真鶴の町長が元サボテン公園のところが景色が良くて芝の公園になっているからそこで昼食にしたらというのでしぶしぶ歩き出した。

途中でとった写真が上の写真で、真鶴港まで歩くとかなり厳しいなと思い、駅から1.7キロきたところでしたの貴船神社に移動して食事にしようという事でショートカットをして神社に向って坂を降りていった。その坂が最後のダメ押しになった。靴の中で足がすべり前に足がぶつかってつま先が内出血状態になってきたのである。補強はしてきたのだが、止めろという事なのだろうと勝手に解釈して、神社で昼食をとった後にリタイヤ宣言をした。真鶴駅、湯河原駅、バスで温泉という移動コースをたどって、ゴールをせずに温泉に浸かり、足を徹底的にマッサージをした。これをしておくと翌日歩けないという事にはならないので丁寧にマッサージをして暖まって帰って来た。
中々楽しい1日となりました。
朝から自治会長と打合せをしながら昨日の続きの話をつめていく。チラシの印刷は自治会と警察で半々の費用でおこなうという事らしい。市長の許可もいただき、市の広報車も回してもらって情報提供をお願いしてもらうことにした。
夕方まで様々に話をしながら考えられることはしたのだが、後は市民からの情報が来るのを待つだけである。12日の3時に行方不明になってから5日が過ぎている。直後の目撃情報以来全く情報がないというのが不思議である。
何年か前には新屋のご婦人が行方不明になり浜町で見つかったという事もあった。小八幡のご婦人が箱根の宮下を歩いているところを保護されたという事もあった。いく方向や場所によっては人目につかずにどこまでいけるのか私には見当もつかない。
夕方まで情報提供がなく、自宅に帰って来た。
朝から二宮町町議会選挙のわが党の候補の事務所に顔を出した。私たちの事務所と違い大きな事務所であることにマズ驚いた。そこで必要な打合せをした後に友人のお宅を何件か訪問したが日中という事もあって一人も会えなかった。
二宮町に隣接するこの地域は小田原といっても中々訪れることが少ないので来たついでにと思ったのだがうまくいかないものである。
役所に戻り預かってきたものを後輩議員に渡し他の仕事をし始めた。夕方になり自宅に戻ったところで党員さんから電話があり、地域の人が行方不明になったままであるという話が飛び込んできた。12日の午後3時過ぎから行方が知れない人は75歳の女性という事で、防災無線を使って安否確認の放送も2回ほどしたのだが情報がないという事である。もう一度出来ないかという内容であったので所管に電話をして相談をした。
夜までやり取りをする中で、放送もそうだが、回覧板で情報提供を呼びかける。ケーブルテレビで放送をしてもらう。等々の案が浮かんできたので家族の同意を得て準備に取り掛かり明日手を打つことになった。もう少し早く電話をいただければという思いは強くしたのだが、できるだけのことは考えてやるしかない。
家族にしてみれば大変なことである。
午前中はゆっくり過ごしていたのだが、午後から会合に参加をさせて頂きながら、最後に挨拶をさせてもらった。久しぶりに来たこともあり、若干緊張をしながら話をしたのだが、ありがたいことに温かく受け入れてくれたようである。これからこういう会合が多くなってくるのだがその都度極度に緊張をする。
元々上がり症だというと誰も信じないのだが、就職後技術畑に進んだという事はそれほど人間関係を作っていくのは上手ではないという事だと自分では思っている。ましてや短時間の中で自分の思いや考えを伝えていくというのは中々難しいという事を年々感じることが多くなってきた。
温かく迎えて頂いた分これからこの人たちのためにもっともっと頑張らなくてはいけないのだという事を強く思いながら終了後の懇談をしていた。
そのあと役所において後輩議員と打合せをおこなう。明日は二宮町議選に顔を出した後に合流をしてやるべき作業の打合せのためである。
夕方からはもうひとつ別の会合に参加。ここも本当にご無沙汰をしている地域の会合である。自分的に最初はぎこちなく過ごしていたのだが、最後のほうにはなれてきた。生活第1優先の課題が多いなという感を持ちながら、最後に挨拶をさせて頂いた。距離感を埋める作業が大切だという事を改めて実感した。4年間何もない人とは交流が薄くなるのだが、その人たちのほうが我慢していたり、頑張っていたりしていることが多かったりするのである。そういう気持ちを大切にしなくてはと思っていた。
