午後から栢山地域の行き、あちこち訪問しながらご意見を伺って歩く。車で目的地まで移動をしたのだが一緒の方が歩こうという事で歩いて移動をすることになった。これが結構後で効いて来る。なんだかんだ2時間ほど歩きながら話しながら訪問して市民相談を受けながら歩いていたのだが、5000歩以上歩いているようだ。
少々の運動は帰って食欲が増してくるものなのかちっとも体重は落ちてこないで逆に太ってきているような気もしてくる。ちょっと考えなくては足に負担が掛かってきては何にもならない。もともと膝に爆弾を抱えているので気をつけてやっていかなくてはいけない。
しかし、昼間はいい天気で汗ばむような陽気である。この時期にこんな天候で本当に良いのかと思いながらも結構この天候の恩恵をありがたがっている自分がいることも事実である。
夕方から知人の通夜に参加をした。亡くなられた方は93歳という事で天寿を全うされたと思われるが心からご冥福を祈った。途中でネクタイを変えてそのまま市民相談を受けにあちこち訪問をさせて頂く。昼も夜も人がいる時間が本当に限られていることをまたまた実感した。
朝10時から議会運営委員会が開会された。本日の議題はこの間から引き続きの検討課題になっている地方自治法の改正に伴って議会規則を変更するかどうかの検討である。
各会派ごとに取り扱う項目ごとの意見を聞かれて公明党は1番先立ったので理由を言いながら答を出した。順番に各会派ごとに聞かれ、おおむね答えが出て少々調整はしたもののほとんどのものは現行の議会規則のままとして必要に応じて検討をしていくという事になった。
委員会で議会に提案できることだけは新しく議会規則に盛り込もうという事になって、その変更の案が提示をされたのでこれは持ち帰って会派ごとに検討をすることになった。
昼食を議会でとりあわてて自宅に帰り自転車に乗り換えて午後から夜にかけて地域の党員さんや支持者のお宅に行き、様々なご意見を伺いながら出張懇談会のようなことをして過ごした。
最近特に感じたわけではないのだがとにかく人がいないという事が大変に気になりだしている。何かあったときの地域のフォロー体制を考えていかないと有事の時には何も出来ないままという状態が現れかねないという事に危機感を感じた。
夜遅くになったので知人の家で不幸があったと聞いたので訪問をしてお悔やみを申し上げた。中々皆さん普段昼間家にいない人が多く葬儀をやるのしても地域の手配や中々大変そうだと感じた。今後の地域社会の構築は課題が数多くあるという事を改めて感じた。
朝7時30分の電車で小田原駅に其処で待ち合わせをした議員さんと県庁に向っていった。9時15分過ぎに県庁に到着したので、10時という時間には未だ間があったのでまずは県の選管に自分の後援会の収支報告を提出してチェックを受けた。
時間が早かったので新館の屋上で時間をつぶした後に市町村課長を訪問した。懇談した後に、部長、小高副知事と面談をして近隣2市8町の議員有志で合併問題を検討する議員連盟の設立総会のお知らせをお渡しして趣旨について懇談をさせて頂いた。
その間に知事が時間を空けていただいたようで知事に面談することが出来てこの会の設立に向けて現在までどのような経過をたどってきたのかを簡単に説明をした。設立総会には知事も参加を是非したいとのことで私たちが朝早くに来た甲斐があったと思わせる成果となった。
小田原に戻って車に乗り換え、議会で議員同士で1時間打合せをした後に2月11日に設立総会をおこなう会場になる、開成町の福祉会館に行き当日の設定などの打ち合わせを行った。近隣の市町村では未だかなりの温度差が合併問題にはあるがいつまでもふたをしていたのでは議論が深まらない、どこかで議論をスタートさせていかなくてはいけない。そういう意味において議員が設立する有志の会が実りあるものになるかどうか今後の展開が非常に大切だという事を痛感した。
自宅に帰り市民相談を受けた。難しい内容である。簡単に答えを出せないことが最近多いなと感じた。少々疲れている。
朝6時に起床。日曜日だというのに6時50分には穴部駅の集合場所に集まり、交通安全富水支部のバス旅行が始まった。毎年1月の第4週におこなわれるのだが様々な予定と重なってしまうために久しぶりに参加をさせてもらった。
花粉症だと思っていたのだがどうやら風邪のようで体がだるい。バスの中では早朝にもかかわらずに宴会が始まっている。すごいなあと思いながら自分はとても朝からアルコールなんて入らないのでお茶をいただきながらバスに揺られ一路山梨県に向っていった。
