Imamura@Blog http://www.life-serve.com/imamura/ ja 2007-11-22T23:03:28+09:00 商工会議所懇談・議会改革・代表者会 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001146.html  午前中は議会運営委員会が開催されていたのだが、本日の午後からの打ち合わせ用の書類を午前中は作成をしていた。  11時すぎたので商工会議所にお邪魔をした。議会の正副議長、正副委員長と商工会議所の定例の懇談会である。時間の関係でお弁当を1000円会費でとってもらって食事をしながらの懇談になる。  城下町ホールの問題、お城通り再開発の問題等々現在の行政の中での大きな問題について意見交換を行っているとあっという間に時間が過ぎていく、最後にこの間韓国に行き、議員有志が韓国済州市の商工会議所を訪ねて懇談をした報告と、その中で民間レベルの交流を深めていこうという提案があったという報告をさせてもらった。12月に関係者が来日するという事なので、商工会議所との懇談を要望したところ快く受けていただいた。民間の交流の積み重ねが一番大切である。今後もこの関係にはコミットしていきたいと考えている。  2時から議会改革検討委員会、大きな形で残りの課題についての各会派の意見を発表し、方向の同じものはそのままという事で議論すべき内容の交通整理を行った。最後に私がこの検討委員会の性格、議長に出す答申が公開の対象になるのかどうか確認をした。これは初めに確認をしなくてはいけなかったのだが、公文書として公開の対象という事は答申の文言もこれからきちんとチェックをしなくてはいけない。  夕方総支部の議員と打ち合わせを行う。28日開催予定の公明党小田原総支部総支部大会の進行や議題について検討をした。  自宅に帰ってすぐに2件市民相談を受けに出かけ本日もあっという間の1日になりました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-22T23:03:28+09:00 建設経済常任委員会 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001145.html  本日は10時から建設経済常任委員会が開催となった。先週金曜日まで視察に行っていたので委員の皆さんとはずっと一緒だという感覚であるが、委員会としては久しぶりの開催となる。  所管事務調査の報告事項を受けた後に陳情審査を行い、その後もう1件の報告事項を受けて、とりあえず委員会が終了したのは12時25分になっていた。  午後1時30分からは、本市でも大きな問題になっている、小田原駅の再開発事業「お城通り再開発事業」について、準備組合と正式に「覚書」をかわした、アーバンコーポレィションの担当者と常任委員会の委員との懇談会を開催した。これは別に委員会として非公式に根回しをしようというものではなく、事業推進に関して関係する担当者の意見を記録に関係なく自由に意見交換できる場がほしいという委員の要望にこたえて開催をしたものである。  午後3時過ぎにとりあえず本日の予定はすべて終了した。準備組合がすべての前面に出てやる仕事であるので議会としても今後の事業の進捗の中で議決をする場面は基本的にはない、しかしながら、協定の締結にしても今後の工事の進捗にしても小田原駅の東口の土地の利用であり、市民にとっても関心の大きな事業であるので委員会としても十分にできることはしていきたいと考えているのである。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-19T22:48:06+09:00 テレビでマラソン http://www.life-serve.com/imamura/archives/001155.html  朝起きようとしたら体全体が重い、体重はもとから重いのであるがどうも疲れがたまっているようでツーデーに参加をしようと思ったのだが、今回は思い切って辞めることにした。  東京女子マラソンが本日は行われ、野口みずきが走るという事なのでそれを観戦しながら、家の周りの片づけをすることにした。面白い事に家の周りという事で外にいて様々なことをしていると意外に普段話せない人たちが通り、足を止めて話しかけてくるので自分としては想定外な有意義な時間になってありがたいという感じになってきた。  夕方までに20人近くの人と話ができたのだから不思議なものである。普段は訪ねて行っても留守の家が多いというのにタイミングなのだと改めて感じた。人との出会いそのものが最近私はタイミングだと思うようになってきたのだが、タイミングが合うのと合わないことの違いを改めて感じる日になりました。  明日は大切な委員会が開催されるので、まずは気力を充実させなくてはいけないのですが、どうもそこのところが一番欠けているようでだらだら過ごしたい病が顔をのぞかせて自分としては困ってしまう1日になりました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-18T22:48:01+09:00 公明党神奈川県本部代表者会 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001154.html  朝8時33分の電車に乗り、横浜に向かう。