2007年12月アーカイブ

今年特に感じたことは、マスコミ等の報道機関が間違いなく世論を築いているという事である。今までもそうであったのだろうが今年は特にそれを感じた。参議院選挙の敗北にしてもそれぞれ負けた政党には総括すべき課題は大きくあったのだが、赤城農水相のバンソコウ問題などどうでもいいようなことが政治資金の問題と一緒に報道され、大臣としての品格を問われたし、政治資金の関係についても税金を使用している部分と寄付によって運用されている部分についてはきちんとした説明をすべきところをすべて税金をこのような使い方をしているというセンセーショナルな報道になっていった。国会中継にしても大切な法案は数多くあったのだが、キチンとした報道がされていない。

マスコミは一体この国をどこに持っていこうとするのか、私たち庶民はマスコミを通じて情報を受け判断をすることが多い。ワイドショーなのか報道番組なのか全く分からない状態。きちんとした知識見解を持たずに真面目な顔をしてわけのわからないコメントを平気で発するコメンテーターと称する人たち。こういう人たちがわけのわからない状況を作り出し混乱に拍車をかけている。

暮れになってよく話し合う事は小選挙区制が新しい時代のリーダーを作らなくしているという話である。どうしても選挙の当選が第1優先になり、どぶ板に徹する議員が選挙には強い。地方議員ならともかく国会議員もそのような状況になってきたところに新しいリーダーを養成する時間がなくなってしまい。人材不足になっているという話である。

どこの世界も同じなのだが、戦後教育の問題点が今一番大きな問題として結果が出ているのではないだろうか?画一化した教育の中でリーダーを作ろうと思ってもその資質のあるメンバーはまずその画一化の中で生き残れないのではないかその結果は今の時代なのではないかといっていた人もいた。

いずれにしてもその結果について嘆いていても何も始まらない。来年は小田原市も新しい市長を5月に選び新しいリーダーのもとに出発をしていく。やりがいのあるリーダーを選べるように頑張っていこうと思う。マスコミの中の真実についても見抜く目をキチンと研ぎ澄ましていきたいものである。

本年1年は激動の1年であったような気がしている。本日と明日の2日で自分と社会の二つの面から振り返ってみようと考えている。

今年は選挙改選の年という事もあって、4月の統一地方選挙までの間は選挙準備をしながら、3月の予算特別委員会においては委員会付託の決議をするなど議会も一筋縄ではいかないという形に大きく変化をしてきた始まりとなったような気がする。ただそこに内在するものが市民に向けてのパフォーマンスに終始してしまうのであればそれは自分で自分の首を絞めることになりかねないという危惧を私は抱いている。市民にとって必要な結論はどういう事なのか自分が誰にどのように問われても変化のすることのない揺るぎの無い結論をつけるための議論であれば大いにすべきである。一部の議会の権威について言っている議員さんはそうでない気がして仕方のない時期でもあった。

 私は、時には少数派であっても信念を持ち意見を主張していくという人。これについては、それで認めているところがある。反対のための反対ではなく、あくまでもきちんとした理由や主張に基づく反対であれば、その意見は拝聴すべき価値があると思う。

4月の選挙中には義理の兄が投票の3日前に急死、同じ日に自分の選挙を献身的に裏で支えてくれた人が脳こうそくで倒れる7月の厚木市議選の後10日ほどで横浜時代から交流のあった先輩議員が急逝と選挙関係では死に直結するような出来事が重なった。そういう意味において今年の選挙はどの選挙もストレスの高い厳しい選挙であったと思う。特に有権者の手ごたえが明確に見えないという奇妙な現象の中での選挙であったことに今でも大きな違和感を今までの選挙とは違い感じている。

議員に必要な気質は何だろう?議員がすべきことは何だろう?このような迷宮の中にいつも自分が置かれていた1年であったような気もしている。正しい情報をきちんと伝えることが市民理解を得る一番の近道でそういう労作業を厭うと思わない反対運動に直面していくという事も今年は学ぶことができたというよりはそのことをずっと主張した1年間であったような気もしている。

忙しくがたがたした時間を過ごしているのは今年始まったことではないのだが今年は特に早い1年間であったような長い1年間であったような気がしている。

朝起きると昨日の不調がうそのように体調は回復して、単に疲れていただけかという思いはしたのだが、母に言わせると声が変だという事なのでマスクをすることにした。

マスクをしたついでに大掃除や買い物をすることにした。オール電化にしたくせに少々ストーブが欲しいところもあるのでスタンドの行き、灯油を購入する。リッター90円の灯油に数年前にはこの半額だったのになあと思いながら、必要量を購入した。安いところを聞いて会に行くことは何でもないのだが、ガソリンがリッター148円普通よりは安いところの値段でこれである。一体どこで止まることなのか政治の努力をしてほしいものである。