毎日があっという間に過ぎていく。
朝からどうしてもやらなくてはいけないことがあり、役所に向う。選挙近くなると様々なアンケートの調査が送られてくる。午前中かけてローカルマニュフェストの考え方についてのアンケートに答えを検討していた。
地方議員に果たしてマニュフェストという考えが適当であるのかどうか自分自身が疑問に思うことが多々あることも事実である。実現力についてはかなり怪しい部分が多くなってしまうと考えるからである。議会改革等には責任をもてるにしても後は努力目標的になってしまう感は否めないのではないかと思う。
4年間を見通して、行政の進む方向性やどのような提案が実現するかという事を先見性を持って公約としてマニュフェストに謳うにしてもその実現は一体どのくらいになるのだろうか?地方議員のマニュフェストに関してどのくらいの達成度で有権者がきちんと頑張ったと評価をしてもらえるのかこのあたりが明確になってこないことにはローカルマニュフェストの定着は中々難しいのではないかと考える。
そうでなくても変化の激しい時代に4年間を見通しての政策実現の約束をするというのは難しいものがあるのではないだろうか?そのあたりをまとめて文章にして送った。
午後からは議員同士の情報交換を夕方までおこなった。様々な課題について考え方をぶつけ合わせたのだが、その意見交換にしても午後一杯の時間が費やされてしまう。時間がいくらあっても足りないくらいに問題が山積しているのだと思っているのだが、情報を公開できるものばかりではないだけに立ち止まって何をしているのかといういう事になってしまうようだ。
6時近くに自宅に帰り市民相談の対応2件。気がつくと本日も8時過ぎになっていた。其処から明日いこうに党員さんに配布するものを整理し始めて9時過ぎまで作業は続いていく。
別に役所がそれほど好きなわけではないのだが、午前中に2件廻って用を済ませた後に役所に行き、政経懇話会の出席者名簿のチェックや、タウンニュースの議会定数のアンケート調査に記入をしているうちに午後1時になった。議会定数に関してこのブログでも何回も言っている事を文章に書かせてもらった。
1時からは会派で会議をおこなった。打合せすべきことや調整すべきことが山ほどあり、又、意見交換が必要なものも数多くあって、それをおこなって夢中になっているうちに夕方になった。5時過ぎに本日2回目になるのだが、役所の食堂に行き、カツどんを久しぶりに食べる。本日の夕食である。
午後7時から地域医療審議会が市役所全員協議会室において開会される予定なので、それまでの間、あちこちの人と他の話しで懇談をしていた。
地域医療審議会が開かれ、8時45分まで、市立病院の3次救命救急センターの設置について様々に意見交換をした。市長から諮問された事項の審議であるのだが、中々答えがまとまらない雰囲気になってきた。いつ果てるとも分からないような意見に少々私としても参ってきた。基本的には市立病院運営審議会での議論と同じ内容になっており、どこでまとめるかという事なのだが、医師会関係の方たちの意見は総じて難しいのではないかという意見に集約されている気がしている。
自宅に帰ったのは夜9時30分になっていたが、どうもこういうゴールの見えにくい審議会は苦手である。どこまで議論をするとゴールにたどり着いてくるのか自分の中にも疑問符がともり始めている。
朝いきたいところもあったのだが、十分に党員さんのところを訪問できていない現実があるので、朝から訪問をすることにした。日曜日の午前中というのは実は人にあうには最適の時間で、かなりの人数会えることが出来るようである。
昨日雨で動けなかった分もあり、自転車に乗りあちこちと移動をしながら訪問して歩いた。夕方までそういう感じで動かせてもらったのだが、本来こういう動きが一番体にはいいのである。自転車に乗っての移動で自然に歩くことも含めてかなりの運動になる。急いで移動をしていると疲れてしまうのだが、時間をかけて話をしながらゆっくり動いていくというのは目的がはっきりしていて良いものである。
夕方までやって体が張ってきたところで終了した。会えない人には中々あうことすら難しいのだが、本日はいつも会えない人の中で何人か会うことが出来て自分としては旨く行った1日であったと思っている。