本日開催される、公明党の神奈川県本部代表者会に参加するためである。  電車の中ではここ3日間出かけていたために懸案にしていたいくつかの問題について後輩議員と懇談をしながら横浜に向かった。国際会議場アネックスホールはどこの駅からも中途半端な距離なので横浜駅からタクシーに乗っていくことにした。3人なので一人220円である。  代表者会が始まった、内容についてはおおむね次の衆議院選挙の体制についての話は主流であった。確かに今の政治状況ではいつどんなタイミングで解散になるかだれも計算ができない状況である。準備に入り始めるという事に関しては依存は全くない。  席上私は議会局の政策局次長という事で任命された。実際にどういう事を行うのかよくわからないのだが、政策提案を地方から国へスムーズに取り上げてもらえる仕組みが出来上がりつつあるのでそこのお手伝いができればという感じである。  自宅に帰って仕事を整理していると相談の電話があり対応をして1日終了した。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-17T22:38:37+09:00 常任委員会視察IN盛岡 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001153.html  朝8時過ぎの電車で秋田を後にして盛岡に向かう。盛岡市には9時30分に到着。10時から盛岡市の「交通政策について」調査活動をさせてもらった。盛岡は日本の中国と呼ばれるほど自転車が多く、その割に車の渋滞が緩和されないために道路建設を待っていてはいつまでも渋滞が緩和されないためにいくつかのターミナルを作って公共交通を中心の移動を図ろうという事が計画の基本になっている計画である。  この12月議会には「自転車の規制条例も提出予定」という事で質問は委員から様々な分野にわたり、2時間の視察の調査の中の質疑では足りないのではないかという心配をするぐらいの質問が出てきた。  食事の後に、「盛岡手作りの村」を現地に行き、見学をさせてもらった。盛岡の様々な物産をそこでは手作りで作成をしていて南部せんべいなども焼いている工房を拝見することができた。  私はそこにあった「曲がり屋」が面白く見学に時間を割いた。南部の人たちは馬を大変に大切に扱っていたので、自分の住む家に一角に厩が共存しており、この「曲屋」は南部地方の代表的な家の造りなのである。こういう復元の建物の中に入り一人で座って時間を過ごすと、その当時の様子を勝手に想像をして遊ぶことが楽しい時間になるのである。  15時過ぎの電車に乗って盛岡を後にした。2泊3日の常任委員会の視察は無事に終了をした。今回見てきたことを今後の議員の活動や、委員会の活動に生かせれば幸である。特に食糧自給率を上げることが叫ばれ「地産地消」に関しては取り組み方と消費の構造がうまくできなくては回転していかないことや、無軌道なルール違反が多い自転車の規制条例、そして財政再建のためには何といっても観光施策の仕掛け方。私自身にとっては収穫の多い視察になりました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-16T22:18:41+09:00 常任委員会視察IN能代 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001152.html  朝から冷たい雨が降っているかと思いきや、朝はホテルから岩木山がきれいに見えた。この調子ならと思っているとホテルを出てしばらくすると雨が本降りになってきた。  電車で移動をすると便が悪く時間が余計に取られてしまうのでバスで弘前から能代市に向かう。途中で国道沿いの「道に駅」に日本一の太鼓が置いてあるという記念館に立ち寄った。東北地方はというかこの「道の駅」は全国的におもしろい施設として特徴ある発展をしつつあり、本日の視察テーマの「地産地消」というテーマの一番端的な場所として「道の駅」が全国的に大きな役割を担っているのではないかと思います。  能代市に12時過ぎに着いたので、市役所のそばで能代市の「地産地消」をテーマに食材を扱っているという店で食事をした。食事から調査が始まるという雰囲気の中で様々に話題が盛り上がった。13時から能代市さんにお邪魔をして調査活動をさせてもらったのだが、市役所事態が国の有形文化財という事で、年輪のある風格のある建物で写真の議会の本会議場も議会の場所には見えないという場所でありました。  2時間ほどの視察をさせていただき、「地産地消」という事で地元の食材を扱っている店をそれから3軒訪ねて回りました。これは私たちが勝手に見て回ったものですが、先ほどの調査の中でわかったラ・フランスの原種である。「日面紅」という果物も実物を見ることができて大いに成果が上がったと思います。  17時に秋田市のホテルに到着をしました。昼間結構降っていた雨もやっと小降りになってきたようです。2日目はほとんど雨の中の視察になりました。明日は最終日です。