数日前に雪が降ったようで現地はどこも雪景色でたまらない寒さに震えていた。途中でよった信玄館やサントリーウィスキーの工場見学を経て帰って来たのだが、皆さん間にはカラオケが飛び出すなど結構うまく時間を使いながら楽しい1日の旅行になった。久しぶりにネクタイをしなかった時間が長くあったので開放感で少しストレスが抜けたような気になっている。
自宅に帰ったのが夜7時30分仕度をして次の会合に出席。帰宅したのは12時近くなっていました。
自転車のおかげで腰痛がちっとも良くならない。しかし自転車というのは便利なものであちこち行きながらでもいつでも降りて話が出来るという利便さについつい使用をしている。基本的に体重を落とさない限りこの苦痛は続いていくのかもしれない。
寒さは大暖冬だというのだけれども昼と夜の温度差に結構体がついていけないで困っている。ホッカロンガ心の友になっている今日この頃である。
夜に伺ったお宅で大激論大会になった。結局は私自身が政党人であるので、国政に対しての批判がどうしても多く、その答えをしながら様々な話をすることが多い。1時間近く上がりこんで話をした結果その家のご主人は何とか納得をして頂いたようである。私にしても全て分かるわけではないので自分の勉強をした範囲でのお答えしか出来ないことを申し訳なく思うことがしばしばある。出来る範囲でのお答えの中で相手の方が理解をしてくれているというのが本当のところのようだ。大変に申し訳のないことである。
寒いし、花粉症高かぜだか分からない感じで調子の悪い日々の中でストレスは確実に溜まっているようだ。何となく数年前にやめたタバコがすいたくなるのはこういうときである。気をつけなくてはいけないと自省をする。
朝から鼻水が止まらない。のども痛む。風邪か花粉症だと思うのだが、外に出る時間を考えると花粉症なのだと思う。腰は少し楽になってきたと思ったら今度は花粉症か、とにかく鼻が詰まったりとおったり厄介なことこの上ない感じである。
午前中は車であちこち移動をしていたが午後は歩きと自転車で移動をしたので症状が悪化をしてきている。昨晩から1日寝る前に1回飲む薬を飲んでいるのだが効き目を感じる間がないほど急速に悪化をしてきているようである。うがいをマメにしているのだがのどが痛い。
国会では安倍総理が初めての施政方針演説をおこなったがあまり評判が芳しくない。特に今回一連の政治と金の問題に対して姿勢を明確にしなかったことは大変に残念である。教育改革にしても本当にゆとり教育だけの問題でこのようになってきたのだろうか?もう少し多面的な角度で見ることが必要だと思う。
夕方ある所管から電話があった。現在県で処分を検討している教員の不祥事の件が明日の新聞に載りそうだという事だ。父兄からの投書という形であるそうだが、現場の市町村の教育委員会から県の教育委員会に送って処分が決定するまでの期間が当該の人たちにしてみると時間がかかりすぎ納得いかないという事なのか、ことの問題点はともかくとして其処だけをことさらに大騒ぎをすることよりも根本的な問題解決は新聞で騒ぐことでは図れないと思うのだが私の考え方は違うのだろうか?いずれにしても明日の記事を見てから考えたい。
昨日に引き続き腰痛が酷い。気をつけないとぎっくりをしそうな感じである。ありがたいことに歩く分には影響が内容で何とか歩けるのでありがたい。
8時30分過ぎに小田原駅で息子を降ろして役所に向う。息子も最後の試験が始まっている。無事に通過できるかどうかで卒業が決まる。いくら残り単位がわずかだといってもしっかりがんばって欲しいものである。
9時少し前に役所につき打ち合わせをおこなう。本日は近隣2市8町の代表がきて合併問題について検討する議員有志の会を立ち上げようという準備の会合である。今後どのように展開するかは未知数の部分が多いのであるがとりあえず行政側と議会と二つ合併検討の枠組みが出来るというのは一歩前進であろう。
中身については今後の話し合いの中で決めていくことでとりあえずスタートを切ろうというものである。有志の会という事で非公式であるがために自由な議論も出来るし、交流も深めていくことが出来る。出来るにしても出来ないにしても住民にきちんと説明のできるような検討をきちんとしていきたいと思っている。
午後からは会社を訪問し懇談をした。途中で医者に行き腰を見てもらったのだが、長い時間立っている事は避けたほうがいいという事で本日の県会議員さんの賀詞交換会に欠席をすることにして連絡を取った。
自宅に帰り相談を受けているうちに本日も終了である。
