2008年3月アーカイブ
朝8時30分に通いつけの医者に行く。定期的に検診をして、健康であるかどうかの検査の結果について聞きに行くものだが、すべての検査がいい結果で問題なしという事であった。
自分では望んでいないのだが、「メタボ検診」なるものもしてくれたようで、ウェストは規定をオーバーしているもののそれだけでほかの検査は問題がないので問題なしという事になった。
厚生労働省が今躍起になって医療費の増大に歯止めをかけようとしている。介護予防という考え方にしても本来はもっと昔にできていなくてはいけない考え方だし、このメタボにしても成人病に関しての危険性を少なくするという事なのだろうが、禁煙運動と一緒で一気に流れを作ろうという事にはどうも賛成ができない。喫煙にしても本当にそのような科学的データーに蓄積があって言っているのかどうか疑わしいところもある。私自身は喫煙習慣をおかげで4年前に辞めることができたのだが、だからと言って今の風潮についてはどうかと首を傾げるところもある。
たばこを吸いたい人にはきちんとすえる場所を作ってすわせればいいと思う。そのために税金をとっているのだから、もう少しゆったりとできる喫煙場所の提供をしてもいいのではないかと思ったりしている。その分たばこの単価がもっと上がっても喫煙者は問題がないと思うのではないだろうか?一方的に今のように継子扱いされるよりその方がいいというにきまっている。
たばこを自動販売機で買うのに写真入りのカードを作る必要があるというのだが、写真入りにしてどうするのかな?本人認証かなんかするはずもないのに写真入りにする意味が分からない。最近の政府はこうした意味の無いようなことが多すぎるのではないだろうかきちんと説明をしてください。
回復は順調で膝は全く痛くなくなったので横浜に行くことにしました。衆議院議員の後援会の人の所を訪問し要望を聞くというもので、そうはいってもまだ全開にしてはいけないと思いながら、4時間ほど動いて帰宅をしました。
最近こういう活動をしていて思う事があるのですが、本当に人に会うことが難しくなっているということです。市民活動にしても熱心に行われている人に対しては一定の情報は流れていくと思いますが、このように普段家にもめったにいない人たちが増えている状況の中でその人たちが情報を得る手段は一体何があるのかということです。
市民活動家はよく、住民投票をしようという言葉を使います。私には理解のしがたい言動をすることのある議員も自分の考えはさておきながら、住民の意思を尊重してという言葉をよく使っています。本当に住民の側にたつという事はどういうことなのでしょうか?住民の総意で物事を決めていくようにするという事になった時に、このように普段家にいない人たちにきちんとした判断基準になる元をどこで提供し、どこで説明を行うのかというルールを作らなくてはいけないのではないでしょうか?適切に判断をすることができ難い今のような状況の中で住民投票が全て正しいという解釈は本当に正しいのでしょうか、私は疑問に思っています。
反対に住民にどうしても適切な情報を伝えなくてはいけないという事柄に対して行政は今のやり方で十分なのでしょうか適切な判断とは適切な情報と材料によってなされるもので、その提供の仕方は今後の大きな課題になってくると思います。「城下町ホール」の建設についての反対運動をしている人の中にも適切な情報と適切な判断ができる環境が整うと結果が変わって来ている人が何人もいます。これも今現在行政が抱えている大きな課題を行政が乗り越えていない結果であると思います。
そういう意味においてマスコミの果たす役割は大きいと私は考えています。暫定税率の問題も本当にこのままでいいのかどうか与党も野党ももう少ししっかり考えないと、国民の政治不信は増すばかりだと思います。
大きな声の独り言でした。
朝医者に行くと、「膝の水はきれいになくなっているもう大丈夫だよ。運動してもなにしてもいい。しかし、半月板がない分水が溜まりやすいので、おかしいと思ったら早めに来るように」という事で無罪放免となった。そう言いながらも実は膝そのものは治っていることを確信しているのだが、ふくらはぎの付け根の筋とか大腿筋の一部に痛みが走るというような症状が出てきている。これは膝をかばって約1週間以上生活をしていた後遺症という事で徐々に痛みがなくなるのを待つしかないようである。