秋田から盛岡に移動して視察をする予定になっています。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-15T22:04:01+09:00 常任委員会視察IN弘前 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001151.html    朝7時10分に小田原駅に集合して、7時20分発の新幹線で東京に向かった。東北新幹線に乗り継ぎその後は特急を乗り継いで弘前市に到着をしたのが13時ごろになりました。  市役所に移動して「観光施策について」という事で視察をさせてもらいました。桜の花が満開の時期や、ねぷた祭りの時期には何回も来ていますが、そのほかの季節には観光的な仕掛けはしていないのかという事が調査の主な目的でしたが、秋というよりも初冬のこの季節に来て観てよくわかったのがこの紅葉が大きな観光資源になっているようです。  桜の葉についても小田原では散ってしまうものがきれいに色づいて黄色を落としています。そこに深紅に近いもみじが誠に持って見事に色づいているのです。小田原市の何倍も観光客があることに妙に納得をしてしまう状況でした。  冬には「雪どおろまつり」も開催され、四季折々に観光客を取り込もうという姿勢は誠に勉強になりました。また、コミュニティバスは全国でもうまくいっていないところが多いのですが弘前市では市の助成なしで自力でバス会社の事業として発展しているという話を聞いて大変に驚きました。市民の基本的な姿勢として「どうせ市は金がないのだから自分たちでできることは自分たちでやろう」という空気を何となく感じることがままありました。  弘前城の天守閣の所の石積みがはらんできて改修を余儀なくされているという事で現場を見たところ見てもわかるほどに大きなはらみになっていました。これから20年かけていったん天守閣を移動して石積みの修復を行うそうです。  市内にコンビニがほとんどないのにも驚きました。既存の商店街で間に合っていてコンビニは進出してきてもつぶれてしまうという説明に「へ〜!こういう街もあるのだ」という感想を強く持ちました。午後3時を過ぎて冷たい雨が降ってきました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-14T22:48:16+09:00 職員の作品展 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001149.html  朝から妻の様々な用事につきあいながら行動をしていた。その途中で妻が市役所でやるべき手続きがあるので役所に行き、待っている私は手持無沙汰なので市役所2階ロビーに展示してある。市の職員やOB,OGの作品展を拝見していた。  私には芸術的な感性は全くないので私の感想が良いのかどうかはともかく、すばらしい作品が数多く、展示をされていた。植木や花に関してはすいません全く分からないので置いておくとして、絵画の展示物には心を奪われるものもいくつかあって素晴らしい作品がありました。  余暇に書かれたものなのでしょうがこれほどの力作ぞろいという事は作品完成までにどのくらいの月日がかかったのかと思うような作品もありました。私自身が持ち合わせていない部分なので心から尊敬もしうらやましく感じる才能でありました。  また、この人時の空間を与えてもらい心がス〜と軽くなってきました。作品を提供していただいた方達に感謝をします。  そのまま明日からいく視察に必要なものを買い物に行き、自宅に帰ったのは夜になっていました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-13T22:25:10+09:00 医者・打ち合わせ・そのほか http://www.life-serve.com/imamura/archives/001148.html  朝一番で医者に行く、定期的に薬をもらいに行くのだが、そろそろインフルエンザの予防注射を申し込もうと思い検査と予防注射を12月にしてもらう事にした。どうも今年はインフルエンザの流行が早いらしく、いつもより早くやったほうがいいようなのだがこれも流れで12月しかできないのだから仕方がない。  そこからな何件かの用を済ませて役所に行く、午前中にいくつかの打ち合わせを済ませて、午後13時30分から19日に行う常任委員会の打ち合わせを行う。大きな課題を抱えている委員会ではあるが今回は報告事項は2件だけという事であった。いずれにしても陳情審査についてはやらなくてはいけないので閉会中の開催は迷ったのだが、開催をすることにした。  委員会の後に行う事の打ち合わせも行った。14日から常任委員会の視察があるので、今後の委員会の進め方について私自身の考え方についても各委員さんに話していきたいと考えている。  夕方からは自宅に何人かの相談者がお見えになる。なんだかんだ本日も1日過ぎてしまった。17日に農業まつりとツーデーマーチが開催される。いつもは参加をしている行事であるが今回は県本部代表者会という事で横浜で党の会合がある為に参加できそうにない。このことに関しても視察中に各委員さんに話をしておかなくてはいけない。  