2008年1月アーカイブ

朝9時に委員会が始まるために8時に自宅を出て久しぶりに広域農道を通って市役所に向かった。この時間に市役所につくと正面玄関側があいていなくて車は守衛室側から入らないといけない。慣れてしまえばどうということもないのだが、慣れるまではやはり戸惑うことが多かった。市役所の中に車を止めさせてもらうだけで良しとしなくてはいけないのだろう。

9時になり委員会が開会された。予測していたように議論が活発におこなわれずに委員会は1時間終了となった。この辺のところが難しいところである。平均審議時間からこうした委員会の開始時間を決めていくのだがこういう思惑が外れることもあるのだということを改めて学んだ日になった。

せっかく予定外の時間ができたということで委員会終了後の残りの予定をしていた時間は議員同士で懇談して過ごした。

夕方からは地域連合の新春の集いに参加をした。この後にもうひとつの会合が予定をされていたので、先輩議員と二人で懇親に入るとすぐに挨拶をさせていただき次の会場に移動をした。

もうひとつの会は結局趣旨の良くわからない会合になったのだが、最近こっている梅酒を少々飲みすぎて酔ってしまったようで、酔いを醒ましながら帰宅をした。

本日はわが総支部として1月のメインイベントである時局後援会の開催を予定している。朝から挨拶原稿を考えながら、こうして原稿を考えると必ず失敗をするのだが、大きな会場で主催者としての挨拶で失敗するとは考えていないのだが言い間違いをすると大変なことになるので原稿を書いていくことにした。

様々に当日になって足りないものがわかってきて後輩議員たちにお願いをしてそれを準備する手配などをしているうちに集合時間になり会場に出かけていった。

開場時間になると出足は今ひとつであったが、開会時間には1階がほぼ満タンになった。1階がすべて埋まると870名ということであったので850名ぐらいの入場のようである。挨拶はゆっくりしっかりおこなったが少々噛み加減になった。こういうところが原稿を読む功罪である。まあよしということにしよう。

順調に来賓挨拶まで済み松あきら参議院議員の時局後援が始まった。少し控え室に行き、休憩をさせてもらいながら、終了後の段取りを後輩議員たちと打ち合わせをおこなっていた。終了後すぐに私が湯河原でおこなわれている会合に向かわなくてはいけないので、後のことをお願いするためである。

時局後援会は無事に8時35分に終了した。来会していただいた来賓や入場者にお礼を言いながら送り出した後に湯河原に向かいそちらの会議に参加をしたとにかくひとつ無事に済んだ。

夕方から県会議員の新春の集いに参加をするために市民会館にいった。夕方6時30分から始まった会は来賓の挨拶が次から次へと続き、7時45分過ぎまで私たちはたったままその話をじっと聞いていた。

先輩の議員はいすに途中で座ったりしていたのだが会場に詰めかけていた後援会の人たちは座るいすも近くになく、じっと我慢強く話を聞いていた。

この間の県会議員の会合でも感じたのだが、この地域はとにかく来ていただいた来賓を大切にする。しかし、遠来の来賓も大切なのは良くわかるが、いつも支えていただいている後援会の人たちにももう少し気を使うべきなのではないかと心から思った。

こういう余計なことを書くと問題発言になるのでブログの更新時期をづらして書くしかないのだが、どうも長い前振りの会合はいかがなものかと感じる今日この頃である。

懇談が始まったところで失礼をして帰宅をしたのだが、自宅に戻れば戻った出仕事が山積をしている。とにかくもう少しゆとりを持たないといけないと痛感した1日である。

朝10時から会派で打ち合わせを行った。主な議題は改革検討委員会の報告と検討、3月定例議会は代表質問になるので、その項目の検討を皆でおこなった。代表質問をおこなうご当人が具合が悪くて参加ができなかったので後日詰めをおこなうことにした。

そこから3年前亡くなった友人の命日ということで友人と墓参りに行った。3年前のこの日亡くなったのである。亡くなると月日があっという間に流れていくということを実感するひと時である。家族にしても日常の生活の中でやっと故人のことを思い出にできるようになったころだと思われる。