妻と二人でそこから文学館に行く。写真がこのブログにうまく載せられないので困っているのだが、桜で有名な西海子小路の桜は8分咲きというところかな素晴らしい眺めにしばし見とれていた。文学館の中の庭も散策をした後に小田原城址の桜を見るここもほぼ8分かなもう一度に春が来たという風情で心地の良い風に吹かれながら春を感じていた。
そこからここで新しくオープンされたシティーモールフレスポに行ってみました。長いことかかってやっとオープンの運びになったものですが、今までのシティーモールからアプローチをするとそのままフレスポの駐車場に移動ができた。土曜日ということもあってかなりの賑わいでしたが、そこのスポーツ用品店に行きいつもよりは半額に近い値段になっている、上下のジャージを購入しました。よそいき用のジャージという事で医者に行ったり、ジムに行くときに着るものであります。勝手なもので少しの時間其処にいただけで人に酔うような感じで疲れるので出てきました。出る場所については委員会の中で言ったことがあったのですがもう少し移動をするとライオンの工場の出入り口と十字路になり、交差点ができて信号の設置ができるのではないかと思いましたが現地を見てなおさらその感が強くなりました。
イトーヨーカードーに移動し買い物をして帰宅しましたがどこも人がい多く出ていて、春爛漫という雰囲気でした。花は人を活気付かせて行くのかもしれません。
午前中自宅で休んでいたが、だいぶ楽になってきた。無理して動いていた分膝をかばうようにしていたらしく周りの筋肉がこわばって痛み始めているが、膝そのものは痛みがなくなってきた。水を抜くと同時に注入された薬と痛み止めが効いているものらしい。
役所に着くと観光協会の理事会の前に、異動が決まった職員から挨拶を受ける。実はこういうものは苦手な領域になるのでできるだけ、こういう場面に立ち会わないように異動の前後は役所に来ないことにしているのである。今回のような場合は仕方がないのだが、本人が意気揚々と異動する場合はともかくとして、今のように市民の権利意識が高くなり、要求のハードルも上がっている中で、人によっては大変なところに異動だなという場合が多く、頑張ってほしいという気持ちが強く働くのである。
御世話になった部長の所に行ったが二人の部長ともに同じ会合に出て留守で、どうにも仕方がない。今後また様々にご意見を伺う場も多くあると思うので今後また挨拶をすることにしてよろしくという伝言を残してきた。
観光協会の理事会は主な質疑もなく淡々と進み3時前には終了し解散となった。膝の痛みがうそのように消えたことがうれしいのだが、医者に言われたように明日医者に行くまでは安静にしようという事で、今夜大切な会合があるのだが、参加される主な人全員に欠席する旨を連絡した。
嘘を言っても始まらないので本当の症状を報告しながら、12人に連絡をしているうちに夕方になってしまった。
夜は自宅にて静養をした。
朝膝をがちがちにテーピングして議会に向かう。とにかく痛みが酷いので本日私の右膝を手術した先生の所に議会が終わり次第向かうことにした。
議会が10時に始まり、初めに予算特別委員会委員長の報告、討論が行われた。賛成討論反対討論花盛りで、気がついて数えてみると我会派だけがやらないようでそれはそれでみっともないことである。今回は年齢が上の二人が委員なだけにこういう動きに関しては鈍い。仕方がないので私が急きょやることにして、手を挙げた。一番最後に私の討論で締めくくる形になった。賛成多数で可決確定をした。
その後直接請求の「無防備都市条例制定を求める直接請求」についての委員会報告があり、委員会が否決の結論である為に原案についての採決が行われた。賛成2名反対25名で否決をされた。内容についてはともかくとして、今後はこういう直接請求も増えてくるだろうし、議員は様々な問題についての見解を求められるようになってくる。高い見識が必要だ。市民の意見に耳を傾けるのは大切だし必要だが、自分自身の意見をキチンと市民に延べ理解をしてもらえるような高い見識とポリシーが今後の議員に求められてくると思う。
追加議案の上程が行われ、昼食休憩後採決すべての審議が終了したところで市長から発言が求められ、16年間の市政に携わってきた感慨と思い出を語られた。勇退をされるのは誠に残念だが今後もご指導を頂きたいものだと心から思う。長年にわたりお疲れ様でした。