夜には会合に出席をした。新しい出発の会合に参加し、自分自身も決意を新たにして頑張っていこうと心の其処に思いを秘めて帰宅した。自分なりには充実した1日になりました。
最近脳のトレーニングなるゲームがはやっているのだが、我が家にもついにそのゲームがやってきた。朝からすごい勢いで雨が降っていて風邪気味の状態から抜け出せずにいるので自宅にいて仕事をしだしたのだが、その途中で息子がこのゲームを持ってきた。
やってみると中々面白い。始めの診断で脳年齢は35歳という結果になった。それが良いのか悪いのかよくわからないが、実際の年齢よりも若くなったという事はまあまあという事であろう。単純な計算をすることや暗記、いろを声で答えたりすることによりその反応の速度によって決定するものらしい。私の母親はこういうものが大好きで私の後に順番を待っているようなので1回やって母に渡した。其処から仕事に戻ったのだが、このことが脳にどのようなトレーニングになるのかと考えながら仕事をしていた。
御託をいくら並べても年齢から来る反応速度の遅さは隠せないという事は事実として認めざるを得ないという感じであった。
午後からは市民相談3件相談者のお宅を訪問して話を伺った。ん〜!この相談のほうが脳の刺激になりそうなぐらい理不尽な相談があった。こういう相談に対して「出来ません」といってしまうのが私の悪いところだ。それは分かっているのだが、やはり今日の相談にも正直に答を出してしまったようである。その場しのぎで言い逃れても答えは一緒なのだが、やはり持ち帰るべきなのでしょうかこういう事が後から私の批判となって戻ってくるのはよくわかっているのですが正しくないことは出来ないのです。
役所にいって、後輩議員にも来て貰い仕事を手分けして整理をした。いくつも同時にしなくてはいけないことがいつもの事ながら数多くある。4人で仕事をしなくていけない量が多すぎるのではないかといつも考えるのだがそんなことを行っていても数は減らないのだから順番に片付けていくしかないのである。
最近議会に来ると話題になるのが来春の統一地方選挙の話である。もちろん自分自身も格好つけるつもりは無く、十分に気になっているのだが、今度の選挙で4回目という事になり、選挙に対しての考え方も大分変わってきている自分がいるのである。
誰が出るとか誰がどういう動きをしているとかいった情報をいただくのだが、私としてはその前に自分のすべき事をキチンとやらなくてはいけないという思いがある。選挙状況よりも自分の支持者にきちんと報告のできる状況を築くこと、又支持者の人たちと懇談できる状況を作っていくこと等々自分自身が順番にやるべき事をやっていく。その過程の中には他の方たちの動きは情報として意識はしてもそれ以上でも以下でもないのである。自分が成すべき事をきちんとやっていく。その状況を作ることが実は一番難しいのである。
選挙は好きだといえる人がうらやましいが私も苦手のほうである。しかし、自分のやりたいこと、目指していくことこれはきちんと訴えて行きたいと考えている。そのためには今の準備期間にきちんとやる事をやらないと出来ないという思いが強くあるのである。
時間とのおっかけっこのような日々になっているが着実にやっていこう。
本日は10時から委員会の開催である。いつもせっかちな私なので9時には役所に着くように自宅を出るのだが、朝起きられず、寝汗をびっしょりかいて相当調子の悪い朝を迎えていて、「困った」という状況に9時の段階では自宅でいた。
動かない体を車に乗せて役所に向かいながら車の中で自分に気合を入れていく。役所に着く頃には何とか体というよりも気合が入った状態になってきた。10分前の到着であったが、そのまま仕度をして委員会室に入った。
委員会が始まり、福祉健康部関係の報告事項をウケ同じ内容の陳情審査に移った。この内容は12月議会で条例を審議することになるのでどうかなと思っていたらやはり審査の結果として採択3、不採択3という形で委員の意見は半分に分かれた。休憩を取り意見調整をしたが、自分の頭が旨く動かない。委員の意見はこの場で決着をつけようという事だったので、休憩を解き、採決。同数のために委員長の私が陳情者の主旨がある場所を指摘しながら今後の条例審査も視野に入れるとこの段階でこの陳情は採択すべきではないという結論を申し上げ、結果不採択になった。