いずれにしても故人の冥福を改めて祈らせていただいた。

箱根湯本に移動して、昨年の8月から入会をしているライオンズクラブのこの地域の合同例会に参加をした。まだまだ何をしているのかチンプンカンプンでライオンズクラブの目的すらしっかりわかっていないただやたら活動というか会が多いクラブであるという程度の感想である。今後時間をかけてゆっくり学んで行きたいと考えている。

私をその会に誘っていただいた社長さんを次の会場に送っていった後で自宅に戻り残っていたいくつかの仕事をして本日も終了した。

本日はわが地域で毎年恒例になっている、交通安全部富水支部のバス旅行に日である。朝7時前に穴部駅に到着して7時にスタートした。こういう行事で何がすごいなって言っても朝からアルコールを入れる人たちがいることにはいつも驚いてしまうのである。

私は皆さんご存知のようにアルコールはあまり得意なほうではないので、朝からアルコールを入れることはとてもできないのですごいなあと心から思うのである。

今回の旅行でいつもと歴然と違うことがバスの中の禁煙である。皆さん当たり前のようにしてそのことを守っていて、喫煙しない人のほうが強くなっていることにここ数年の時代の変遷に驚いてしまうのである。こういう形になってくると女性の参加者はもっと増えてくるのではないかなどと心の中で考えていた。

富士の浅間神社に行き散策をした後に日本平で食事をし、その後焼津の魚センターなどを探索して夕方6時過ぎに帰宅をした。

いつもの年のように寒さが厳しくないブン過ごしやすい1日であったのだが、来年は果たしてどこに行くのか楽しみである。行く先々の中で様々な話に興じることが楽しみなので、どこに行ってもいいのであるこういう1日はあっという間に過ぎていくものだと改めて感じた。

緊急で常任委員会を開催することになり、その内容に関しての打ち合わせを行った。31日に予定をしているのだがその日は沼津で午後からSKY圏サミットが開催される予定になっているのでその前に終了をするために委員会自体を2月の中旬に行う委員会と2回開催の予定で報告事項を住み分けをさせてもらった。

この間商店街と懇談会をした関係で「お城通り再開発事業」の報告事項については審査時間がかかると思われ、今までの委員会での平均審議時間も2時間ということであったので、午前9時からの委員会開催ということにさせてもらった。予定では午前中に終了をする予定であるがこればかりはやってみないとわからない。

その後公明党小田原総支部の会計監査に立ち会った。総支部の会計責任者が1年間会計をまとめてきたものの収支報告を確認するために県本部から確認作業に来てもらい、きちんとチェックをする場でおおむね1時間ほどで終了をした。

様々に話をしたいことがあったのだが観光協会の新春賀詞交換会の時間が迫っていたためにその場を失礼して、市民会館に移動をした。

観光協会の賀詞交換会もつつがなく進行をし懇談になったところで様子を見て失礼をしてきた。本来は懇談をすべきところなのだがその後に打ち合わせをしなくてはいけない事項があり、本日もまた、ウーロン茶のみで次の会場に移動をした。

帰宅は午後10時毎日が風のようである。

小田原駅周辺の商店街のうち14の商店街の代表の方たちとの懇談会に様々な経緯はあったものの建設経済常任委員会のメンバーが議会の代表として参加をした。

小田原駅には現在様々な問題が生じている。お城通りという小田原駅東口の再開発問題が一番の大きな問題点であるが、小田原駅東口の地下街の再生問題もこの地域の大きな課題である。いくつかの問題点の中で再開発の問題がそれなりに進捗をしているのだが、その事業に待ったをかけたいという人たちが商店街の人たちであるという認識を私はしていた。何故ならば私たちの委員会に出されている陳情もこの事業の見直しという趣旨の陳情だからである。

本来は委員会として陳情をされている団体に陳情審査の途中で非公式でお会いするのはいかがなものかという考えもあり、今まで委員会としての懇談会はお断りをしていた。今回は委員さんの中でも「一回聞いてみましょうよ」という声もありこの懇談会の参加となったのである。

