片づけをしながらテレビをなんとなく見ていると「ネット難民」と称する若者の特集をおこなっていた。住むところも定職もなくなった若者が毎晩インターネット喫茶に泊り込み暮らしているというのだ。
そこにいけない若者はハンバーガーショップの1杯100円のコーヒーで一晩中いつ続け仮眠を取るという。
昔あった山谷地区と変わらないのではないのだろうか、其の日暮らしに近い形で仕事にありつき、仕事にありついたときには少々リッチになる。昔は仕事師とか手配師といった人たちが仕切って朝早く仕事に行く人たちを選別していた。同じようなことが現在の都会でおこなわれているようである。
こういうことに特集を組むマスコミの目的は一体どこにあるのか?政治の問題点を言わんとしているのか格差社会の一例という捕らえ方でやっているのか報道の目的が見えない。面白おかしく特集を組めばいいという問題ではない。
何故そういう形の生活になってしまったのか原因と問題点をきちんと明確にした報道をしてほしいものである。なんとなく生きているという形の中で困っているという現象だけの報道では何も解決をしないのだと思うからだ。
日本という国は一体どうなってしまうのだろうかと寒々しい思いが心の中を閉めてきた。根本的な教育がやはりどこかで狂ってしまっているような気がしてならない。もう一度皆で考えなくてはいけない問題がそこにもここにも数多く存在しているような気がする。
朝からメーデーに参加をするために自宅を後にする。いい天気である事も手伝って本日の人手は多いようである。
式典は10時から開始になったが、民主党の参議院候補も参加ということもあっていつもどおり角度のあるメーデーになった。
10時30分に式典が終わりそれぞれに出店が始まり各議員は本部テントで懇談をしながら焼きそばやフランクフルトをパクついていたのだが、朝から腰痛が激しく腰をかがめるのがきついので、早々に断って帰宅の途についた。
途中相談者の家により30分ぐらい談笑した後に自宅に帰ったのだが、本日の予定を急遽変更して休養をすることにした。気が緩んでいるのがあちこちにガタがきている原因なのだと思いながらもここで無理をする事が長い目で見るとマイナスになってしまうであろうと思われるのでここは一番休養をすることにした。
なかなか予定通りに行かないものである。
本日は体を休めてとにかく自分自身が普通になるように務めようと思っていたのだが、朝はいつもと同じように6時に起床をしてしまう。50肩のせいもあって熟睡をするにも体力がいることを知った今日この頃なのだが、ぼ〜としてテレビを観ているうちに9時30分ごろになり、ピンポンとチャイムがなった。髪の毛も起きたままなのであちこち向いていたのだがとりあえず出てみると役所に人が立っていた。
「城下町ホール」の説明会が終了したとの報告に来たということである。少し話をして帰っていったが、この問題は今後きちんと精査をしなくてはいけない問題である。最近感じている行政と議会、行政と市民、市民と議会この関係の違和感を埋めていく努力をしていかなくてはいけないと考えているので、この問題だけでなく様々な行政課題について情報公開や説明のあり方を考えていかなくていけないと思っている。
それからは断続的に人がやってきて結局終日自宅において来客の対応に追われた。途中から帽子をかぶって寝癖を治した。人が来るときにはこんなものなのかもしれない。
少し休めたような気がする。
昨晩は午前3時までかかって政務調査費のまとめをおこなった。1年間溜め込まないでその場できちんとやっておけば済む事なのだがいつものごとく1年分をまとめておこなう事になってしまった。
午前中に役所に行き、早々に事務局に提出をした。是で一安心である。その後は市民相談を受けたもののうちその場で写真なしで話の出来るものを所管に聞きながらその後にやってきた各議員と懇談などをして午前中役所にて過ごした。
午後からは事務所の関係の残務処理とテント等を借りたところにものを返しに行きながら挨拶をしてくる。今回の選挙を振り替えるまもなく日々過ごしているところなので、「おめでとう、すごいね」「頑張ったね」というお話をいただくごとに「ありがとうございます」と答えはするもののまだ良くわかっていないのである。
役所にいるときにふとそういう話題になったのだが、当選期数別にうえから数えていくと私たちの期は古い順に6番目になる。同期が3人になってしまったが古い議員の6番目から9番目が私たちである。まだまだやることは多く、ベテランのつもりなど全くないのだが、りぱっに古株になってしまっている事に驚き、気持ちを新たにしていかないといけないと心を引き締めた。