朝から腰痛ベルトで腰を固めながら、本日は自動車で動いている。ある地方紙の新聞社の経歴調査と・主張が締め切りが今月一杯という事もあって考えながら動いているのだが、800字以内でどのような出張が出来るのかついつい面倒くさくなってくる。
選挙の時期だけに皆さんリーフレットを含めて様々にこういうものを作られていると思うのだが今回私は何も今のところ作成をしていない。今後は作成をするようになると思うのだが、実績という形で問われても分かりやすいものはと市民が求めるのはどぶ板実績が多い。そのほうが目に見えるだけに分かりいいのだと思うし、市議会議員に市民が求めているのはそういう事が多いというのも事実である。
公約という形にしても多きものから小さなものまで市議会議員というものは結構幅の広い職分があると思っている。そこのどこを抽出して800字以内の収めていけば良いのかそれを考えると大変である。
小さなことにしても大きなことにしても市民が納得するものをそれでは市民が納得するものって何だ?行財政改革を進めるって、その結果で何をしていこうとするのか等々広域の行政問題にしても書きたいことは山ほどある。どうしようかと悩みどころである。
夜ある場所で言われた。「市会議員に政策など求めていない用は俺たちの目に見えるところにいつもいることが大切だそれ以上でも以下でもない」という話である。これもまた市民の真実の声である。自分で納得は出来ないがこういう声が多いのもまた事実なのである。
午前中栢山まで自転車で移動して帰って来たのだが自宅に帰ってきて食事をしているときに旧に腰が痛み出してきてじっとしていられなくなった。医者に行き見てもらったがとりあえず腰痛だという事で、安静にしているようにという指示であった。
午後から青色申告会が主催する講演会に出席すっる予定であったのだが、「急用」という事で連絡をして欠席をさせてもらい資料は後でいただくことにして午後一杯休養をさせてもらった。
夜には栢山の党員さん宅に又、自転車で行き話をしてきたのだが、どうやらこれが腰痛を生んだ原因のようである。結構な距離を自転車に乗り移動をすることによって腰に大きな負担が掛かっているようでとにかくなんとも腰が痛くてたまらないのである。
自宅に帰ってから腰の治療に専念しながら電話で相談を受けて本日も終了である。
本日のテレビは朝から宮崎知事選挙で当選した「そのまんま東」サンの事で持ちきりである。自民党が分裂し、民主党が候補を出せない状況の中で保守王国宮崎で新しい無党派層の知事が誕生したという事は大きな変化である。
これから抱えていかなくてはいけない問題点は様々にある。特に県民を代表しているという県議会の議員との問題をどのようにしていくかが大きな課題であろうと思われる。
私たちの感覚では県会議員という人たちは決して県民の意見を対して動いている議員ばかりだとは思わない。逆に有権者と一定の距離感を感じる場面が多いのも事実としてあるので、其処が県民と議会との板ばさみになることが数多くあると思っている。
又、指名入札の談合問題や随意契約、分離発注、地元企業の育成、自由競争等々新知事が早稲田大学では学べなかった相反する数多くの問題が仕事の発注に関しては存在している。この問題に対してどのような回答を示していくのかが注目をしている。
まあがんばって欲しいものである。
朝6時に起床。8時10分から市役所のホールにおいて市内一周駅伝競走の開会式がおこなわれた。今年は19チームという参加で、自分の連合自治会のチームも走る人の都合をつけるのに大変で50代の選手が二人走るという事で、かつては名ランナーであったことは十分に理解をしているのだが大丈夫なのかという不安がよぎってしまうのである。
9時にスタートを切り私は私用を果たすために其処で抜けて後の反省会の席で結果を聞いたのだが昨年に引き続いて東富水チームが酒匂チームとの激戦を制して2連覇を飾ったという事である。わが富水チームも6位入賞と何とか昨年の5位並の結果を残せたのでやれやれというよりもご苦労様でしたと声を大にしていいたい気分である。
反省会の参加もそこそこに市民会館に移動し「白秋の童謡祭」に参加をした。創作童謡の詩の授賞式を拝見したのだが、一般と中学生以下の2部門でおこなわれた選考結果であるがこういう地道な積み重ねがいつか文化として大きな花が咲くものと信じている。関係者の方たちの労苦に心から感謝をしたい。