夜の7時30分から始まった懇談会は、10時まで私たちも参加して行われた。この事業に対しての説明が十分でないということ、唐突に結論を突きつけられたという感想、自分たちも注意を払っていなかったことは悪いのだがもう少し時間をかけて丁寧に事業を推進すべき等などの意見が寄せられた。

ここでその問題に対してのコメントはしないつもりだが、今後の課題も含めて行政も議会ももっとこうして市民の中で結論あり気でない議論を戦わせてその中で百論出てくるけれども幾つかのヒントを与えられることも事実だと思う。こういうアプローチの仕方を工夫しながらの事業の展開を計るべき時代になってきているのかもしれない。

予算が十分に取れない厳しい財政状況の中でこそ丁寧な視点での事業展開をしていかなくてはいけないのではないか等々様々な感想を抱きながら話を伺っていた。

 

市役所で打ち合わせを行った後で、役所から出るバスに乗って今夜開催される「土木建設協同組合」の新年賀詞交換会に参加をしたかったのだが、その後予定が詰まってしまい早めに失礼をしなくてはいけないということでいったん自宅に戻って仕事を片付けた後にヒルトン小田原に向かっていくとかなりの勢いで雪が降り始めていた。

このホテルの周辺は小田原の中では珍しく雪が良く舞い散る地域である。「これは失敗したかな」と心の中で思いながらも着てしまった以上できるだけ早く失礼をすることにしようということで、心を決めて会場に向かった。

ここの所賀詞交換会で何回もお会いしている来賓の方たちと肩を並べながら挨拶が終わって懇親の席になった。議会事務局の若手の職員情報で、ヒルトンのカレーがおいしいということであったのではじめにそのカレーを食したところ大変においしかったので皆に自慢げに勧めて歩いた。

時間や会の空気を見ながら退席をさせていただいてきたのだが、雪は相変わらず降り続いており、いいタイミングで抜けられて良かったという感じで自宅に戻り、そこから来客を2人応対しながら夜をすごしていた。

朝7時30分自宅を出発して、市内一周駅伝大会の開会式に参加をした。毎年恒例のこの大会も本年から実業団駅伝と同時開催ということになったようである。開会式に参加をしている議員の数も多いのには少々驚いた。

9時にスタートし、私は次の用事があるのでそちらに移動をした。レースは実業団が入ったためなのかどうか繰り上げスタートが多く、ゴールしてからの最終順位の確定に時間がかかり閉会式がずれ込んだようである。自分の居住している地域のチームの反省会に顔を出したのだが、予定の時間に選手は戻ってこれないようで、次の会合に行く時間になってしまったために会場を後にした。

南足柄市文化会館に移動をして、地元の県会議員の新年の集いに参加をした。懇親会もなく、会場に来た人はいすにきちんと座って話を聞けるということで、1時30分から始まった会合は3時の県会議員の挨拶が終わるまで何人かの挨拶が行われた。

いつもこういう会合に来て思うことなのだが、この地域は丁寧に来賓に対応をするというのかどうか登壇する人間が多いような気がするのだがどうなのだろう。主催者の県会議員の挨拶が時間調整で非常に短くなってしまうことに参加をした県会議員の後援会の人たちはどのような感じをして聞いているのだろうかと思いながら、私も話を聞いていた。

3時の休憩のあとは演芸会のようになるようで、そこで失礼をして帰宅をした。新年の会合はまだまだ続いていくのである。

朝9時過ぎには小田原の川東タウンセンターマロニエに到着をしていた。かながわ食育サミットというイベントに公明新聞の記者が取材に来るという事が私たちの会派の議員が全員集合したきっかけなのだが、私にとってみると所管のイベントであり、参加すべきなのだと思いながらも第3回今年は小田原市が開催都市という事で参加をさせていただいた。

本日と明日の2日間様々な公園やイベントが開催されるようである。地場食材の料理教室をのぞいてみて子供とお母さんや、中にはお父さんが一緒になってイワシとひじきのカレー餃子に取り組んでいた。