朝7時に自宅を出て北鎌倉の病院に向かう。妻の検査のための病院通いで9時までに行かなくてはならずその後に貯血といって手術のために自分の血を採決するために運転手として同行をすることになったのである。
永年痛い思いをしてきた足の痛みが手術をすることによって緩和されるという事でこれから1年かけて順番に手術をすることに踏み切ったのである。そばにいて永い事痛みが激しいのを見てきただけに痛みがなくなるのならということで応援をしている。
いずれにしても午前中いっぱい病院で時間がかかってしまい、おおあわてて自宅に向かって帰ってきて仕度をして今度は横浜でおこなわれる等の会合に出席をするために小田原から電車に乗り横浜に向かった。
横浜の会合は参議院選挙に向けてスタートの趣旨の会合であったが自分自身はまだ疲れていてよしという気が起きてこない事が残念である。体の回復がサキだこれは・・・・。
帰りの電車では同僚と口を利く元気もなくただひたすら眠り続けて小田原に帰って来た。時間がたてばこのだるさは抜けていくのか気が抜けてきた分かえって体が緩んできているようでどうも体に力が入ってこない。
朝から様々な用件でお電話を数多くいただく。当選の祝いのお電話が多くそのひつひとつには丁寧にお礼を言う。そんな中で急ぎの相談の電話が入ってきたりして、それぞれに対応をしながら、合間を見て政務調査費のまとめをおこない始める。
27日が提出の期限の日ということもあり、様々に騒がれている政務調査費であるので、巻末に資料として通帳のコピーを添付することにした。それはそれで不要のところを消さなくては個人情報をいたずらにオープンをすることになってしまうので、注意深く作業をおこなった。
体は綿のように疲れているのだが、やらなくてはならない事があるうちは体を動かす事で気がまぎれている。体を動かしながら徐々に疲れが取れていく事が理想なのだがなかなかそううまく行くのかどうか笑っていての顔がなんとなく引きつるような疲れが残っている。
どこか他人事に思いながら選挙事務所の後片付けや事務所の近所にはお騒がせをしたので顔を出してお詫びとお礼を申し上げる。コピー機をリースしたところにお金の支払いも済ませる。なんだかんだしっかりと1日が過ぎていっている。
いてもいなくても電話の方はおかげで大洪水の状態である。
10時から議会の全員協議会室において当選証書の授与式がおこなわれた。その前に各議員とは現職同士はお互いの検討をたたえて握手をして挨拶を交わし、新人の議員さんたちとは知っている顔が多いせいもあったが改めてのご挨拶となった。
4回目の当選証書を受け取りこれから4年間きちんと頑張って以降との決意を新たにする。まだまだ選挙が終わったばかりのところでもあり、残務処理等の仕事が山積をしているせいもあって早々に自宅に戻り仕事に戻った。まだ頭が正常に働いていないやらなくてはいけないことを機械的にこなしているというのが正直なところである。
これからの展望についてもまだまだ明確に考える段階に来ていないというのが実感である。相変わらず50肩が直らないでいるので肩の凝りが取れない分頭の働きが鈍っているものと思われる。
昨日投開票がおこなわれて、私は4位3236票(按分の小数点以下はは省略)という得票をいただき再選を果たすことが出来た。これから4年間気持ちを新たに頑張っていきたいと考えている。
選挙戦の途中から手ごたえ的に投票率が下がるのではないかと危惧をしていたが案の条の結果になってしまった。50%をきる投票率というのは正直厳しいなと思っている。どこまで選挙結果が民意の反映なのかという議論もないのだが、半数の有権者が選挙を棄権しているという現実は厳しいものがある。
9位を3回続けて今回は4位で当選という事で、自分自身が目標にしていた3000票に到達できたので今回の結果については満足をしている。しかし、今回の選挙戦を通じてこれからの選挙のあり方が変わってきているという実感をしっかり持つことが出来た。特に現職の議員はキチンとした情報発信をして市民が評価できるものを明らかにしていかないとこれからの有権者は応援をしてくれないという実感である。勿論今までのように地域密着の議員もいるのだが、これからの選挙はそういう人の数が徐々に少なくなっていくのかもしれないという感想を持った。組織という組織が機能として集票マシン的な機能を有しなくなってきているからである。
いずれにしても大いに勉強になった選挙戦である。今後もきちんと精進し、情報発信のあり方を工夫しながら進んでいきたいと決意をしている。