そこで2時30分ごろには中座をして15時以降は党員さん訪問を開始した。日曜日は特に3時以降には人が家にいる確率も高くお会いして話しをすることも出来るので8時過ぎまであちこち行きながら様々なお話をさせて頂きました。今後の活動にも参考になる意見を数多く聞くことが出来て大変に有意義な時間帯を過ごすことができました。
午前中からなんという寒さかと感じるよりも自宅と外の温度差とか移動中の車の中を暖かくしすぎているのか外に出るとなんとも寒く、がたがたしながらあちこち党員宅に本日も様々に御要望を伺いに歩いている。
午後から一時霰も降ってきてなんとも荒れ模様の1日となった。
最近定年後の暮らしは田舎でというのがブームのようで割とそういう情報が頻繁に耳に飛び込んでくることが多い。実は午後から伺った家でその話で大変に盛り上がったのだが、その人も田舎暮らしにあこがれ、東京暮らしを定年前の55歳であるところにご夫婦で暮らされた。初めは自然環境も良く、畑を耕しながら出来る限り自給自足の暮らしという事で満喫した時間を過ごされていたという事である。
過疎の村であるその地域は住宅費も安く子育てという条件を抜いて考えるとご自身も大変に満足の行く状況だったそうだ。しかしながら住んで1年たち2年経ちしていくと様々な生活面での不満が出てきたという。何よりも都会暮らしでここに独立した形での生活に慣れている人にとっての田舎暮らしとは裸で村の中にいるという感じで、生活面の全てにわたり干渉され、コミットされる生活に初めは戸惑いながらも暖かさを感じていたものが次第にわずらわしくなってこられたという事である。
医療環境の問題や他にもいくつもの問題が出てきて4年で其処を引き払われて小田原市に越してきたという事であった。年齢をある程度重ねての居住地の変更は十分に慎重におこなうべきであるとの感想を持った。自分自身もあこがれていた部分が多かっただけにいくつも勉強になったことがあった。
夜は会合にひとつ参加した後に打ち合わせをおこなった。本日も無事に終了した。
自転車に乗りあちこち動いていた。知り合いとすれ違ったりして声を掛けられたりするのだが、外にいることになれるとそうでもないのだが、昼過ぎから急速に冷えてきたようだ。
最近気がついたわけでもないのだが、昼過ぎの住宅街というのは昔と違いかなり危険な場所が多くある。何よりも人がいないという事が大きな問題になりそうである。安心安全の街づくりなんてキャッチコピーを私自身も使用したりしているのだが、何よりもこの昼下がりの静けさに対して何らかの問題提起をしていかないといけないようである。
高齢者の方たちも元気のある人たちは家にいることが少なく、いざというときの危険回避については今後良く住宅地の現状に則した形で考えていかなくてはいけないとつくづく感じている。私たちがこうして党員さんのところや市民相談に動いていても中々会えない人が多いというのもうなずけるような気がする。
寒さに震えながら様々なことを考えていました。少々膝が痛み出してきています。
朝仕度をして、9時過ぎの電車に乗り横浜に向かう。横浜駅前のベイシェラトンホテルにおいて公明党神奈川県本部の新春の集いに参加するためである。11時にホテルに着くと打ち合わせを行いその後が何にもない。13時開始なのだが、4月の統一地方選挙の立候補予定者の予行演習が終わると後は来賓が来るまでやることがなく、2時間近くただ立ちながら話をしていた。
13時に開始になると13時40分ごろに立候補予定者の紹介がおこなわれた。会場は立錐の余地もないほどに盛会であった。紹介が終わって代表抱負に入ったところで後輩議員と共に会場を後にした。小田原でおこなわれる社会福祉協議会の新春の集いに参加のために移動をする。
何も食べていないのでお腹がすいたなあと思いながら駅に到着すると電車が1時間以上の遅れが出ていた。しかし、調度遅れながら到着した電車に乗ることが出来たので、そのまま小田原に移動し小田原にて軽く食事をした後に会場に向った。社会福祉協議会の新春の集いを途中で抜け出して一旦自宅に帰り車に乗り換えて箱根湯本のホテルでおこなわれる小田原薬剤師会の新春の集いに向った。
午後8時に会の途中であったが中座させて頂き自宅に向かいかえってきた。なんとも長い1日であった。こういう式典のような会ももう山を越えてきたのだが団体ごとにこれほどに本当に必要なのかなといつも思ってしまうのである。各種団体が終わると議員ごとに新春の集いを開くようだが、大変な労力だなあと感心をしてしまう私であった。今年は各会合ごとに出来るだけ食べない飲まないでやってきたので体調も悪くならないで済んでいる。