委員会として醍醐味はあるがなんともきつい委員会である。委員長にプレッシャーが強いというのはこれから多くなってくるのだと思う。学校教育部、生涯学習部からそれぞれ1件に報告を受け正午前に委員会は終了した。
一旦自宅に帰り、薬を飲み尊徳記念館で開催された湘南6市の議長会の開催の議員研修会に参加をした。「分権時代の地方議会」というタイトルの中央大学教授の佐々木信夫さんの講演があったがなんとも新鮮味がなく、体調も悪くなる一方であったので、1時間ほど講演を聞いた段階で中座をさせてもらい自宅に帰って来た。
途中で旧友にすれ違い車を止めて立ち話をした。たまに昔の仲間で集まろうという話であったが、この人は大井町在住で選挙に関係ないものの私自身は選挙だと話をしたら、「1日ぐらい良いじゃないか」といわれてしまった。なんか余計具合が悪くなってきた。
午前中に仕事を抱えながら市役所にいって、その途中で食事をした。午後からは11月28日に開催予定の政経懇話会の参加者の詰めをおこなった。
自分がこういう会の出欠席のはがきを出すことを良く忘れてしまうのだが実際にやる側の立場になると出席のハガキ、欠席のハガキが配ったはがきの数の半分も期日までに返ってきていないという現状がある。
最も期日ぎりぎりまで配っていた議員が大半のようなので遅れは仕方がない部分もあるのだが、こうしたことをきちんと理解をしてもらわなくては次もまた、同じことを繰り返すので、順番に来てもらって渡した招待状に対して出欠席のハガキを提示し、答えのないものについてきちんとつめて欲しいと要請をした。
若干集まる数に不安があるために私自身も何件か電話をして10人程度プラスで集まってもらうようにした。
夕方には何とか開催できる人数まで確認が出来たのでほっとした。そこで役員会を行い打ち合わせをした後にそれぞれで食事をして厚木の会合にいくことになった。本日2回目の役所においての食事である。昼は麺セットを食べたので450円夜はカレーライスにして330円これが本日の食事である。食事をしながら南足柄の選挙に出る新人と話をした。私のHPを褒めてくれるのだが、「選挙にはあまり役に立たない」という事と「普段ブログを書きなれると質問原稿を書くときには楽だよ」という程度の自分なりの評価を伝えた。東京や、横浜のようにHPから投票行動に広がるようなプラス思考にはとてもなれない現状を伝えたのだが分かってもらえたか不安である。
厚木の会合に参加し、自宅に帰宅したのが深夜になっていた。さすがに少々疲れ気味である。肩も相変わらず痛むのでバキバキ鳴らしながら肩の上下運動をすることが癖になってきた。
本日は予約してあった病院に行きながらいつもの薬をもらうための定期健診を受けた。そこでちょっとしたトラブルに遭遇をした。自分には関係ないのだがある患者さんの揉め事を黙ってみていて今の様々な問題点はこういう事にあるのではないかという事に気がついた。
あくまでも私の勝手な考え方であるのだが、最近自分の主張をされる方は数多くいるのだが、その人たちの中でほとんどの人が自分の主張をして終わりなのだ。だから何もまとまらないし、何も進まない。そのことに誰もおかしいと感じない、いや感じていたとしても困った顔をしてしまうだけという事なのではないだろうか、マスコミが連日報道をしている教育関係の問題についても確かに数多くの問題点がある。しかし、其処が教育委員会無用論に連動をしていくという事がよくわからない。教育委員会の実態を良く知ってその上で自分たちのできることは何か、今の問題点は何か、教育委員会ですべきことは何かといったようなそもそも論からきちんと交通整理をする必要があると考えている。其処が一番かけているような気がするのである。
批判をするわけではなくあくまでも個人の意見であるが議会の定数にしてもそうである。減らす増やすと数の話になって数を減らすことが正義のような風潮があるが大切なのはそもそも論である。自治法は定数の枠の規定はあるものの議会の定数については明確な規定がない。数を云々する前に議会無用論が出てくる市民に対して議会として何をすべきなのか、どこを変えていかなくてはいけないのかこの共通認識を持たなくてはいけない。一部の市民から「あなたみたいな議員ばかりなら良いが何もしない議員は減らしたほうが良い」という事をたぶん言われている議員もいると思うのだが、市民の根っこにある議会に対しての不信感を払拭するためにも、私たちがどのような答えを出すかきちんと議論をしないで目先の数をいじってごまかすのは論点のすり替えだと思う。