自宅に戻り、ガラス窓を拭いたのだが、やはり体調はそこまで戻っていないようで息が切れてきたので表の道路に面する部分だけやって終わりにした。

社会教育委員会の分科会の報告の資料を作成にかかる。目的がよくわからないというところに途中から社会教育委員になったハンデがあるのだが、私の日程が今年は妙に忙しく、委員会や本会議に打ち合わせが重なった事もあって今一つ内容が理解できていないところでまとめをするための資料づくりをしているところにこの分科会のほかの委員さんの不幸があるような気がしているのだが、とりあえず夜にはまとめることができた。

 

今年も本日をもって仕事納めである。自分の会社の大掃除を眺めながら社長と1年間の仕事のまとめの作業をしていた。景気が少しは上向いているのかいないのか中小零細企業には実感のわかない中で仕事量自体は増えてきているようでみんなが忙しいという文句を言っているのを久しぶりで聞いたような気がする。

年末の暴飲暴食がここにきて聞いてきたのか朝からお腹が下っている。頭も痛いので風邪をひいたようである。今年は特に12月に入って自宅で食事をすることが少なかったような気がしている。そうなるとどうしても人の中にいることが多く、風邪をひいている人も多かったので体力が長期的に落ちてきたような感じである。

会社の忘年会をパスして自宅で休ませてもらう事にした。

 

役所に朝9時に出かけまずは打ち合わせ1件を済ます。いつもの事ながら役所に来る日を集中してできるだけすべて詰め込みでやることにしている私はそのあと10時からこの春引退された先輩議員とのお約束で懇談会を行った。いつまでも元気で情報をきちんと拾われている姿には感服するものである。私なんかは引退するときっとそのままこういう世界から距離を置いていくに違いないという確信があるのだが、大したものである。

11時からは公明党の県本部の政策局として学び政策に昇華していかなくてはいけない農林水産業関係の勉強を時間をとってもらいした。「質問をしないで下さいよ」といわれたのには苦笑をした。そういう仁義だけはきちっと守ってきたつもりなのだが最近の議員さんの仁義の無さには自分も同じように見られても仕方がない部分もある。海岸浸食問題については県の対策というよりも国家プロジェクトとして取り組まないと地球温暖化の進展によってはさらに危機的要因を招く恐れのあることがわかった。

13時からは環境部関係の勉強をした。ここでも「質問をしないでください」といわれたのには参った。それはともかくとして環境問題が抱えている抜本的な認識野ずれや京都議定書の数値も守れない国々がこれ以上のCO2対策をどのような形で考えていくのかについては市町村という行政の立場での見方を伺う事ができて大変に勉強になった。大切なのは国、県、市という縦軸と行政と民間企業という横軸お互い間の情報を共有することのできるネットワークの構築がきちんとできるかどうかという事が大切なことなのだという事が明確に分かってきた。

15時からは緊急に集まってもらった小田原総支部の議員さんたちと1月30日に行う小田原総支部国政報告会の入場券の整理と打ち合わせを行った。これが結構時間がかかり夕方17時までかかった。

17時過ぎに1か所打ち合わせによらせてもらい。18時過ぎから21時まで本日学んだことを基礎に「環境農政」部門の政策局の研修のテーマづくりに時間をかけた。

午前中は電話が4本入りその応対で大わらわの状態。午後からは会社3社に訪問し何かと世間話に興じている。中々皆さん忙しいはずなのだが、市長の勇退の話と市政のいくつかの事業については私のコメントが聞きたいというよりもどうなっているのかというところが正直なところなのかもしれないが、丁寧に説明をさせていただく。

批判する人たちの立場や環境によって様々な温度差があるとは思うのだが、批判のための批判に終わらせずにこうすべきだという考えをもう少し早く市民に提示をすることもできたのではないかと思ったりしている。特に現在市長選挙に立候補を表明されている二人の候補者が二人とも大きな二つの事業の見直しを宣言されている。

積み上げてきた市民意見や、議会の議論もすべて白紙戻すという事と同じことを平気で言えるとしたらどういう考え方をされているのよく聞いてみたいもので、今の段階で推移をするとすると私たち議会人もきちんと考え方を定めていかないといけないという感じである。会社に行って話をしていてもそういう事を面白がって聞く人よりも心配をされている方が多いのである。きちんとつけた道筋であるならばこれをきちんと進めるべきだと私は考える。

ここでの見直しに対してのリスクはどのように考えるのかこうしたところにもきちんと論及したマニュフェストを出してもらいたいものである。

夜は消防団の特別警戒の市長の巡視に自分の分団の時間に参加を市消防団の激励に行く。これが行われると今年もいよいよ終わりだという気になってくる。寒い夜なのであったかくしていくことにしよう。

朝から12社の会社を訪問。議会が終了したこともあり、様々な話があるようでアポを取った順番に訪問をした。各社ともに様々な話が出てくるのだが、国の政治や県の問題よりも私が市議会議員のせいもあって姿勢関係の問題がどうしても多くなるし、皆さん市長の勇退からこの先どうなるのかという話題に興味津々のようで、様々にお話を振られるのだが、私自身も噂の範囲でしか知っていることはないので、私が説明をするというよりも各会社の社長さんたちに見方、考え方を伺うような感じになってくるのである。