膝が限界に来たところで病院に着いた。最悪の場合も覚悟してきたのだが、レントゲンを撮り、診断が終わると、「ずいぶん酷使をしてきた膝だね、水がたまっているので水を抜いて様子を見ましょう。」という事を言われた。これが痛いのなんのって膝に注射器を刺されて、水を50CC抜かれた。
後は安静にしておくようにという事なので、座敷での会合の関しては治るまで休ませてもらうことにした。議会の打ち上げと、今夜開催予定の会合のついて欠席の連絡をした。
自宅の戻り就寝をすることにした。
朝から動けない。膝の痛みがひどく杖を使用しないと歩けない。仕方がないので横になりながら、必要なことだけを最小限に行うことにした。
本日は小田原支部の党員会なのだが、立っていても座っていても膝がうずくために緊急の措置として、総支部長として参加はさせていただくのだが、初めにご挨拶をさせていただき、参議院議員の浜田氏の到着を待って帰宅をさせてもらうということである。本来はせっかく来ていただいた党員さんとの交流を大切にしたいのだが、症状がどうもそれを許しそうにない。
会場に行き、まず二人の後輩議員のカラかいにあう。普段私に言われ続けている二人だけに仇を取るような気持ちでからかっているのだろうが普段の自分の行いが悪いという事で、まあ良しとしよう。言わせるだけ言わせてから、いずれにしても大切な会合をこの二人に任せるしかないので、噛んで含めるように流れの打ち合わせを行う。
DVD上映の後に私が挨拶をさせていただいた。湯河原選のお礼、公明新聞の拡大のお願い、4月の議員活動について話をしているうち浜田参議院議員が到着をした。自分の話を急遽省略して党員さんには他の会合出席のために移動しますと言って中座の許可をいただいた。浜田参議院議員にもよろしくお願いをして、心の中でお詫びをしながら自宅に戻ってきた。
明日は3月定例議会最終日だが、ひざは最悪の形になりつつある。
朝10時から議会改革検討委員会に出席のために自宅を出る。膝は相変わらず痛いのであるが朝のうちはまだ体が動くので助かる。
議会改革検討委員会は今回でとりあえず終了という事で議長の提出する答申書を確認した。1年間新しい体制で改革検討委員会を進めてきたのだが、一定の成果は納めることができた。必要なことはまだいくつもあるのだが、急進的に物事を進めても制度的にうまくいかないと思うので今回はここで良しという評価が妥当だと思っている。
市民から見てまだまだ開かれない興味を引かない市議会であるのかもしれないがこの変化をぜひ感じ取ってほしいと思っている。
代表者会が引き続き行われ、議長が園遊会に参加することなどが報告された。御本人は誇らしげに話をされていたそれはそれはよかったのではないでしょうか?申し訳ないが感想を申し上げるような頭に余裕がないようである。
終了後午後には資料を印刷したり、封筒を手配したりして、3時から5日の時局講演会の打ち合わせを行った。こういう資料づくりを一人で行ってしまう事が決していいことではなく、様々な議員に参加をさせなくてはいけないのだが、いつも時間の無い中で用意することが多く、説明している間に自分がやったほうが早いのでついつい自分でやってしまうのである。責任感の問題なのだが、責任感を共有するということはなかなか難しい問題なのだと思っている。
ひざの状態を心配していただいたが、歩けるときにはまだ調子がいいのでなかなか人の痛みはわからないものなのである。
夜は市民相談1件結構時間のかかる相談であった。
朝9時過ぎに役所に到着。頭がボ~としている。何も考える状態になく定刻になって本会議場に赴き、「無防備平和都市条例の制定を求める直接請求」の請求者たちの意見陳述を60分にわたって拝聴をした。
その後市長の意見等に対しての質疑が行われ、議会はこの案件を委員会付託という事で総務常任委員会に付託することを決定し休会に入った。
議会のあちこちで議員と意見交換を行いおおむねの審議の方向が見えてきたので、足の調子の悪いこともあり自宅に戻って静養をさせていただくことにした。何をしても膝がよくなってこないので少々いらだち気味である。
実は内心で10年前にひざを痛めた時に状態が似てきていることも自分の中でのいらだちにつながっているようである。あの時と違い今の私にはそこまでまとまって動けない日は作れない。困った状況になってきている。
夜厚木で行われる会合にも欠席をさせていただくことにした。しかし、会合終了後に5日に行う時局講演会の関係で作らなくてはいけない資料ができ、12時近くまで資料の作成を行った。膝の痛みは抜けてこない。