食育という概念は近年急に出てきた言葉であるが、子供の生活習慣と健康障害を問題点として学力低下や、体力の低下等々の問題があげられているとおもっている。平たく言えば本来の食生活を取り戻し、子供の食生活の習慣を健全化していこうというものであると思う。本来はこういう形でイベントとかしなくても各家庭で行われていなければいけないものではないかとも思うのである。

私たち親の世代が本当にきちんとした食生活や3度のご飯をきちんと食べるという習慣を身につけていないこと、共働きの家が多く、子供には大切な食に対して、手をかける時間が少なく、出来合いのものを買ってきて済ましてしまう食生活の貧しさ仕方がないと言えばそれまでかもしれないが、こういう事は私の子供時代から数が多くなってきているように思われる。

昔ながらの日本の国に戻すことが本当の意味での食育になるのではないかなどと一人で思いながら参加をしていた。

午後からは市民相談3件相変わらず繁盛をしている。

朝小田原駅発10時の電車に乗って横浜駅に向かった。本日は公明党神奈川県本部の新春賀詞交歓会である。近隣の首長さんがたには1月30日に行われる公明党小田原総支部の時局講演会に来賓として参加をお願いしているので、ここで迎い入れを行いながらついでに挨拶をさせていただいた。

会合が開始されるとすぐに小田原で用事が3時からある為に1時32分の電車で帰宅の途に就いた。駅のホームでシュウマイ弁当を購入し、弁当を食しながら電車に乗っていった。

3時過ぎから用件を2件済ませて自宅に一旦帰り、知人との食事会に出かけた。初めて行くお店であったので物珍しさもあってキョロキョロしながら食べていたが、こういう若い人が集まるような店については私たちの世界の関係者がまずいない分ゆったりとした気持ちになるのはいいものである。

自宅に帰ったのは9時30分になっていたがそれから書類を作成にかかり、結局終了したのは11時すぎになっていた。

午前中には市民相談の話を聞きに行き、1件で午前中が過ぎてしまった。11時すぎには役所につき、様々な打ち合わせをしているとすぐに議会改革検討委員会の時間になった。

今回の検討委員会において陳情審査の結果について本会議ですべて議決をすることになったのだが、委員長に対しての質疑について様々な意見がありその集約が目的として開かれた感がある。委員長というのは質疑をされることに慣れていない。議員は攻めるのは得意だが攻められるのは苦手なのである。そうはいっても議決をするとなると質疑討論はしなくてはいけない決まりである。どこまでの質疑が出るかなどという想定そのものが無駄な事で、自分の考えに反対の結果が出て委員長を困らせようと思えばどのような質疑も可能になるのである。そこを議長がどのように裁くかというところも今後の大きな課題になってくる。「いつから?」という問いに私は「5月の役員改選を受けて6月議会からでいいんじゃないか」といった。自分が委員長を現職でやっているために逃げたというのが本音なのかもしれないが、この議論に参加をしていない委員長が3人いることも忘れてはいけない。質疑を受けるであろう委員長が4人いるのだから、同じ共通の条件でスタートをすべきであると思ったからである。

本来は現在懸案の陳情があるのでそこが委員会として決まる前という事にしたい気もしたのだが、変革期は少々の時間のづれは仕方がないことだと思っている。後は議長、副議長、監査委員の任期や選出方法のみが残された課題になってきた。

夜は湯河原に会合のために出かけた。帰宅は12時近くなった。

午前中は午後から開催される小田原総支部議員会の資料を自宅で懸命に作成をしていた。結構な量になりコピーも大変な量になったがそれを会場まで運ぶのがまた、ひと手間である。

午後に役所に行き、所管と打ち合わせを行いそれから議員会が始まった。この間の神奈川県本部で行った幹事会の内容を順番に説明をしていくのだが、これだけで23枚の資料があり、理解をしてもらいながら話を進めるのは一苦労である。

その後は1月30日に開催予定の時局講演会の打ち合わせを行い。午後5時過ぎまでかかって何とか終了をした。このあと一人一人が理解をしているかどうか様々な形で話をしていかなければならないと考えると気が遠くなりそうだが、この地域を担当する大切な16人である。一丸となりしっかりと一つになりながら進んでいくための労力は惜しんではいけない。