そんなこんなで午後2時ごろまで動き回ってくたびれたので自宅に帰った。福田首相が夕方薬害肝炎の患者の代表と面談をしたというニュースが流れた。この問題は12月に入って非常にメンタリティな問題として私自身も注目していたし、マスコミも連日の報道をしていた。

裁判所が法律上の判断を下した上で行政府としてその範疇で出来ることに限りがあり、新たな立法を作成し救済をするにしても三権分立の立場から司法権を侵さないやり方にこの1週間苦労をされた結果としての全員救済という結論になったと思うのだが、皆さんは見た目でしかものを見ない、こうなるのならなぜもう少し早くできなかったのかという批判が聞こえてきそうだが、いずれにしてもこの結論は大いに評価をしたいと思っている。

夕方からは気の合う人たちとの会食会に出かける。何年前から鍋が食べられるようになった私は毎日のように出てくる鍋も楽しめるようになったことを心から嬉しく思いながら食事をしていた。夜9時過ぎに帰宅。

どうにも写真がうまく載ってこない操作がいまいちわからない感じになっているのだが、午後から神奈川県議会の控室にお邪魔をして、県議の人たちを中心に政策局の進め方についての議論を行った。

ネットワーク政党というのはいいのだが公明党の政策をきちんとこのようにアピールできるというものがもっと現場に欲しいという事とか、現場に求められる党の説明責任の果たし方についてとか様々な話に花が咲いてあっという間に予定時間が過ぎてしまいあわてて小田原に戻ってきた。

会食の約束の時間に間違いなく最初から間に合わない時間なのだが何とかあまり遅れない時間に小田原駅に到着をした。会食会は話も弾みあっという間に夜の9時になっていた。様々な年代の人たちと様々な話をすることは大変に勉強になることも多い。そういう意味においてこの季節はどうしてもこういう会合が多くなってくるのである。

自宅に戻ってから仕事を始め本日の政策局の会議についてどのようにしていこうかという事を考え始めた。私の担当は、小田原というといつもこの担当になるのだが、「環境農政」という分野が担当になった。私自身があまりいつも質問をしない分野という事もあるので自分にとってはいい勉強をするいい機会である。特に農林水産業に関しては具体的に学ぶチャンスであると考えていかなくてはいけない。頑張ることにしよう。

朝から大忙しで市民相談に行く。内容については書くことが少ないのだが首をひねる内容であった。そうはいっても対応をしなくてはならないというのが議員の辛いところで要点をまとめて参議院議員の事務所にFAXを送ってから、その内容について打ち合わせを電話で行った。

2時間ほどで秘書が手を打ってくれてその返事をFAXでいただき、電話で説明を受ける。それをさらに噛み砕いた内容にして相談者にFAXを送付した。その後は反応がないところをみると一応の納得はしたのかもしれない。私たちの党はこういう感じで市町村議会から国会議員まであっという間につながるネットワークを使用しながら仕事をしている。またそのナットワークがないと時間がかかってしまいこちらの仕事のペースも大変になってしまう。できるだけ現場では詳細な調査をして、調べたり手を打ってもらうほうが理解して動きやすい状況を作るのがこちらの仕事である。

党の政策局会議が近々あるので、いくつかの懸案事項についてそこで話をするかどうか考えながら資料を整理していた。現場の問題点はいくつもある、国の政策が問題なのか、県の対応が悪いのか、それとも当該の市町村なのか問題点がどこにあるのかはキチンとこちらが整理をしていかないと次に進む事が出来ない。

話で聞いていることだけではその辺の判断が難しいことがいくつもあり、あちこちに連絡をしたり、インターネットで調べたりしているうちに夕方になってしまった。

本日も1日終了である。徳永英明のカバーバージョンのCDを注文した。何となくである。

taoru.JPG本日午前10時から、昨年に引き続き、グループひまわりが福祉タオルの贈呈という事で1215枚のタオルを社会福祉協議会に贈呈する場所に立ちあった。

このグループは公明党小田原支部の女性局のメンバーが中心となって地域サポート運動という事で少しでも地域に役に立つことに協力をしていこうという趣旨で活動をしている。

特別な活動というとなかなかできないので何ができるかという事で私たちも相談に乗って、まずご自分の家にあるタオルを集めてもらう事により社会福祉協議会の活動に使用してもらおうという事で昨年から始めた活動である。

今年も大変に喜んでいただいたのでよかったと思っている。

午後からは議会改革検討委員会が開催された。じっくりと時間をかけて協議することが多々あり、なかなか進まないようで確実に進んできたという感じであるが、本日の用に随時休憩をしていただきながら、問題点の交通整理をしていただくと話がよりはっきりと明確になってくるような感じでいつもより少々早く済んだ感じである。