朝はゆっくりと寝ていた。昨日から膝がかなり痛み始めたためである。通常安静にしていると多少はよくなるので、できる限り安静に努めながら、刻々と湯河原町議選の投票状況が情報としてメールで送信をされてくる。
私が昔やっていたころに比べると大変な進歩で携帯電話に情報がいながらに入ってくるのだからありがたいものである。最近のほかの選挙の状況とそれほど変わらずに投票率は下げ気味で推移している。候補者数が定数の1オーバーという事で盛り上がりに欠けたこともあるのか5から6ポイント前回より少ない形で進んでいる。
私自身もあちこちに電話をかけながら投票所語との雰囲気を聞いたりしていたのだがこれは今回は前回を上回りそうにない。
午後5時には新人候補の事務所に行き、開票手順の打ち合わせと終了後の事務所の解体について打ち合わせを行った。
午後8時投票が締め切られ、低投票はそのままの結果となった。午後10時に新人候補は1000票を超えたという情報が流れ、万歳テレビも取材に来るなど大騒ぎに事務所になった。
12時近くに静かになった事務所に腰をおろし、2人の候補で388票前回よりプラスし、史上最高得票を上げたことを報告した。終わってみればあっという間なのだが何とも言えない倦怠感が体中を支配し始めた。事務所の後片付けを手伝いながら午前様の帰宅となった。
朝9時に役所に集合して、久野の塔の峯の頂上付近まで移動をした。先日から右の膝が痛むのだが歩きながらそれが違和感に代わるようで不安感がありながらも元来こうした行事が大好きで、今回5回目になるのだが、関係する委員会以外には通知が来ないために私自身は3回目の参加になる。
ふるさとの森に広葉樹を植林して森自体の土をまず蘇らせ、その土を通して流れ出る水にミネラルと栄養素を十分に含ませていく。そうすると川がよみがえり、その川の水が流れ込む海もよみがえってくる。こういう連鎖をキチンと壊してしまった人間がまた人間の手で作ろうというのだから皮肉な話なのだが、何もしないで批判しているよりは初めの1歩が大切なのである。地道にこの活動は続けて欲しいし今後も参加をしていきたいと思っている。
膝がかなり痛みだしているのでその後のいこいの森での食事はパスをして役所に帰り、いったん自宅に帰って着替えてから湯河原に向かった。
湯河原の選挙も最終日で協定を結んで音の出す遊説を毎日6時までと決めているので本日はどうするのかという問い合わせが続いた。湯河原に早く移行にも車が渋滞をしているのでやむなく、ターンパイクを通り奥湯河原から戻ってくるルートを選択した。始めにベテランの事務所に行き、様々な問題点について交通整理を行う。協定を守るというベテラン候補の考えを尊重しながらもそこで閉所式をしてしまうと運動そのものが終了してしまうという支援者の声も生かし、6時直前事務所前で街頭遊説を行い近隣に候補者自らが最後の訴えと御礼をいうことにして、事務所自体の閉所式は午後8時直前に事務所の中でおとなしで行うことを決めた。
最終日になると協定を破る候補が多く出ることもあるのでそれに備えた形である。新人候補の所に行って同じような流れを確認し、最後まで足を止めないでいこうと話をした。今回は手ごたえはかなりあるのだがどこまで行くか明日の投票日次第である。
10時過ぎに帰宅。足がかなり痛くなってきた。
朝9時に自宅を出て自分の住んでいる地域の隣の報徳小学校に議会を代表して式辞を述べに卒業式に参加をする。この間もこのブログに書いたのだが、卒業式の来賓挨拶を簡略化させて、市長も教育委員会も挨拶は紙に印刷したものを各自に配布をしている。したがって来賓挨拶は議会とPTAだけになっている。
この間代表者会で言ったのだが、これには様々な意見がある、簡素化だけを目的にして式次第を省略していくのは本来の意味と違うのではないかという意見、子供たちが主役で子供たちの思い出に残る卒業式を開催したいという意見。そのために来賓挨拶はいらないというのも乱暴な話のような気もするが、いずれにしても議論して結果を出すべき課題であると思う。そのためにはオープンな議論をぜひ行ってほしいと思う。私は個人的には議会の挨拶も無くせばいいと思っている。ただ、この学校のように来ていただいた来賓はきちんと紹介をすべきだと思っている。来賓は勝手にくるのではなく、学校が招待をするのだからそういう配慮は当たり前だと思うがどうであろうか?