その後議会事務局と若干の打ち合わせを行い帰宅。19時過ぎに自宅に帰ると電話が入っておりそこから2軒訪問し、相談事を伺った。法律関係のことがやはり最近多いようで、この相談もそのような相談が2件であった。

10時に帰宅。少々疲れている。

 本日は毎年1回やってくる成人式の日である。議員になってしばらくしてからひどい成人式に慣れてしまった私にとっては「今年はどうなのか」いつも思いながらいく成人式になっている。ひとつの成人の儀式という事もあるのだが、ここに参加をしている私たちの意識についてもこういう繰り返しでいいのかと素直に首をかしげてしまうところもある。式典は見事に実行委員がきちんととり仕切り15分何事もなく終了した。15分間の式典その後は成人の人たちが織りなすイベント会場に様変わりをする。心の中ではいくつもの疑問がわいてくるのだがここでいう事もないだろう。

その後市政功労者と孝養賞の贈呈式に参加をした。いつもの事ながら淡々と式典は進み、陰で市政を支えていただいている人たちには心から感謝をするものであるし、親孝行の子供に対しての表彰には心温まる思いがしてくるのだが、私たちが育った環境ではこういう事はある意味あたり間になっていたことが、今は表彰の対象になるのかと思うと少々考えてしまうところが出てきてしまうのである。

その後1つの会合に出席をした後に、南足柄市文化会館にいき30日開催の「時局講演会」の打ち合わせを行った。1時間ほどかかりながらも要点を確認し、とりあえず何とか開催の方向が見えてきたことに一安心をした。

夜は別の会合に2つ参加をして自宅に帰宅したのは10時を過ぎていた。

朝8時15分の電車に乗って横浜に向かう、こういうときに距離感を感じるもので横浜が神奈川県の場合どうしても中心地になる為に小田原から10時の会合に出掛けるのにこの時間にスタートという事になるのである。

横浜では神奈川県本部の幹事会に参加をした。様々な事で意見をぶつけ合うためにどうしても時間がかかり、終了したのは12時30分になっていた。その後の会合の予定がある為に急いで自宅に車を取りに帰った。そこで遅めの昼食を取ろうと思っているところに来客。応対しながら電話を2本かける。その後昼食をとるとすぐに厚木に向かって移動をする。

厚木で2つの会合に参加をしながら、様々な問題点の整理を頭の中で行う。ちょっとここのところキャパシティオーバーになっているような気がしている。少しづつ今後のことを含めて整理をしてやらなくてはいけないことについて整理をした。

自宅に帰ると10時過ぎになっていた。

午前中にあたふたと役所に行き、準備をして会派の会議を行った。結構打ち合わせをしなくてはいけない内容が多く、あっという間に1時間が過ぎとりあえずそこで終了となった。何かにつけてこちらが準備をして打ち合わせをしなくてはいけないのだが、この辺がもう少し変わってくると能動的な動きができてくるのかもしれないもう少しの辛抱になるのかどうか?

昼休み時間に書簡には申し訳なかったが後の予定の関係があって打ち合わせをさせてもらった。新しい構想の素案についての説明であったのだが、2月に委員会で改めて説明をしていただき、議会の議員の意見も参考に最終的な成案を作ってもらえるような要望をした。意見の内容はともかく様々に意見を聞く体制を作ってそのほとんどは採用できなくてもその中にはなるほどと感心する意見が出てくることが多い、パブリックコメントの取り方にも今後は工夫をしてもらいたいと思っている。

そこから湯本の湯本ホテルに行き、3時から市政研究会が開催された。今回のタイトルは「新しいまちづくりに期待される議会・議員の活躍」というタイトルであった。全国町村会の人が講師でやってきたのだが、なかなか示唆に富んだ話ではあったものの、一般市町村の現状については正しい理解をされているのかどうか疑問に思う事も多々ある内容の話であった。ひとつ大きな成果として、地方分権という言葉を国は便利に使いながら、結局中央集権化を進めているという実態については大いにうなずけるものがあった。夕張の破たんも一つの法律を成立させるためのスケープゴートであったという話には「なるほど」と大いに納得できるものがあった。通年開催の議会という提案についても今後検討する面白さはあるなという感想を持つことができた。