雨が降っている寒いし体もぬれる。本日は私の住む地域にあるとあるマンションを訪問する。党員さんが結構住んでいるのだが、オートロックのドアでどなたがいないと中に入れないので少々壁の高いマンションである。
私的にいうとなんとも大変なのだが逆に考えるとなんとも便利な建物である。セールスや会いたくない人にはオートロックをはずさなければそれで済むのである。一番簡単に断るのはこの方法がいいのだと思う。今回は党員さんの一人にアポをとっていたのでスムーズに入れた。そこで気がついたのだがオートロックは入るのは大変だが1階は入れれば其処の家の玄関まではそのままいけてしまうという事である。多くのところがそうだとは思うがここは其処までいけたとしても其処で又玄関ドアにカメラつきのインターホンがついている。「最近のマンションはこういうものなのか」と変なところに感心しながらその党員さんのお宅でミニ語る会を開催した。
様々な課題についてお話をしながらも段々人間関係が希薄になってくるとこういうマンションのような建物が増えてくるのだとしみじみ思っていた。簡単にドアを開けてしまう人が多いのも考え物なのだがこういうセキュリティのあり方もいざというときに助け合うという共助の考え方はドンドンなくなっていくんではないかという気が強くしていた。
何となく朝調子が変であったので医者に行き診断を受けた。軽い風邪をひいているようである。ここのところ体調は旨く維持が出来ていて寝込むことがないので安心をしすぎていたのだが、訪問先で咳をする人が多いのには気をつけていたのだがそのせいかどうかは定かではない。
夕方から地域連合の賀詞交換会に参加。今年の目標どおりにこういう会合では飲まない食べないで会が始まり、歓談の時間になるとしばらくして失礼をしてきた。今は寝込むわけには行かないので大変に申し訳ないのだがこういう会についても短期滞在にさせて頂いている。
自宅に帰ると相談者が待っていた。最近相談を受けてもその内容を市役所の所管に頼みに行くことが少なくなっている。ほとんどがソフト的な問題が多くなってきていることが原因であると思っている。時間をかけて交通整理をしていくうちに答えは見つからなくても本人は落ち着いて次の方向を決めていく。用は人に簡単に話せないので誰でも良いから話を聞いてあげればいいのだという事を改めて感じている。
メンタルな相談は出来るだけ早く頭の中から忘れさすことにしている。お互いに忘れたほうがいい場合が多いからである。
朝10時から議運なのだが様々に打合せがあり8時30分過ぎには役所にいき打合せを行い議運を迎えた。10時から10時30分まで議運に参加し途中中座をしなくてはいけないので後輩の議員に代わってもらい来客に応対した後にまた議運に戻った。
こういう変則は本来いけないのだが相手の都合がどうしてもこの時間しか空いていないためにこのような対応をさせてもらった。
地方自治法の改正によって議会規則をどうするかという判断をしていくために今回の議運はもう一度ポイントごとに説明があり、質疑をおこなった。最後に会派ごとに対応を聞かれたのだがうちの会派と委員長の会派だけが明確で後はこれからというところのようである。私自身も会派の考え方をいったものの今後会派の議員に確認し答えを変更しなくてはいけない気がするものがひとつ出てきたので又、打ち合わせることにした。
議運が終わり久しぶりに市役所の食堂で食事をした。今年2回目の食堂である。そこで会派の打ち合わせを行いながら食事をしたのだが、やはりここにきての話題は選挙の話が主になるようだ。私自身も頭の中に選挙の占める割合が日に日に増してきていることも事実である。
互いに検討を誓い合い早々に会派の打合せは終了した。
地域の風物詩のドンドン焼きが昨日から盛んにおこなわれている。私自身は自分の地域でやっていてもどこの知り合いがやっていても顔を出したことがない。消防団がつきながら大きな火が燃え盛っている。1年に1度のこの行事は私の住んでいる田園風景にはよく合う風物詩であると思う。
別に意図的に参加をしていないわけではなくいつも何となく参加をすることを忘れてしまうのである。本日も党員さんと約束をしてしまい朝からあちこちいきながら其処ここでやっているドンドン焼きを眺めていた。
夕方からは女性の会合に参加し挨拶をおこなった。ここで途中で膝をひねってしまった用で膝が痛み出してきた。肩はバンバン、膝は痛み、なんとも情けない状況の中動きは止めずにがんばっている。
夕方から歯科医師会の賀詞交換会に参加する予定で準備はしていた。地域で大変にお世話になった方がなくなったので途中で通夜にいくことにして家を出る。