しつこいようだが効率や合理性を求めすぎると人間が本来学ばなくてはいけないことを見失うのではないかと考えるがいかがであろうか?教育者だけが教育に秀でているわけではないということを再認識してもらいたい気がする。
午後からは臨時に議会が招集された。市民からの直接請求があったためで、「無防備平和都市条例の制定を求める請求」について地方自治法の規定通り有権者の50分の1の署名を集めて直接支給されたものについて市長は議会に提案をし、市長の意見を述べなくてはいけない。本日はそれが行われ、24日には意見陳述が6名の方から行われる。
その後社会教育委員会の会議に参加をする。これはいつもの事ながら議論百出でまとまりがつくのかといぶかしげに思うような状況の中で3時間余りの時間を費やして一定の方向に議論が集約された。
終了して出てきたら5時すぎていた。そのまま夜の会合に移動をした。午後9時近くまで市政の様々な問題についての意見交換を行った。
春分の日について最近はとみに3月議会中という事や卒業式の合間の日ということもあって墓参りには全く無縁な日になってしまっている。
本日もご多分にもれず朝から湯河原に行き、様々な雑用に精を出す。よく総支部長の人たちと話すのだが、党の総支部長といっても一番大切なことは雑用に精を出し、他の議員が納得して動ける状況を作っていくことが一番の仕事なのである。私の党の一番いいところは役職が上がるほどに仕事が多くなり、議員の言いたいことをしっかり聞き対応をしていく責任を持つというところであると思っている。
その責任感がなくてはこれだけ大変な役職が単なる権力の象徴のようになって組織は機能しなくなると思うのである。公明党の公明党らしいところはこんなところにあると思っている。たまにそうでない人も見かけることがあることはあるがそれは少数派である。
そんな余談はともかくとして様々な場所に行き、様々な苦情処理をしていると時間がたつのが早い。また、座敷に座って話時間が長くなるので夕方になると昔半月板損傷で手術した膝がずきずきと痛みだしてくる。ほぼ手術した時から使いすぎたり、今の用に胡坐を組む時間が長い日が続いたりしてくると痛みが増してくるのである。
膝をさすりながら最後の打ち合わせを行い事務所を後にしたのが午後9時であった。
朝10時から建設経済常任委員会を開催する。3月定例議会は予算審議が主な議会なのでその中で所管の委員会関係の質疑も行われる。その中で行われなかったものを報告事項として2件また、継続中の陳情についての陳情審査を行った。
陳情審査は「お城通り再開発事業」の賛成と反対の双方の陳情で7件これは市長選の争点にもなっている問題なので、市長選での民意を見てからという思いが各委員の中に多く、報告事項が今回はなかった分質疑は行われたが継続審査という事になった。
他の報告事項については活発に質疑が行われ午後1時近くなってすべての案件が終了した。これで正規の委員会はという言い方をすると誤解を招くが議会中の委員会は自分の任期中は無事終了となった。4月にも一度休会中の委員会をするようになると思うのだが、ここで担当職員の異動などもあり、一つの区切りが自分なりには着いたという気持ちである。
終了後湯河原に行き、新人候補の事務所を中心に動き出す。新人候補だけのつたない街頭演説が意外な効果を上げていることに選挙のあり方そのものを自分自身も根本から見直さなくてはいけないなという感想も持ち始めている。自分自身の選挙についても告示以降は積極的に街頭演説をさせていただいた。自分の声で自分の思いを伝えていく。この数をきちんと増やしていくことを考えていかなくてはいけない。そんな思いが最近とみにし始めている。
煩いんじゃないかとか、ポスティングにしてもゴミを増やしているだけなのではとか、自分で自分にだけ出しをしているような日常活動の在り方を今後は是正をしていかないといけないと反省しきりの日々になってきている。
結構時間に追われているのだがそれに負けてしまってはいけないことを新人候補の戦いの中で私が学びつつある。
朝9時に自宅を出発公立幼稚園の卒園式にでかけた。園児はどの顔もはつらつとしていて、これから新しい旅立ちという嬉しさに満ち溢れた顔をしていた。
親御さんの多い卒園式だという感じも強く持った。いつもよりも父兄席が多く、子供たちの後ろだけではなく、卒園児の後ろの席までが親御さんで埋まっている。少子化社会という問題よりも夫婦で子育てを行うという事が定着をしてきたのか、はたまた、家族のイベントには全員参加が当たり前になってきたのかとにかくお父さんの出席が多いのには驚いた。
ここの幼稚園の卒園式も13年連続で参加をしているが、13年前と起きな変化が起きているのはこの父兄の参加のことかもしれないなと思いながら式典に参加をしていた。
11時30分に幼稚園を失礼して、そのまま湯河原に向かう。本日告示になった湯河原町議会選挙の様子をみるためである。私は両方の陣営を見ることになっているのだが、基本的には新人候補のほうがどうしても主眼となる。心配な点も多々あったのだがどうやら無事に出発をしたようなのでほっとした。