夜は同じ会場で議会の市政懇話会主催の新年会が開催された。食事をしながら楽しいひと時を過ごした後に多くの議員さんはそのまま宿泊であったが、私はどうしても行かなくてはいけない会合があり、そこから一人で帰路に就いた。

自宅に帰宅は10時30分であった。本日も1日終了である。

本日は午前中には医者に行き、毎月恒例の薬をもらいに行った。この時期に医者に行くのには十分気をつけていかないと風邪をひいて具合の悪い人が数多く来ているだけに思わぬ形になってしまうことが度々あるのである。そこから1月30日に開催される公明党の国政報告会の招待状を持って行った。これはこれで準備にあれこれとやらなくてはいけないことが多く、少々参っているところである。

午後からは、小田原箱根商工会議所の新年賀詞交歓会に参加をした。一通りのあいさつの後に鏡割りが行われ、乾杯懇談となったのだが、数多くの人が顔を出されていて、私自身は建設経済の委員長として参加をさせていただいたのだが、初めてのこの回の参加でなるほど小田原市の商工会の会合やその中心部にいる人たちはどのような人たちなのか改めて勉強になった。昨年の会頭選挙の問題は表面上は何もないように華やいだ雰囲気で開催された会合になった。

その後観光協会の事務所で少々休憩をさせていただいた後に、箱根湯本の富士屋ホテルで開催される、小田原JCの新年賀詞交歓会に参加をさせてもらった。始めに式典の部という事で1時間ほどの式典があり、そこで時間がいっぱいになったために、会場を後にして次の用事を果たしに行かせていただいた。

自宅に帰宅は夜10時、毎日こういう会合の連続になってくると合う人もかなり同じ人たちになってくる。この辺が何とかなると胃腸にも優しい1月になるのだがと思いながら、本日も1日終了である。

本日は朝から体がだるいので、7時過ぎに紙布段ボールの回収用に自宅のものを集積場所に出した後に休もうと決めた。しかしそういう風に決めた日ほど見透かしたように電話や来客があるのである。

秦野の会社から連絡があり、この仕事に関して私が打ち合わせるしか内容が分からないので、会社の人間と一緒に秦野に向かい打ち合わせをして帰ってくると午後2時になっていた。

そこから30日に行う国政報告会の関係の打ち合わせなどを行っているうちに夕方になってしまった。ここはあきらめてそこでブログの更新を行う事にした。

怠け者の私なのでどこか隙を見てなまけてやろうと虎視眈々と狙っているのだがなかなかそういう時間や場面がやってこないので少々参ってしまっている。

病院に行かないと薬もなくなりかけているのだが、あす朝一番先にそこからやっていかないといけないなと心で思いながらもどこかでなまけてごろごろしたいという欲求が日に日に強まっている感じになってきている。

 

本年は湯河原町議会の選挙がおこなわれる年である。朝からその打ち合わせの中で忙しい時間を過ごしていたのだが、夕食の時間だけそういう雑音とはかけ離れた世界の中で1時間ほど休憩をさせてもらった。

自分の周りがここのところ慌ただしい日々が続いているのでいくつもの事柄を同時進行で進めている自分が首の閉まらないような配慮を自分でするしかないというところが少々辛いところである。

愚痴はともかく最終的に、夕方から夜にかけては湯河原町の会合に参加をして、公明党として12月の末に決定をした湯河原町議会選挙の立候補予定者の紹介を党員さんの前でさせていただいた。これから77日間選挙に向けて様々な準備をスタートさせていく。二人立候補する予定であるがその一人が新人のためにこちらで気を使わなくてはいけないことが多々あり、その手を打つだけでも結構な仕事なのである。私の役目は応援していただく人たちが気持ちよく支援活動をしていただくように気配りをすること、そして、選挙事務所関係の仕事が問題なく終始していくようにチェックをしていくことである。気持ちよく頑張ってもらうためには言いたいことを言える場所が必要でその打たれる役目を私がすることになるのであろう。若いころからこうした役回りが多いのだが、ここはしっかりと頑張らなくてはいけないので褌をしめなおしてかからなくてはいけない。