日本全体でマスコミが騒ぐことの中に全くない角度がこのそもそも論であると私は考えている。ここにきちんと着眼をしないと何をしても問題は解決しないと私は思うのだが違うのだろうか?今こそきちんと腰をすえて様々な問題点に対して日本人全体が考えなくてはいけないときが来ていると私は思っている。

朝6時に起床、7時20分には自宅を出発尊徳記念館で開催される「報徳マラソン大会」に出席をした。年々にぎやかになっている気がするのだが、人によって感じ方が違うらしい。「少ない」という人と「今年は多い」という人とまちまちである。いずれにしてもこの地域単独でおこなっているマラソン大会に600名の人が参加をしているという重みは十分に感じるものがある。
開会式がおこなわれたが、長い挨拶の人が多く、途中でざわつきだした。来賓も紹介だけで挨拶をなしにすれば良いのにと心の中で思うのだが、ダメなのかな?聞く側になってもたぶん聞いていないと思うし、話す側にしてもそういう心があるから話しにくいことこの上ないと思う。こういう儀式をきちんとすることも教育の一環といわれる人の意見は最もなのだが、大人の側がざわついているのだから子供だけのせいではないと思う。
開会式終了後次の会合に移動し、迎い入れだけを40分間させて頂き次の会合に移動をさせてもらった。ここでも何件かのクレームをいただいた。これからはこういう日々なのだと改めて現実を思い知ったところである。
途中で2時間ほど全日本大学駅伝大会を観戦した。最近合併特別委員会で行って来た伊勢市がゴールという事で臨場感もいつもと違いましたような感じで見ていた。昨年から低迷が続いていた駒澤大学が久しぶりに優勝をした。今年1月の箱根駅伝大会では5位という形で5連覇を逃したのだが、今回は3年生と1年生中心のチームをつくってきて優勝を遂げた。しかしこの結果が箱根にそのままつながるかどうかというと疑問が残る。「ブレーキを作らない」というのが駒沢の伝統である。この伝統で今までも数々の強豪に勝ち抜いてきた。しかし、今回の中心メンバーは昨年ブレーキになった3年生と計算できない免が多々ある1年生が中心という事で、箱根に対しては不安のほうが大きいというのが身内に対しての気持ちである。いずれにしても後輩たちに心からおめでとうといいたい気分である。
朝から体調が悪い、特に50肩という事らしいのだが両方の肩が筋が違ったように痛み横になっていることが出来ないで背中も痛み最悪の状況になりつつある。
目から来ている肩こりに原因があるのかどうかとにかく肩はパンパンに張っているし、肩は動かし方によって鋭い痛みが走る状態である。もうこの状態が3ヶ月近く続いているのだが、段々悪くなってきた。
肩にシップを張りながら、自宅を出て相談の電話のあった人の家に訪問をして話を伺った。午前中と午後そのような形で過ごしていたのだが、肩はそのような感じで最悪の状況なのだが、食欲は最高潮というぐらい何を食べてもおいしく感じられる今日この頃で大変に困っている。
甘い物好きの私は今川焼きをレンジでチンをすれば食べれのがありがたく、食事の間に甘いものが食べたくなると解凍をしてラップしてチンをして今川焼きを食べている。最近玄米を食べる日が秋という実りの季節でお米がおいしいこともあって玄米を食べる日が少なくなっていたのだが、明らかにその結果として体に余分な肉が帰ってきている。どうも根本的に自分のくいんしんぼうを何とかしないと根本的な体質改善は図れないようである。
そんなことを頭の片隅で考えながら、夕飯は鍋物で又これはこれで食べ過ぎてしまうのである。反省、反省の1日でありました。
朝から、小学校の同窓会に出席するために私が育った横浜に出かけていった。教師をしている友人と早めにあい意見交換をしながら、小学校の同級生の中で2人亡くなっている事が分かっている人のところにお線香を上げさせてもらいにいくために早めに自宅を出てきたのである。
その後、自分の通っていた小学校に久しぶりに訪問をしたのだが、もう約40年前の記憶と今の小学校は違いすぎるので、思い出らしい思い出は甦ることはなかった。これが月日の長さというものなのかもしれない。