やることがいっぱいあって最近はジムにも行けないありさまである。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-12T22:15:48+09:00 鎌倉にて http://www.life-serve.com/imamura/archives/001150.html  朝早くから鎌倉の友人のお宅に向かう、久しぶりに海を見ながらぶらぶらとして時を友人の家で過ごしていた。  小田原市と違って鎌倉市は様々に市民の権利意識というか考え方が革新的でこの友人も全く違う仕事をしているのに政治向きの話というか市の財政問題についてもかなり関心があるらしく、民間の企業人の立場から見た考え方を私にいくつもぶつけてきた。  鎌倉市のことはよくわからないので、基本的な地方自治体の考え方について話すようになってしまうのだが、民間の感覚からみると妙にまだるこっしいところも数多くあるようでそれはそれなりに私にとっても参考になるひと時であった。  妻と合流をして、横浜の旭区の友人の家をそれから2軒訪問した。子育てをしていたのがうちとちょうど同じ時期の事で、子育てが終わってこれからどのような人生を考えていこうかという話が妙に盛り上がって話が尽きない感じで気がつくと夜も遅くなってきたので自宅に向かい帰ってきた。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-11T22:33:57+09:00 城下町シンポジウム http://www.life-serve.com/imamura/archives/001147.html  様々な用事が重なる中で体調も悪く、どうしようかという思いをもとながら城下町シンポジウムに参加をした。はじめに、シンポジウム開催のあいさつが実行委員長、市長からあった。その後、基調講演をしていただいたのが、英国大使である、グレン・フライ氏である。フライ氏の講演は何よりも日本語がとても上手で聞きやすく、かつ内容が的確で私たちの中でも同じ空間の話として興味深く拝聴をすることができ、大変に勉強になりました。  パネルディスカッションが始まりしばらくしたところで自分の後の用がある為に失礼をして帰宅をしました。海外のこういう街づくり、都市景観の話については私たちもそういう仕事に携わっているわけで興味があるという事が本音であります。  「城下町サミット」というような仰々しい仕組みがついつい前面に出てそういう事業そのものの本質の議論がされずにネーミングや仕掛けだけの議論が先行してしまう事に私は危惧を覚えています。この間韓国に行った時にも感じたことですが、じっくり積み重ねる実績の上で作り上げていくものも必要であると思います。そういう意味では「城下町サミット」という形で簡単に進んでいかなかった事に私はよかったという感想を持っています。  行政はどこでも財政は厳しいものがあり、その財政難をすくうというか負担にならないという事だけが正義の御旗のように事業に進展を促す傾向が最近は顕著のような気がします。そこには市民が置き去りにされているとういう意識をもっと明確に感じてほしいものであります。  今回のシンポジウムは勉強になりましたが、様々な名行政の仕組みに対しての考え方についても大変に参考になった1日になりました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-10T23:31:12+09:00 商工会議所の会頭選挙 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001139.html  この半年間ほど市内の話題になっていた、知る人は知るというような内容であったかもしれないが、1946年に小田原商工会議所ができてから(この年数は聞いたまま書いているので違うかもしれない)、初めての会頭選挙がおこなわれるという事で市内で話題を呼んでいたのである。  神奈川県内でもほとんど会頭の選挙は行われないところが多く、この間相模原でこれも初めてという選挙がおこなわれて話題になった。  商工会議所という団体の性格上争うという形の選挙よりも話し合いで次の取りまとめ役を決めていくという形が踏襲されて来たものと思われる。(これも商工会議所の仕組みのわからない私の推測の話です。)  若い世代(私たちの世代も含めた団塊の世代までぐらい)というには少しとうが立っているのかもしれないが、この順番に話し合いで責任者を決めていくという流れに反発を感じこのままでは何も改革できないという事で立候補したのでしょうか?私は当事者ではないので何とも言えないのですが、いたずらに現体制の批判だけで立候補したのではないと思いたいところはあります。それでは、筋が通らないのではないかとも思います。  立候補された人がどのような考え方であったのかよくわかりませんが、選挙は行われ、僅差で現職の会頭が再任されました。これからどのようになっていくのか注目をしていきたいと思います。  今までの流れでいい部分、それに飽き足らない部分、この辺の調整をいかにしていくのかこれは私たち議会のもあり共通の部分であるなという感想を持っています。