議会改革の議論がまとまりつつあるのだが、だんだんはっきりしてきたのは、どのような形になり、たとえ変化をしない現状のままでもそれを見直す作業の結果。各委員長の責任が明確になり、重くなってきている気がする。本日ほぼ決定をした陳情審査を本会議ですべて議決をする件についても、質疑の場面を設定せねばならず、その応対は審査をした各常任委員会の委員長が受けることになる。特に賛否拮抗した案件を委員長裁定で裁くものには委員長の考え方について質疑が予想をされる。厳しい流れになりそうだ。

夕方自宅に帰り、資料整理の続きを行う。本日も終了疲れている。

 

 昨日で12月定例議会が終了し、本日は久しぶりに体が空いている。新聞には昨日市長選挙の出馬表明をした人の記事が載っていてゆっくり寝ていようと思っているところに朝から電話が何本も入りこの人の出馬表明について聞かれた。

その人ではないので何とも返事のしようがなく、相槌を打つことのほうが多かったような気がしている。いずれにしてもこれで2名の立候補者になったのだがこれからあと何人かの立候補表明があると思われる。この間ある市民の人と話をしていて、「市長になることがゴールではなくてぜひ市民にこういう事をするという明確なメッセージが欲しいですね」というお話を伺った。個人の名誉欲で立候補する人はいないと思うそれほどの激務であるし、市民に理解をされることの難しい役職だと思っている。常に決断を迫られ、実行力についても秀でていなくては市民の負託にこたえられない。独善的にならずに常に耳を傾ける姿勢も必要である。これほどに総合力を人間として求められる役職も珍しい。そういう意味でここに立候補されている人たちの決意も並大抵のものだとは思わず、そういう意味では市民の方たちもしっかりと選ばなくてはいけないと思う。

午前中はそういう電話で過ぎてしまい、午後からは資料の整理をした。1回質問をするとそれなりにかなりの量の資料を集めることになる。大概はそのまま破棄をしてしまう事が多いのだが、1年ほどの期間は手元に置いておくようにしているのでそれはそれできちんとしたファイリングが必要になってくるのである。

夜は市民相談1件本日も終了

本日で12月議会も最終日となる。本日の一般質問は共産党の議員3名うちの先輩議員1名の合計4名である。いつもと違いそれぞれに淡々と質問が進み、午後3時に終了となった。

12月議会は本日で終了し、明日からはいよいよ年末になってくるのだが、まだそんな実感もわいてこない。あちこちで懇談をしながら夕方になり、議会の打ち上げに久しぶりに参加をした。

議員同士が議会終了の打ち上げを年に1回12月にやろうという事で正式に1度だけ行う打ち上げである。9月議会の時には議会が2つに割れる案件が最終日に上程をされたこともあって本々予定されていなかった打ち上げがなくてよかったという感じの雰囲気であったが今回はそういう流れは底流にあっても議会として大きな案件もなく淡々と進んでいった議会を象徴してか穏やかな打ち上げとなった。

後輩議員が南足柄の会合に出るという事で、うちの近くを通るという事なのでその車に乗せてもらって帰ってきた。こういう会合になると気がつくのだが、自分では意識しないうちにベテラン議員になっていて古い人から数えたほうが早いという形になっているのに気がつく。年齢はまだまだ下のほうなのだが、心して初心を忘れないようにしていきたいと考えている。

本日は一般質問3日目で2番目に私に質問順という事で質問をさせていただいた。大きく3項目の質問を行い答弁を受けて再質問を何点か行った。今後のために提案をしておこうという内容が多かったのでこの程度かというところで質問をやめたのだが、意外にいつもの質問よりも時間がかかったことが気になった。今回の議会から一問一答が認められたので大項目ごとに再質問を行ったのだが、もう少し内容を精査していかないと時間の調整が難しい事に気がついた。今後の課題として取り組んでいこうと思っている。

後輩の議員から「ずいぶん軽い内容にしたね手加減したのかな」と批評をされ少々むっとしたが、こういう意見や感想は言ってもらわないと自分ではわからないので第3者の評価として後で自分の質問をチェックしようと思った。私自身も後輩の議員の質問には気がついたことを聞く耳を持っている議員には話をしている。私も先輩議員から毎回のようにそのように言われてきたのでその恩返しのつもりで後輩の議員には言っている。お互いに自分の事には気がつかないのでこうした意見はありがたいのである。あと3人の後輩議員から意見を伺いなるほどそういう見方ができる内容になったかと気がつくところもあった。

5時前に議会が終了し、自宅に帰り着替えて夜の会合に向かった。様々な話に花が咲いて夜の9時過ぎに終了となったのだが、だいぶいつもより突っ込んだ話ができたことは成果だと思っている。夜10時過ぎに帰宅。本日も何とか終了だ。

7月に入会したグループのバス旅行に参加をした。13時小田原駅出発。始めに大江戸博物館を見学した。ここは小田原城歴史見聞館をオープンするにあたってどのような施設にするべきかという時に見に来て以来で久しぶりである。