この秋には何十年ぶりという会合に多く出席をさせて頂き、自分の原点を見つめなおすきっかけの秋となっているのだが、こういうときに常にカメラを持ってこないのが私の割るところだと反省をしている。しかし、今回の同窓会も私たちが20歳のときにしたのが最後なので30年ぶりの同窓会である。こういう事に準備をしてくれる本当に世話役の人がいてくれることに感謝である。私のように人間関係にずぼらな人間にはとても出来ないことだと改めて思った。
私が議員をしていていつもいただく意見のそもそもの大きな原因は自分の人間関係の作り方のずぼらさにあるのだという事を反省している時期だけに余計感謝の気持ちが強くなった。
恩師も70歳半ばであるものの元気に参加をされ、同級生35名のうち17名が参加をして会は楽しく進んで解散となった。今問題になっている教育現場の話も数多く出たのだが、話がしたりない人間が5人ほどいてその後2次会3次会と夜の10時近くまで話し込んだ。
自宅に帰ったのは12時を過ぎてしまったが楽しい1日になった。
午前8時30分に市役所到着。市民相談を受けたことを所管に対応をお願いに行く。簡単に出来そうなこと、時間のかかりそうなこと様々にあるのだが、これは出来ないという事も含めて自分自身で判断してはいけないので対応をお願いした。
1件打ち合わせを行った後に、8日に開催される予定の福祉文教常任委員会の打合せをおこなう。本来報告事項をもう1件入れたかったのだが、その日には湘南6市の議長会で午後から尊徳記念館で議員研修会が予定されており、午前中に確実に終了する案件として考えると1件につき平均して30分時間を消費するうちの委員会では陳情1件報告事項3件で2時間の予定を組むことが適切だろうという判断でこのようにした。委員の皆さん、自分の発言は遠慮されて短いとみな思っているのだが、ほぼ全員が案件ごとに発言をすることの積み重ねがこのように時間の掛かる状態を作り出しているのである。悪い傾向とは思わないのでもう少し見ていくしかないと考えている。
午後からは党員さんのところに「ニュース小田原44号」の配布をお願いに訪問して歩く。実は印刷が上がってから気がついたのだが、誤字が2ヶ所見つかった。HPのブログの誤字脱字は皆さんに大目に見て頂いているのだが、紙ベースの記事としてはまずいことである。今回の言い訳として、編集時間の中で1面の編集に時間を掛けすぎて2面は短時間で仕上げてしまったこと、先に1面のカラー刷りを作って、カラーコピーにかけたために作成日時にずれが生じたことなどが考えられるがいずれにしても丁寧にチェックをしていたわけではないので、ひとりでやっていることの限界を感じながらも反省仕切りである。
夕方からは大磯で開催された会合に出席をした。飲食をしながらという事で二宮駅から会場までタクシーで移動をした。様々な情報交換がおこなわれ、自分自身も目を開くような勉強が多く出来たことに参加してよかったという感想を持って帰ってくることが出来た。
本日から11月である。年々あっという間に1年が過ぎていくのだが、今年は特にそんな感じがする1年である。来年の統一選挙の関係で大分私の周りもにぎやかになってきているのだが、いかにせん日々のやることに追われていて、自分自身の動きが出来ずにいたので、早速お叱りをいただいた。
批判が多いのは仕方がないのだが、「ちっとも来ない」とか「何をしているかわからない」とか「頑張っているのは分かるが身近な存在ではない」といったような厳しい意見をたくさん頂戴している。
こういうときにい常々感じることがスタッフが欲しいなという事である。自分自身の行動を情報発信がきちんと出来ていないという事に問題があると思うし、日々の活動の中で人が来てもこなくてもミニ市政報告のような会合を主催し続けていかなくてはいけないと思うし、訪問しながら市民相談の御用聞きにも歩かなくてはいけないのだろうと思う。議会活動と議員活動の違いといえばそれまでのことであるのだが、議会でいくら良い質問をしても足を運んで何ぼの世界である。このギャップに新人の頃から悩み続けて答えが出せないというのは自分自身の未熟の故である。
愚痴を言っていても始まらないので、ひとつずつ丁寧にしていくことしかないという感想である。頑張ろう!