なんだかんだ帰宅したのは10時近い時間になっていた。本日も忙しく過ぎてしまったのだが世間ではどのようなことが起きているのか皆目分からないまま就寝をすることに本日もなりそうである。

本日は盛りだくさんの1日である。朝5時前の起床し、5時40分には早川の小田原水産市場に到着をした。6時からの初セリの式典に参加し、そこで少し休憩をして次は青果市場に移動をした。ここが8時からという事で水産市場以上に寒さを感じるのはいつ来ても同じことで、ジャンバーを脱がずに挨拶をさせてもらった。

自宅に帰り9時からは近くの梅香園という障害者の施設にお邪魔をして、成人、新年を祝う会に参加をさせてもらった。ここでも1時間ほど滞在をして一部の式典に参加をした後に失礼をしてその後は自分の会社のの新年の初顔合わせに顔を出した。

そこで2時間ほど今年の話題などを中心に懇談をした後に横浜に向かい出発をした。党の新年の会合に参加をするためであるが、だいぶ眠くなってきている。

横浜の会合は2時間ほどの会合であったが今年もしっかりと基本に忠実に頑張っていこうという事で帰ってきた。自宅に到着したのは19時30分という事で長い1日は終わりを告げようとしていた。

とにかく盛りだくさんの1日でしたが、大切な話がいくつもあったので今後の打ち合わせをしなくてはいけない内容に関しては整理をしてから休む事にしました。

本日から市役所をはじめとする官公庁や多くの会社が仕事始めである。金曜日という事もあって本日だけ出勤をして明日からまた休みというところも多いようである。

私たちも午後から役所に行き、あっちでもこっちでも会う人ごとに新年のあいさつを交わした。昨年の暮れから市長選挙の話題で少々食傷気味になっている私はそういう話題を振られても答えようがないので困っているのである。今のところ私たちの政党は何も決めていないし検討もしていないのである。ああだこうだ話が独り歩きしていてその確認で逆に聞かれるこういう事が続いているので先ほど書いた用の少々もてあまし気味なのである。

どちらにしてもその話は置いておいて、新年は決して明るい状況にあるといえるものではない。サブプライムローンの問題から米国経済が急速に下がり始め投資マネーがオイルの先物に投入され1バレル100ドルというとんでもない金額になりつつある。ついこの間まで1バレル10ドルぐらいであったという記憶をしているのだが、10倍に跳ね上がったという事は今後それぞれの石油製品に影響が出てきて、消費者の生活にもろ影響が出てくるという事になるのではないだろうか?

こんな状況の中で選挙なんて言う事よりも国民の生活を最優先にしなくてはいけない政策を緊急で超党派で整理し手を打ってもらいたいものである。

いずれにしても賑やかに今年が始まり、厳しい状況の中で身のすくむ思いである。その後の集まりにお誘いいただいたが早々に自宅に戻り仕事をさせていただいた。

駒澤大学が3年ぶりに箱根駅伝で勝利をした。戦前予想をしていなかっただけにその結果については素直にうれしいという感想である。

しかし、復路のスタートの6区ではブレーキになり早稲田大学と差が3分を超えた時には正直厳しいなという感じであった。今回は史上初めて3校が棄権をするという波乱の結果になったのだが、駅伝だけはどこでブレーキになるか分からないという怖さがある。ブレーキになった区間をどこで取り戻すのかどこで取り戻せないのかそうした判断が必要になってくる。

順天堂大学にしても大東文化大学にしてもそのブレーキがあったゆえの無理がそういう結果になった。ましてや優勝候補筆頭の東海大学においては6区、7区でグッと差を詰めた後の8区がブレーキ気味になり、9区、10区の選手が無理をした入りをした。普通では考えられないところで足を捻挫して残り2キロ地点で棄権という結果になったのは大変に残念である。