質問をする前の日にこんなことをしていて大丈夫なのかという内心の不安はともかくとして、中に入ると夢中になって展示物を見ていた。これほどのスペースがあれば逆に小田原城はもっと様々な展示物ができるなという思いを持ちながらも、やはり大きな政権の居城でなかったという事が大きなことなのか花がないという感じはわがほうのほうがいわれても仕方のない面があるなという感じがする。

次に浅草に行き仲見世を散策することになった。ここは寒いというのが一番の感想であったのだが、外人さんが多いのには驚いた。仲見世を歩きながらいつもと違う目でその店で売っているものを見ている自分がいた。興味がないのである。売っているものよりもその店をのぞいている人間が面白くてしばらく眺めていたりしたが昔と感じが違う気がした。

そこから赤坂プリンスホテルに移動して食事をして帰ってきた。食事そのものよりも赤坂の夜景が絶品で楽しいひと時を過ごすことができた。小田原駅に着いたのが午後10時を過ぎていて自宅に帰ったのは11時近くなっていた。

明日の質問のために再質問の原稿を見たりして遅くなりそうである。

本日は朝10時から公明党の近隣2市8町の議員が集まり、会合を持った。私が持ったのだが、大切なことは意見交換で、キチンとキャッチボールをすべき事、勉強として学びあう事、徹底すべき事に分けておよそ1時間30分あっという間に過ぎた会合であった。

13時ぎりぎりに小田原駅に行き、小田原足柄地域連合の歳末助け合いカンパを地域連合の産別から来ているメンバーと一緒に行った。約1時間小田原駅に立って募金を行ったのだが、本日は暖かくていつもの年のように手がかじかむ事もなく良かった。声を出し続けていたのだが、一度もハンドマイクは握らなかった。ベテラン議員はいい味を出してハンドマイクで話をして募金を呼び掛けていた。こういうところがまだまだ未熟だと痛感をする。私が行うとついつい演説調になってしまうのである今後の大きな課題であると思う。

友人と懇談をしたりして過ごしているうちに夕方になり、報徳会館に向けて出かけた。韓国の済州市の市長が明日帰られるという事で、小田原市商工会議所、小田原市議会、副市長などが顔をそろえて送迎の宴が開かれた。話の中でかなり日本語が皆さん堪能であることがわかってきたのだが、年齢から言ってもそうなのだという感じでこちらも仲間同士で話す事に十分気をつけたほうがいいという人もいたが、私たち自身がいつも大した話をしているわけではないので大きな問題はないと思った。

2月の済州島で行われる山焼きに来られないかという提案もそこであった。秋には小田原市の少年サッカーの代表メンバーが親善交流で訪韓することに決まったようである。5月の北条5代祭りにはぜひ来てくださいという話があったり、今後はこういう交流が数重なる中で何か共通のものが見つかってくるといいと思った。済州市は韓国でも有数のミカンの産地なのだが、日本のミカンを食べると味の薄い感じがするのでこうした農業従事者の交流なども今後行われると大いに発展していくと考えられるのだがどうであろうか。

充実した1日が終了した。帰宅は夜9時30分になった。

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本日は一般質問2日目という事で5人の議員が質問を行った。途中で10月の私たちが訪問した済州市の市長をはじめ済州市の商工会議所の責任者の人が小田原市議会を傍聴に来られ、私たちの議会の質問を聞いていた。昼休みに入り済州市を訪問した私たち議員は議長応接室に行き、再会を喜びあい、その後市長の所に訪問した。

簡単な顔合わせで終わったのだが、今後まず民間レベルでも交流から始めようという事で10月に訪問した時の確認をお互いにした。商工会議所にこれから訪問するという事で私たちはまだ、議会中のためそこで失礼をした。こういう双方向の交流が簡単にできるのも距離感が近いという事が決定的に大きな要因であると思っている。また、こうした訪問が行われることで私たちが10月に訪問したことが最大限生きているようで大変に嬉しく思った。

議会が終了し、私はある団体の総会に顔を出し、そのまま会食会という事で本日も帰宅は9時過ぎになった。自宅でのんびりしたいなというのが最近の本音である。

 

本日から一般質問が行われるのだが、その前に付託議案の委員長報告が行われた。9月議会で当方の委員会は修正案が可決され、その委員長報告が議会本会議で否決をされるという目にあった。今回は問題の案件が内容で無事に委員長報告は可決した。他の議案も原案の通り可決確定をした。

質問は本日は4名の議員が質問を行った。やはりそれぞれにやりにくい形で質問をしていたような気がした。通告をしてからの市長の勇退発表でやはり皆さん勝手が違うようである。妙に湿っぽくなったり、市長をたたえたりするようなところや、市長永年ご苦労様でしたという発言に至ってはまだ半年も残っているのに何を言っているんだという感じになった。