5時30分と大変に早い時間の賀詞交換会の開会であるためにかえって歓談になってから抜けても十分に通夜の時間に間に合った。
静岡県小山町出身の亡くなった方は私が其処の名物である「みず菜」の塩漬けにしたものが大好物だというと毎年その季節になるといつも多くのみず菜をいただいていた。昨年暮れにお会いしたときには1年間闘病生活をしていたという事で随分やつれてはいたのだが、元気に話をしていたので私にしてみれば急になくなってしまったという感じなのである。
家族にしても急なことであったようで未だ実感がわいていないという事のようであった。心からご冥福をお祈りしたい。
朝7時調度に食事を取る。昨日の食事はやはり途中で足りなかったようで朝はお腹がすいていた。たらふく食事をしたところで本日の予定がメールで届いた。後輩議員に断わり大急ぎでホテルを後にした。
昼の間一杯にあちこちと党員さん宅を訪問しながら懇談を続けていたのだが、やはり自宅で休みを取った日と違い何となく体がだるくて仕方がなかった。
夕方になり市民会館で開催される新春スポーツ人の集いに参加をした。懇談に移った所で失礼をして帰宅した。やはり昨日からの疲れが出ている。先輩議員さんたちのタフさを感じるときはこういうときである。私がだらしなさ過ぎるのだが皆さん矍鑠としている姿には驚きである。
自宅に戻ると相談の電話が2本入っていたので其処のうちに電話をする。1件は時間の掛かる内容であったのでそれから伺い話を聞いた。話を伺っていくうちに問題点が見えて解決の方法が見つかってきたので一安心である。国の制度を変えることは仕方がないのだがもう少しきちんと一人ひとりの対象者に説明をしないと其処ここで混乱を起こしているのだと声を大にしていいたい気分である。
疲れた!!
朝9時から出初式に参加昨日預けた車の修理が出来ていなかったので妻の車で会場に向った。式典が終了し子供たちの演技を見て役所で仕事をしなくてはいけないので役所に移動。午前中仕事に精を出した。
2時からは市政研究会がおこなわれた。1時間の講演を聞いていたが時間がなくてもったいないという気がしたのだから内容的には素晴らしかったと思われる。今後もこのような講演を聞きたいものである。
ヒルトンホテルの場所を移して議会の新年会がおこなわれた。今年は飲まない食べないがモットーだが本日はここでしっかり食べないとお腹がすいてしまうので食べることに専念をした。会が終了後部屋で数人の議員と懇談をしたのだが、こういう時間が数多く持てていない最近の私の状況が余裕がないものだと感じていた。
久しぶりに早く休むことにした。
友人たちと小田原の浜町に出来た小田原おでん会館に夕方から食事をしにいった。久しぶりにあったことも会って話に花が咲きながら、小田原おでんを食した。ここのところ一生懸命に小田原おでんとしてブランド的に売り出しているのだが、どうなのかという興味だけでいったような感じであった。
見せは静かな大人の雰囲気というかゆったりしながらも静かな会話を楽しめる中々こういう空間は居心地がいいなと思うものであった。
本日は昼の間に様々な問題が起きて自宅にいたのだが、電話が鳴りっぱなしで話をし続けていたのでこの静かな時間は大変にありがたい時間となった。
自宅に帰ると友人が来ていた。このような日は大概遅くまで語り合ってしまうのだがやはり様々に話し合わなくてはいけないことが多く、気がつくと夜も更けていった。
朝から大騒ぎである。本日は成人式。私の娘も本日の参加対象者である。朝から髪をセットし着付けしてもらって(これは早い順にさかのぼっていき遅く申し込んだほど朝が早くなるらしい)9時過ぎにはもう用意が出来ていた。
式典は11時から出10時に自宅を出る予定であるので1時間も余裕がある。近所の親戚のところに娘と挨拶に廻ったのだが「嬉しいでしょう」とか散々いわれたのだがやれやれという気持ちのほうが強くなんとも感じていないのである。
娘の友人と二人を乗せて会場に到着。会場ではもうそれぞれににぎやかにやっている。進路が違った中学の仲間が集まるのだから多少は仕方がないにしても今回の式典もそれほどに褒められた形ではなくざわざわというよりがやがやとした中で式典が進行をしていった。
式典が終了し、そのまま私たちは市民功労者の表彰式に望んだ。永年市民として様々なことに貢献されてきた人たちの表彰式には心からお祝いを申し上げたいものである。懇親の席があったのだが娘と友人が一旦帰るという事で外に出て合流し、自宅に向かっていった。