様々な問題点が次々にわきあがってくるのだが、これはいつものことなのでその一つ一つをしっかり対応をすることによりできるだけ早く問題点をクリアすることの大切さを他のメンバーに伝えた。貯めたら爆発する、常に空気を入れることが大切なのである。
10時に帰宅。少々疲れ気味である。
本日朝10時から予算特別委員会の総括質疑が行われた。私は私用で30分ほど遅れて傍聴に参加をした。各予算特別委員会のメンバーが各費目ごとの調査質疑を終えて、市長に参加を求めて予算全体のまとめの質疑を行う場である。
私自身数年こうした予算審議のあり方に疑問を持ちつつある、特別委員会を設置するというのはそれだけ重要な調査活動を議会として行うという事なのだが、実態は勉強会になりつつある。もっと各議員が事前予算を勉強してきて、というよりも決算をしっかりと踏まえて小田原市がどういう予算編成をすべきなのかという議論ができるようになりたいと思っているのだが、道のりはかなり険しい気がする。
午後5時過ぎに最終採決が行われ、賛成多数で予算は原案の通り特別委員会で承認をされた。
予算特別委員会の委員さん各位には心からご苦労様と言いたい気分である。市長選挙が近づいている割にはそういう話に盛り上がるわけでもなく淡々と議会が進んでいる気がしている。それはそれで大切なことなのだが、自分たちが議論をする対象になる首長を選ぶ話もここまで来ると何か話をした人間が何かを意図して動いているように勘違いをされるようになるので、下手なことは言えないという雰囲気が議会全体を覆っているような気がしている。
いずれにしても3月定例議会は一つのヤマを越えた。
朝ゆっくり寝ていようと思っているところに7時30分に電話がかかってきた。どうも湯河原の選挙事務所の関係でうまくいっていないことがあるらしく2陣営からお呼びがかかって最初に新人候補の事務所に顔を出して問題点の整理を朝から行い。順番に問題を片づけていった。
昼になってベテラン候補の事務所に顔を出しながらその前の店で食事をした。日替わりランチの量の多いのに驚きながらもさすがにベテランの事務所だけあって設営そのものは順調に進んでおり、いくつかの事務所の仕事の確認と、届け出やはがきの投函に誰が行くかなどの基本的な確認をすればいい状態でこちらのほうはほっとした。
もう一度新人候補の事務所に移動し、設営を手伝いながら、事務長と出納責任者と婦人の打ち合わせを行い細かな問題を一つずつ片づけていった。事務所関係はだいぶ見えてきたところで別の会場に移動をして告示後の候補者の遊説活動の内容についてを具体的に相談をした。
女性なので告示後に着る服装の点検なども行いおおむね準備ができたのが午後6時ごろで、後は明日の夜に最終的に詰めることと街頭遊説の原稿を用意してきて候補に遊説の練習を明日の夜急きょやることになった。
湯河原から6時に出ても途中が渋滞していて帰宅に時間がかかる。旧道を途中からとおってきたのだが自宅に帰ったのが7時過ぎになっていた。そこで一つの会合に顔を出し自宅にもう一度戻って後輩が候補のために書いた原稿の手直しをし始めるやっと今の時間になってすべてが終了した。
肩と背中が凝ってバンバンになっている。
いつも反省をしながらいつも先送りになるのがブログの更新である。朝からしっかり約1カ月分のブログの更新に取り組んだ。ここまでたまるとなかなか思いだせない日もあって、ヒントになるものをいくつか用意して臨んだのだが最終的にはこの日は省略しようなんてことが現実に起きてくる。
大した事をしていない日と大した事はしているのだがブログとして書くことが適切であるのかどうかという判断をすると少々疑問の部分が多くなってしまって書くことをためらう日が出てきてしまうのである。
いずれにしてもため過ぎたという事は問題が多いのとすぐに更新だとどうしても生々しい言葉で書いてしまいがちで後で振り返って冷静に書いたほうがいいことなどが最近は複数ある為についつい更新が遅くなる傾向にあるようだ。
最近は特に毎日の更新記事というものにこだわりきれなくなっているので日にちが飛んでしまう事に関してお許しを頂きたいと思っている。
夕方からは久しぶりに自分の新聞である「今村洋一フォーラム12号」の編集を行った。4月5日に党の研修会を行うのだが、春と秋に行っている市政報告会を今回はかねるという連絡を含めた内容で1年間の議会活動の報告をまとめることにした。1000部近くを印刷して近隣の人の所に配って歩くことにした。
今後はこういう活動もさらに活発に行っていかなくてはいけない。最近は政治活動というよりも何をどのように考えているかという主張を明確にしたものを出していかなくてはいけないという気になっているこれもこの1年間の変化であると思っている頑張っていこう。