少々混乱している議会は3時30分ごろに終了し、夜は栢山で行われる報告会に参加をするために出かけた。人数が30名ほど参加をしている中で、最近の市政に起きている問題点や自分の考え方取り組み方、国政の党の取り組み方や考え方を話しているうちに時間になった。こういう場がもっと欲しいというのが正直なところなのだが、少しづつ積み上げていくしかない。

栢山の駅に近い場所なので電車でやってきたのだが、帰りは少々寒い思いがすると思ったら、吐く息が白くなっていた。帰宅は9時過ぎになった。本日もあっという間に1日が過ぎていった。

朝10時から打ち合わせを行う。様々な内容についていくつかの打ち合わせを行ったのだが、問題点が明確にならずにちっともさっぱりしない内容になった。特に自分の質問の打ち合わせについては、気が乗らないというか内容的に詰める気にならない感じでどうも今回は燃えないことが一番進まない理由のようである。各議員は今回どのような気持ちで市長に質問をするのかベテランになりながらこういう事に戸惑っているようでは仕方がないと自分に言い聞かせているもののどうも駄目な状態が続いている。

16時からは小田原足柄地域連合の総会に出席。今回から神奈川県という単位では私たちは連合と付き合わないことになったので地元の地域連合との付き合いだけになる初めての総会である。公明党の議員といっても連合と付き合っている議員は少ない。小田原は地域連合との距離が近くて日常の活動も結構混ぜてもらってやっていることもあって、その付き合いは今後も続きそうである。民主党がいよいよ政権を狙うために連合もそこのあたりの付き合い方に線を引いたという事だと思う。私達はもともと地域の連合との付き合いだけで十分なので本音を言うとホッとしているのである。

夜は公明党のサポート関係の会合があってそれの私だけ党を代表して参加をする。最近でなくてはいけない会合が増えていて少々疲労がたまっている。終了後の懇談がまた時間がかかるのでそこで結構疲れるのだという事がわかってきた。

帰宅は11時になった。

朝から高齢者の施設を何件か訪問をした。今回の質問で行う介護関係の質問の関係で現場の状態について伺いたく3軒の施設訪問となった。

国の方針や県の方針それはよく意味もわかるのだが、市の受け入れ態勢は大変な状態にあると私は感じていてその体制の確認やそのほか提案したいことがあって質問をするのだが、各施設ごとに要望したい内容が濃厚に盛り込まれた話になって少々自分の思う方向と違ってしまう事に戸惑いを覚えながら帰宅し、質問項目や再質問項目の整理を行い始めた。

夕方になり、知人の通夜に出かけた。弔問客の少ない通夜ほど席を立ちにくく通夜式の終了までそこの席にいて参列をした。故人の冥福を心から祈りたい。

ネクタイだけ変えてそこから大井町で開催されている会合に向かった。予定より長く通夜の会場にいたこともあって会合開始の7時には間に合わない状況で、党を代表しての挨拶はほかの議員に昨日からお願いをしていたので事なきを得たようであるが静かに最後まで参加をして会合参加者に帰るときに挨拶をさせていただいた。

自宅に帰ってから夕食という事で食事をしたのだがこういう時間に食事をとるのは少々重く感じる今日この頃である。

朝8時30分に自宅を出て通いなれた病院に本日は検査とインフルエンザの予防注射を打ちに行く。どこに行っても風邪をひかれている人が多く、本日までインフルエンザをしていないのでひやひやした日々が続いていたのだが、何とかインフルエンザにかかる前に予防注射が打てそうである。

問診が終わると「経過が順調なので検査は2月にしましょう」という事で、昨日の夜から飲食をしていない腹が急になってきた。インフルエンザの注射を受けて自宅に戻って昨日完成をさせて原稿の訂正をチェックする。今回の原稿は市長の勇退の表明を受けてどうしてもテンションが下がってしまうところに自分自身がきちっと割り切って質問を行わなくてはいけないという事である。

市長の勇退の決意を受けてあちこちで噂話。誰が出るとか出て欲しいとかいう話で、私たち議員もそういう話についつい巻き込まれながら送る日々が続いている。

夕方からは会合に参加をして、最初に挨拶をさせていただく、原稿を用意して話をしたのだが、どうもこういう形は苦手で原稿に完全に目が行ってしまう普通に話せばいいとわかってはいるものの原稿を見ながら話すというのは本当にダメである。しかし今回の挨拶は自分自身の挨拶ではなくて、党を代表しての挨拶という事で言葉を選ばざる負えずに原稿を読んでいるのである。

自宅に帰宅は10時本日もつかれた。

本日朝10時から壮年対象の市政報告会を行った。20人足らずの人たちであったが、様々な話を様々にさせてもらった。特に最近全世帯配布されているビラについては、その内容の批判はせずに自分が調べて事実とそのビラに書かれている内容の違いについてきちんと時間をとって説明をした。市がやっていることに不満があるのはわかるのだが、市長選の動きにリンクさせ、いかにも行政のやっていることは間違いであるというような中傷のビラについてはいかがなものかと思う。