帰宅後すぐに着替えて遊びにいったのだが、午前中だけのためにこのような大掛かりな準備が必要であったのかどうか改めて疑問に感じた。2年前の息子の成人式の時には息子が別に住んでいたこともあって何もせずに過ごしたのでこの違いに少々戸惑いを感じてしまう1日でありました。
朝からすごい風が吹き荒れている。午後から行く場所は栢山なのだが一緒に党員宅を訪問する人が「自転車で」という事であったので自宅から自転車に乗り12時過ぎにスタートをした。
栢山まで仙了川という川沿いに上っていったのだが、箱根連山が見える場所は箱根からの吹き降ろしの風が体に当たりすごい抵抗になる。自転車のギアもその都度一番軽いギアにしてこぐのだが進まない進まない。これほど強い風の中でも皆さんで歩いているから不思議である。
栢山についた頃には髪の毛は逆毛立ちなんともいえない体制になっていたのであわてて手の5番で髪の毛を直し党員さんと合流をして廻り始めた。悪天候といっても雨も嫌なのだが風もきついものがある。途中で「障害者自立支援法」についての質問を受けた。様々に疑問に思っていることをぶつけられたのだが、全てを答えることが出来ない自分にもどかしさを感じながら、それでも自分の分かる範囲での答えをしていた。又、現場の施設で起こりつつある問題点も分かってきた。今後調査をしてその問題点についてしっかり取組んでいきたいと考えている。
夜は会合に参加。明日の成人式のために横浜から義姉が来たので、ケーキつきの豪華な夕食となった。会合は9時に終了し、自宅に帰り食事を摂った。
朝から土砂降りの雨。なんだ?爆弾低気圧って?といいたくなるような荒れ模様の天候の中、マズ医者に行き今年はじめてで薬がなくなってしまっているので薬をもらいに行った。この薬を飲まなくてすむようになれば完璧に健康なのだが、この薬を未だ飲まなくていいようにはなっていないという事らしい。
午後になり、あちこちと党員さんのお宅に行き、様々なお話をしてくる。途中も雨が降り続いていたが、3時過ぎにはビショビショにぬれてしまったので本日はこれにて終了という事にした。
夕方からは会合に出席をするために自宅を出発した。同じ会合に出席予定に先輩議員から風邪をひき具合が悪いので欠席をするという連絡が入った。この時期議員も首長も様々な新年の会合が続いているので体調管理が勝負になってくる。大事にしてくださいといいながら電話を切ったが自分自身が気をつけていこうと改めて思った。
会合に2箇所参加をして自宅に帰りついたのは9時を過ぎていた。口内炎が酷くなってきていて体調が下り坂気味である。気をつけなくてはいけないと気持ちを引き締め明日からに備えるために本日は早く休むことにした。
昼間様々に確認したいことがあってメールでやり取りをしていたのだが、関係者ガ会って話をしたほうが早いという事で急遽夜私の家に集まって打ち合わせを行うことになった。
夕方まではそのための資料を作成したり、部屋を片付けていたりして過ごし、6時30分からおこなわれた医師会の新年賀詞交換会に福祉文教の委員長として参加をした。約1時間ほどいて自分自身の打合せの約束した時間が迫ってきたので自宅に急いで戻った。
11時過ぎまで様々に日程調整を含めて打ち合わせを行うことができて全て自分自身の考え方も理解してもらったので助かった。年の初めにきちんとこうした打合せができたことが大きな事であると考えている。
明日からは又ミニ集会や党員さんのところを訪問しながら様々なご意見やご要望を聞いて廻ることになる。現場発の政策をきちんと作るために明日から頑張っていこうと決意を新たにした。
役所は本日から仕事始めである。民間企業は本日からのところと明日からのところと分かれているようである。いずれにしても短い正月休みが終わり本日から新年の仕事が始まる。気持ちを新たに頑張っていきたいと考えている。
3時過ぎに役所にいくまでにいくつかの会社に呼ばれて話をしにいったのだが、完全に景気が上向いているという状態にはなっていないというのが現場の感覚のようである。
役所でも複数の人たちと挨拶をしながら懇談をしたが、今年はどうしても選挙の話が議員間では主な話題になってしまうのは仕方がないようである。引退を決意された議員さんは私から見ると妙に晴れ晴れ見えた。私自身が引退する年の春(そこまで議員をしているという前提であるが)には自分自身も晴れ晴れと思い残すことのない顔をして迎えたいなあと強く思うところがあった。
本日は息子が運転手として私の送り迎えをしてくれたので5時30分過ぎには帰宅の途についた。さあ今年も頑張っていこう!!