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-09T22:09:59+09:00 技能者表彰ほか http://www.life-serve.com/imamura/archives/001140.html  久しぶりに役所に行き、午前中は技能者表彰の表彰式に参加をした。選考委員長をしたという事で主催者側で市長、副市長の横に座って式の進行を眺めていたが、いつも座る側と反対側であったので何とも落ち着かない場所であったが、会場全体をまた違う角度で見ることができてそれはそれで勉強になった。  午後からはいくつかの打ち合わせを断続的に行って歩いた。今週はここまで使用で全く活動ができていなかったためにそのあいた部分に対していくつも打ち合わせを行う必要が生じたために、何人かの議員にはだいぶ待ってもらうようになってしまったのだが、午後4時ごろには打ち合わせがすべて終了した。  夕方からが知人と会食をしながら意見交換を行った。こういう時間が過ぎるのは本当に早くあっという間に9時近くなり、自宅に帰ってきた。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-08T22:16:09+09:00 薬害肝炎和解勧告 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001141.html 薬害肝炎大阪訴訟の控訴審で、大阪高裁は7日、和解を勧告した。これを受け、舛添要一厚生労働相は同日、衆院第1議員会館で薬害肝炎訴訟原告団(山口美智子代表)らと面会し、全面解決へ向けた話し合いを行った。同訴訟の原告との面会は歴代厚労相では初めて。  大きな前進であるという事よりもなぜここまで時間がかかってしまうのかという事に改めて大きな疑問を感じてしまうのである。薬害エイズの時にもそうであったように問題点に対して責任の所在をうんぬんすることよりも目の前で苦しんでいる方の救済を第1義に考え行動をすべきではないのかと改めて感じている。  嬉しげにテレビに出てコメントを言っている大臣はともかく、担当者はこれからの和解の成立に向けて全精力を尽くしてもらいタイものである。どうしていつまでもこのような問題が続いていくのかここのところにしっかりした検証をしないと今後もこういう問題点については終わりのない問題になっていきそうな気がしている。  新薬の承認問題についても舛添大臣は短縮化に取り組むといっているが、これもぜひ早い段階で抵抗勢力を一新して実現をしてほしい、外国で普通に使っている薬が日本では使用できないなんてバカな事態を少しでも早く解消をしてほしいものである。こういう事が解決するまでに患者が負担するものは金額を含めて大きな負担になっているからである。  日本の国はこういうところに政治が主義主張を捨てて協力をしてほしいものである。何でもかんでも一緒であるとの議論を捨てて、ねじれていればいるほど有効に国民のための政治の実現に腐心をしてほしいと心から思うものである。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-07T23:17:41+09:00 坂本竜馬の身長 http://www.life-serve.com/imamura/archives/001142.html  幕末の志士で6尺(約180センチ)とも5尺8寸(約174センチ)ともいわれ大柄とされていた坂本竜馬の身長が169センチだったという研究結果が5日、明らかになった。肖像画の着衣や所持品などから身長を推定する方法を2人の学者が開発。その結果、竜馬は平均よりは大きいものの、イメージよりは小柄という結果になった。  司馬遼太郎氏の「竜馬が行く」の愛読者である私にすると、かなりイメージと違う結果になり、少々残念な感じがする。このほか豊臣秀吉の側室「淀の方」は、着物の襟幅と肖像画の方法により約168センチと推定。  また小説家の樋口一葉は写真の襟幅から141〜6センチ、戦国武将の加藤清正は肖像画の扇子から159センチと計算した。  こうした結果についても加藤清正については秀吉配下の武将として有名で、なくなり方も暗殺説があるような豪傑であり、朝鮮の役では「虎退治」で有名な人である。この人についても180センチ近くあるものと自分で勝手に思い描いていただけに何とも意外な結果である。淀殿についてはそうなると当時でも図抜けて大きな女性という事になるのではないだろうか・・・・いずれにしてもこうした形の研究は進めな進むほど、歴史小説を読みながら自分でイメージを作り上げている分さびしい思いをする結果になるようだと思う。  竜馬の姉が竜馬とほぼ同じ身長であったと、司馬遼太郎氏も「竜馬が行く」で書いているのでそれから推し量ると169センチという身長が妥当なところであるのかもしれない。ブーツをはくのが好きでしょっちゅう長崎で買っていたというのだがそのサイズもそうするとそれほど大きなサイズではないという事になるのかもしれない。  へぇ〜という声を出しながら何となく信じたくないような話を聞いた日でありました。... 徒然歳時記 imamura 2007-11-06T22:30:03+09:00