8時から市民相談1件 9時にすべて終了した。長い1日で目が大変に疲れた。
午後1時30分から議会改革検討委員会が開催された。正副議長の任期、監査の任期、各常任委員会の任期や選出方法についてがこの委員会として残された最後の課題になっていたが、最終的に意見がまとまらずに委員会として結論を出すことを見送ることに決定をした。
その後代表者会が開かれその中で教育委員会から過日おこなわれた中学校の卒業式の中で教育委員会の言葉と市長の言葉が本人がきていない時には省略になった事を議会に報告していなかったことに対して陳謝があった。変更の理由が子供たちの卒業式なのだから子供たちのために時間を使いたいのでできるところから省略し変更をしたというものであった。私は変更したのであれば事前に伝達してもらいたかったこと、教育委員会や市長が参加した卒業式と参加しない卒業式の時間等に差が当然出てくるがこれは不公平であるということ(子供が望むということであるならば)、子供たちに1枚ずつ市長の言葉や教育委員会の言葉を印刷して配っていたがこれは経費の無駄遣いであるという3点の指摘をさせてもらった。
教育現場の独自性に任せているという課長の答弁であったがこれは詭弁である。学校側が卒業式に来賓を呼びながら来賓の紹介をする学校があったり、1枚の来賓リストで済ます学校があったりこれも一貫性がない。教育の独自性で好きにやるというならば学校だけで勝手にやればいいのだ。
私は、合理的に短時間で式典をすることには大賛成だが、そこに見え隠れしている学校の傲慢さが鼻につく。学校が荒れると地域に協力を求め、「父兄と教師と地域と」といったいで子育てなんていいながら、こういう意見が学校から出てくるとしたら、それこそ問題である。
卒業式も教育の場ではないのか、本当にいい卒業式をしたいのであれば地域を交えてこのように変更をしていきたいというのがルールではないのかと考える。「小さなことを」と思われる方も多いだろうが学校は決して精神的に開放されていないし、こういうこと一つ一つが切り替わらないと地域と一体の学校というのはできないと思うのである。
代表者会はその後終了し、この問題について何人かの議員と意見交換をした。「議会の挨拶も余計といっていると感じられる」といっていた議員もいたがそれはそれで余計なことと皆で決めればそのようにすればいいと思う。式典の挨拶の短時間も我慢できない事が問題だといっている人もいた。本当に子供たちのためにはどのような卒業式が相応しいのか良く検討をしていただきたいものである。
国会は相変わらずに迷走が続いている。朝からあちこち市内を歩きながらお話を伺って歩いていると、「一体国会は何をやっているのかねえ」という声を多くいただく。与党野党という問題ではなく、国民してみれば政局にばかりこだわって政治をするのではなく、もっと国民のほうを向いて政治をしてくれということではないのかと思う。
いずれにしても19日には福井総裁の任期が来る。そこまでに決着をつけていくと思われるのだが、今のやり方は決してどちらにもよく理解をする人は居ないはずである。暫定税率を含んだ税制関連法案も本当の審議が進んでいるのかどうか。一体どのような結論を見出していこうとするのか、与党が野党がという前にやるべきことは国民に対してどうなのかきちんと示してほしい。
国土交通省関連の独立行政法人を含む、特定財源の不適切な使い方が明らかになってきたのは、野党の功績である。行政府として問題点は問題点として明らかにして、きちんと修正をすべきである。一番意識が変わらなくてはいけないのはこういう部分であると思う。だめなものはだめ、おかしいものは直す。この基本姿勢が見えてこないところは問題がねじれてくる。道路特定財源にしても私は個人的には継続すべきだし、目的税なのだから目的を果たしたときにやめるべきであると思う。一般財源化の議論をするのであれば、目的税ではなく、恒久的な税体系にすべきであると考えるがどうであろうか?
いずれにしても迷走は国民にとって大きな迷惑である。
朝から湯河原真鶴方面を何度となく行き来しながら、湯河原町議会選挙の準備をしていた。告示の当日は公立幼稚園の卒園式に私が出席をするために事務所の開設式に間に合わず、式次第のとおりに様々人にお願いをしなくてはいけないということで、あちこちその人の都合のいい時間に合わせながら訪問をし、挨拶等を依頼して歩いた。
夕方からはミニ集会に参加をしながら、皆さんの声を伺って歩いた。候補者でない分気楽に話しを聞けるところもあるので、きちんとメモをして後で候補に伝えられるようの配慮をした。
そんなことをしている中でニュースを見たら痴漢でっち上げで大学生が逮捕されるというニュースを耳にした。犯人もひどいのだが、実はこの痴漢事件というのは冤罪がまことに多いのでも有名である。女性が大泣きをするとそのことが大きな説得力となって男性は罪に問われてしまうケースが多い。その冤罪を晴らすには大変な努力が必要なのである。