この件については監査請求や、裁判になっていることもあるのだがその結論を待てばどちらが正しいのかよくわかると思うし、何よりも1年前に言っていた主張と同じものをビラにして市民を扇動するような行為はおかしいのではないかと正直感じている。公の場で結論を出そうという事で裁判や監査請求をされたわけなのだからその結論が出て大々的にその事実に対して喧伝していけばいいのではないかと考える。

午後自宅に帰ると急に寒気がしてきた。どうも体が疲れているようで、寝室で横になったら夕方まで寝てしまった。原稿がちっとも捗らないし、書く気にもならない。困ったものである。市長の勇退が原因しているという事を言い訳にしては市長に失礼なのだが、どうもファイトがわかなくて困っているのである。

特に来年度予算編成の質問については困ってしまっている。内容をどのように弄っても限りのある質問になってしまうのは連続性のある予算の編成には少なくても勇退の時点でなりようがなく、今後の歳入見込みの対しての議論についても継続する姿勢の中での変化を求める内容を考えていたために前に進めなくなっているのである。困った、困った。

午前中から片づけを行っていた。やらなくてはいけないことが山積をしていて、質問原稿になかなか至らない、やはり質問は今回はどうなのかなと改めて感じている。

午後になり仕度をして横浜に向かう、県本部の幹事会にまず出席をする。内容的にはいつも開催されている会合であったが、その後の会合が引き続きであったために夕食をとる時間がまったくない状況になった。そこでは自分の選挙の時に応援をいただいた、県会議員と様々な話を久しぶりにさせていただいた。これから政策局で同じメンバーなので一緒に様々な政策課題に取り組んでいけると考えている。

この人とは高校(私が中途退学をした学校)が私が5期生この人が16期生という事で先輩後輩の間柄でもある。そうはいっても11年近い年の隔たりは大きいのかと思うとそうでもないところが面白いものなのだ。同じ目的間で同じような環境過ごしている事柄に関してこちらからお願いすることが多い関係ではあるのだが、今後もしっかりと意見をぶつけていきたいと考えている。

16人の議員がこの2市8町にいるのだが、内容を伝達することが多く、どのように伝えていこうかと考えている。いずれにしてもしっかりした内容でいかなくてはいけないことが多く、説明をしなくてはいけないと改めて感じている。

帰宅は10時近くなっていた。こんな時間に夕食をしっかりとしてしまう自分が一番いけないのだと思いながら、食べてしまっている私でありました。

昨日の夕方小田原市長の小澤良明さんが次回の市長選挙に不出馬の意向を示し記者会見を行った。この波紋が本日も1日様々な場所で起きている。今回辞退をされ勇退の道を選ばれ、その決断に対しては心から敬意を表するものである。政治家の引退時期というか幕の引き際というものは非常に難しいし、現市長のように4期勤められると間違いなく多選批判の嵐の中で次の選挙を迎えることになる。

首長さんの権限を考えるとまた必要とされる「決断力」「市民に対しての責任感」等々考えれば考えるほど首長という職は大変なものがある。私の個人的意見でもある程度の期数で線を引かれることが望ましいという考えである。そういう意味においては今回の市長の決断については支持をするものである。

今の小田原市を取り巻く状況はいくつもの懸案が山積をしており、その道半ばで勇退は様々な思いが去来されていると拝察をする。

今回の質問もそういう想定の無い中で通告を出したもので正直困ってしまうところがいくつか出てきている。そこでどのような質問をしても仕方がないという感じにならないように質問をしていきたいと考えている。いずれにしても4期16年間の市長職に精励されたことについて心から感謝を申し上げたいと思っています。私は議員になってからずっと同じ市長であったので初体験の空気の中で様々な話を聞いていた1日でした。

本日は10時から建設経済常任委員会の開会である。付託議案の審議から開始をしたが、所管がいくつにも分かれた内容になっていて、公営事業部、経済部、都市部、建設部、下水道部という形で所管ごとに審査を行った。全会一致で補正予算や条例案について採決された。

午後からは所管事務調査で15時まで「お城通り再開発事業」について報告を受けた。終了しそうで終了をしない報告事項であるが、最後に委員から「次回説明員として出席を求めたい」という事で提案のあった件につき終了後意見調整を行った。本来参考人にしても説明員にしても議案以外の事で委員会に来てもらうのには手続き的にできるのかどうかを踏まえて検討をしなくてはいけない。だから、懇談会の開催ができないか打診をすることで承知をしてもらった。自分で疑問を持ち調査をしたい気持ちはわかる。だからと言ってすべて委員会で呼ぶことができるかというと疑問もあるので今後はこの点について少し精査をしていかなくてはいけないと思った。

常任委員会が終了するとここのところどっと疲れが出てくる。所管が打ち合わせをしたいとのことであったが断りを入れた。そのために聞き取りをするのであるが、その後の打ち合わせの数が多いというのはこちらの言葉が足りずに真意が伝わらないという事なのかどうかいずれにしても疲れる。