本日1日が予定があいているだけで明日から役所も仕事始めになるために朝から親戚の家にいき新年の挨拶をする。親戚といっても横浜ばかりなので、朝から1日仕事になってしまう。駅伝中継は途中でちらちら気にはしていたのだが、余程のことがない限り逆転はないと思うタイム差であったので、あまり気にならずにほかのことをしていた。
現金なもので勝てなければ勝てないなりにほかの事ができてしまうところに自分自身がいかにいい加減に母校を応援していたかが分かる思いで苦笑いをしてしまった。
義理の兄のところで最終的な放送を見ていたが、結果7位のままゴールをした。ご苦労サンでした。しばらくはこの低迷状態が続くのかどうかは不明であるがいずれにしてもこれだけタイム差のないレースの中でシード権を確保した事は大きな成果である。順天堂大学は全員が与えられた勤めをきちんと果たせるチーム状態に仕上げたこのことがタイム差として顕著に物語っていると思う。お疲れ様でした。
夜9時過ぎに自宅に帰ったのだが、もう明日から仕事である。
今年も大学駅伝の日である。わが母校駒澤大学は昨年全日本大学駅伝大会で優勝をしているので何とか「3位ぐらいには」という思いでいた。
朝早くから横浜に住んでいる弟が尋ねてきたことと、午後から横浜で党の新年議員総会があるために今年は自宅でテレビ観戦をしていた。
1区から東海大学が快調に飛び出した。実力差があるので仕方がないと思っていたのだが我が大学は全く写らない。2区3区と進むに連れて順位が上がってきている他の有力大学に比べて全く浮上してこない。4区でやっと順位を上げてきたが結局7位で往路はゴールをした。
明日は厳しい戦いになりそうだと思いながら慌しく仕度をして、横浜に向かった。新年といいながら政令市県会の候補の人たちは残り100日を切り臨戦態勢という顔をしていた。厳しい戦いの始まりであると自分自身の身も引き締まる思いで話を聞いていた。がんばるしかない、がんばろう!
私にとって51回目の新年が始まった。今年は改選の年でもあるので気持ちを引き締めて進んで行きたいと考えている。
支援組織の新年の会合にやってくる人たちに挨拶をさせて頂きながら1日を過ごしたのだが、久しぶりに数多くの人たちに対してお辞儀をしたものだから途中から背中が痛くなってきた。背筋を鍛えるのにはお辞儀が一番良いようである。
新しい年の初めの決意としては自分らしくという事を忘れないようにしながら、「丁寧」「誠実」この二つの言葉を自分に言い聞かせて歩む1年にしていきたいと考えている。「改革」という言葉ガもてはやされ、「市民」という言葉を使うといかにも市民の側に立ったという印象が強くなるのだが、本当の意味で改革をするにも市民の側に立つにしても意識変革がない限り抜本的に代わっていくことはないと思う。だからといって手をこまねいているのではなく、そういう意識を持った人たちの結集を新たに計れるような年にしていきたいという思いである。そのためにまず自分自身が意識を変えていかなくてはいけない。年頭に当たってそのことから始めて行きたいと思っている。