駒澤大学についても6区のブレーキを7区で1分差を縮め8区では区間賞の走りで差を15秒に縮め9区の逆転につなげた。こうしたつなぎがきちんとできたという事が優勝の原因であると思う。全10区間で優勝校が区間賞を一つしか取らないというのも一昨年の優勝校の亜細亜大学以来のことである。「戦国駅伝」の名にふさわしい僅差の結果で来年以降も激しいレースが期待できそうである。学連選抜が4位に入る健闘をしたというのも驚きであった。

これで私も力を入れた新年の活動をすることができる後輩たちに感謝をした気持ちである。

いつもの恒例により大学駅伝は箱根の某所に大学の先輩後輩なんやかんやが集まって賑やかに騒ぐことになっているのでそこに足を早朝から運んだ。これも自分の大学が強いと盛り上がるのだがここ2年間優勝を逃してういるので何となく集まりも以前ほどに多くなくなってきている。以前のように強い時には往路が終わった後にもホテルでの祝勝会がセッテイングされたりしていたのだが最近はそういうお誘いもないという事はやっていないのだろうか?

いずれにしても基本はテレビ観戦なので注目しながら見ていたのだが、2区から3区に入るぐらいになって何となく眠たくなってきてそのまま寝てしまい、ハット起きた時には5区の山登り区間に入っていた。今回は早稲田大学が山登りが強く、途中までいいペースで来ていた駒澤がかわされ、2位での往路のゴールとなった。

監督の言っていたような予定通りのレースになった事で明日の総合優勝が見えてきたという事で、そこから祝杯をあげ、友人の車で自宅に帰ってきたころには結構酔っている状況になった。そこから新年恒例の親戚が集まって新年会が行われ、途中でゲームのWIIで遊んでいるとよいが急に回ってフラフラになってきた。

ジャンプ競技やボクシングを続けてやったのがいけなかったようでしばらく安静にしながら楽しい時間を過ごしていた。いつもと違い今年は4日の日からフルに予定が入っているので明日は1日自宅で駅伝をテレビ観戦することにした。大学時代の友人から年に1回の同窓会を明日やろうとお誘いの電話がかかったのだが、夜遅くまで騒いだ後に帰宅をするのが結構いつも遅くなってしまうので行かないことにして御断りを申し上げた。こういうところにも年齢を感じてしまう今日この頃である。ただ、テレビゲームで肩を随分動かしたので肩のコリがほぐれたような気がする。

 元旦の朝はいつもより少し早い起床で、6時には食事をしていた。前日からの寝不足というほど昨晩も遅くまでは起きていなかったので爽やかな元朝を迎えることができた。今年も相変わらずではいけないので気持ちも新たに1年を過ごしていこうと決意をしながら、雑煮をほうばる。

8時からは支援組織の新年の会に参加をさせていただき夕方までの時間あいさつに立たせていただく。毎年これほど多くの人に元日にお会いできるという事は大変に有り難い思いである。本日会った人達に正月のうちに会おうと思ったらそれこそ大変なことになる。1か所にいるだけで多くの人との挨拶をとりあえず済ますことができるのだからありがたいと思っている。

途中電話が入り、湯河原町議会選挙の打合せが入った。この日はすでに予定を組んでいたのだが、私自身がこの地域の責任者という事で党の行事に参加をするのは当たり前という状況ではこれを優先せざるを得ないという事になる。今年もなにやかやで忙しい1年になりそうである。

夕方自宅に帰ってから数多くいただいた年賀状の返信を手書きで書き始める。年々頂いたはがきの返書しか出せないものだから数は減ってきているもののかなりの枚数になる。時候の挨拶を禁止している公職選挙法の規定はよくわかるのだが、せめて答礼のはがきをパソコンで打ってもいいようにしてもらえないものだろうか?そんな事を考えながら自筆のはがきを書いていた。選挙区外のいつも来る方には年内に結構だしてあるのだが、市内については法律が定めているところに従うのは当たり前のことである。しかし結構大変だ。

正月となるとテレビもそれほど見たい番組をやっていないので何となく早い時間から自分の部屋に行き、いつもできないようなことをする時間ができていることには少々驚いた。

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