夜はそのまま南足柄支部で行われている公明党の南足柄支部会に参加をした。質疑では厳しい意見が多く、皆さん言いたいことが溜まっていてこちらがしっかりと聞く姿勢を持っていかなくてはいけないと改めて痛感をする。

夜10時近くに帰宅。朝家を出たのが8時20分であったので本日は長い1日になりました。

本日は12月定例議会2日目で議案関連質疑が4件行われ、継いで追加議案の上程、質疑が行われて案件は委員会付託になり休会になった。

午後2時から議会改革検討委員会が行われ、2時間かけて質疑が行われた。その中で、公社等の報告事項や委員会のその他事項を通告制にして委員に質問をさせる仕組みを作りたいという提案に対しては執行部の意見を聞いた。その後の審議の中で公社等の報告に関しては各常任委員会で開催するような形で全会一致で議長に答申をすることになった。また、各常任委員会で行っている陳情審査についても、本会議場で議員すべての採決を受けて議会の意思を確定するという形で意見がまとまった。今までは常任委員会の審査の結果を一覧表で承認するだけであったのだが、この行為で済ませてしまうと重要な案件の議会の意思が採決によらず承認で済んでしまうという大きな問題点がいくつかの事例で明らかになっているためにこういう形式に変更をすることにした。ただ具体的なやり方についてはいくつかの方法が考えられるので次回の委員会で集約をすることにした。

代表者会議が終わると夕方5時近くなっていた。そこから厚木で会議がある為に厚木に向かった。様々な案件について厚木で検討をして自宅に帰宅をしたのは午後11時近くなっていた。毎日結構疲れる。

午前中は議会のメンバーはほとんどの人が今回から行われる「一問一答」を現実に行われている南足柄議会に視察に出かけた。私は住宅運営審議会がある為に役所に残り、先日公開抽選で行われた住宅抽選に漏れた人を対象の考査入居についての検討を行った。

よく、「議員に頼めば市営住宅に入れる」と市民でいう人がいる。いくら説明をしてもこの話が絶えることがない。私にしてもそういう相談はいまだに数多くあるし、「今村さんに頼んだらパソコンをチョチョといじって入れるようにしてくれた。」などという神がかり的なうわさが飛んでいることを後輩の議員から聞いたりしている。

現実は抽選は公開で市の職員が代表して行うし、考査にしてもどこの誰だか分らない状態の中で、希望した住宅について住居困窮の点数の高い人から順に決めていくようになっており、私たちの関与できる部分はどこにもないというのが現状であるし私はそういう公平さが一番大切であると思っている。

終了後考査の対象になった住宅の現地視察を行い市営住宅にもさまざまな住居があるという事を現地を見ながら学ぶ場になった。私は幸いなことに数多くの相談を受けに普段行っている住宅ばかりであったのでサポートをしながらの視察になった。

午後からは通告した一般質問の聞き取りを行った。これは質問通告をした議員がどういう事を目的に質問し、どのような事を聞くのかを聞きとる場である。私は最後の部分以外は箇条書きで聞くことをまとめてあったのでそれを渡して終わりになった。最後の質問ついては同じ内容で行われる議員がいるためにその議員の内容が分かり次第角度を変えるという事で聞き取りが終了した。

そこから市民相談を受けに市内に移動し、帰宅は夜になっていた。

午前中は資料を大慌てでまとめて印刷をしていた。急きょ午後から短い時間であるが市政報告のできる時間を会合中に用意してくれるという事で皆さんにお渡しをする原稿を作成していた。

午後1時から会合の中で市政報告をさせてもらった。市の内容については自分の行う質問のこともさることながら様々に騒がれている問題についても簡単に自分の取り組み方についてを説明をした。20人前後の人たちであったのでできるだけわかりやすく様々に意見が出る形で行った。しばし懇談をさせていただいたが、できるだけこういう機会を利用しないと議員の「説明責任」といってもだれも相手にしてくれなくなってしまっては仕方がないことである。

午後3時になったのであわてて電車に乗り、しないで4時から開催される「西湘日韓親善協会」の総会に出席をした。この教会に今回から正式に入会をすることになり、結構忙しくなりそうな雰囲気である。今年になってもう一つの団体にも入ったので定期的に行われる会合の出席が結構大変でやりくりに困っている自分がいるのだが、なんでもやってみようという事でできるだけ双方の団体の活動には積極的に参加をしていきたいと考えている。

この会で10月の末に韓国に行き、済州市の市長さんと商工会議所を公式訪問した。その人たちが12月の半ばごろに小田原市においでになることが決まったようで小田原市にも商工会議所のも訪問を希望しているそうである。行政レベルはともかく、民間レベルの交流が盛んになり、小田原市の子供たちが海外でホームステイなどをする選択肢が一つでも多くなるという事は大切なことであると思う。できるだけ活発な交流がおこなわれることを望みたいものである。

自宅には午後8時過ぎに帰宅した。

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