そういう意味では手前味噌になるがわが党が提案し、取り入れられた女性専用車両というのは男性を冤罪から救う大きなものである意と思っている。
私自身は幸いなことに通学にしても通勤にしても電車で長いことラッシュの時間に揺られていくという経験がほとんどない。大きな体なのでそういう場面に乗り合わせるとできるだけ邪魔にならないように両手をつり革につかまっていることが多い。
いずれにしても冤罪が晴れた男性は良かった、またこんなことをたくらんだ犯人は厳罰に処すべきだと思う。
10時過ぎに帰宅をした。
朝9時過ぎに自宅を出て近所の中学校の卒業式に参加をした。私はこの中学の卒業生ではないのだが毎年1回歌う校歌をいつの間にか覚えてしまった。
卒業生が入場し卒業式が始まった。いつもの年よりも簡略化されたような進行ではあったが、来賓の挨拶の後の子供たちの声の中で考えさせられる一言に遭遇をした。
「在校生の皆さん、私たちは皆さんが目指す背中であり続けられましたか」という一言である。これこそ今の大人が最も意識しなくてはいけない言葉なのではないかと思った。卒業生が後輩に投げかけた言葉なのだが、親が子供に、教師が生徒にこういう背中を見せることができているのだろうか?目指すべき大人として地域の人も含めて子供たちの目に自分たちは一体どのような背中を見せることができているのだろうか?非常に重い一言を聞き、私たちがこの言葉を意識していけば変わるのだという思いを改めて感じていた。
さわやかな中にも感動の卒業式は1時間10分で終了した。時間の長さではない余韻を十分に残した立派な卒業式であったと思う。卒業生の皆さんご苦労様でした。また、先生方も3年間のご苦労に対して心よりの敬意を表します。
終了後あわただしく学校を辞去して、湯河原のミニ集会参加のために移動した。ここはここで私の社会学習の場で、様々な問題にたいして様々な話が伺える。そういうお話の中から次の大きな政策のヒントもいただけるということで私にとってはとても大切な時間なのである。
夕方湯河原のこのたび引退をする議員宅を訪問ししばし懇談をしてきた。さわやかに語る先輩の姿にはなにか満足感のようなものを感じ、私もそのようになっていかなくてはと自戒をしながら帰途についた。
午前中は役所に行き、本来であるならば予算特別委員会を傍聴すべきところを控室に居て資料作成や報告書の作成をしていた。なんだかんだで午前中いっぱいかかって仕事の段落が着き、予算特別委員会が昼休みに入った段階でほかの議員を交えて打ち合わせをおこなった。
会派での打ち合わせは最近こうして短時間でおこなわざるを得ない状況なので、簡潔に順番に打ち合わせを行い、12時50分ごろには大体の段取りの目安がついた。
昼食をとりほかの仕事の打ち合わせがすんだところで移動をして、車の試乗に出かけた。今乗っている車が故障しがちで昨年の車検の前後から一体いくらかかっているのかというぐらいの故障の連続なのでここで思い切って乗り換えようと考えたためである。
知人の紹介でディーラーを尋ね日産のデュアリスを試乗した。思っていたよりも視界が良好なのと、左側の前が見やすいことに驚いた。天井までの高さに少々不満が残ったものの全体として運転しやすく、自分のイメージよりもいい車であった。
義理の兄がまったく同じ車に乗っていることもあって、購入することを前提に進めていくことにした。
市民相談の電話が入り、そこから3件訪問しお話を伺って本日も終了した。
朝8時過ぎに小田原アリーナに自転車で向かう。本日は尊徳マラソン大会である。開会式に参加しスタートを見て帰ってきたのだが、議員の参加者が少ないのに驚いた。いつもの年はもっと多くの議員が参加をしていると思っていたのだがこんなものだろうか?と首をかしげながら考えていた。
地域行事もおこなわれている中なので一概にものは言えないのだがせめて議会のスポーツ議連に参加している議員だけでもこういう行事に参加をしてほしいものだと思った。
いったん妻と買い物に出かける。米の買出しである。秋田に頼んでいた米がいつまで経っても届かず、ついに米がなくなったのでその責任を負って私が買出しに行くことになった。そのついでに様々にほしいものを買ってきた。
そこから湯河原に移動した。いよいよ遊説カーの設営が始まる。臨場感が出てきた。選挙は出るのも大変だがこうして縁の下で努力をしていただく多くの人を忘れてはいけない。こういう人の思いを乗せて頑張らなくてはいけないのだと改めて感じた。
夜は小田原で会合に出席。公明新聞の躍進月間に来月から入るためにアピールをさせていただいた。○旗のように多くの購読部数が確保できていないだけにわれわれも頑張らなくてはいけない。
いつものように朝8時15分初の電車に乗り自宅を出発。10時前に神奈川県本部に到着し、10時半からの幹事会に備える。会合前のこうした時間にあちこちの議員と情報交換をする。特に本日は道路特定財源の決議の取扱状況について各議会の状況を情報収集した。
考え方的には大きく二つに分かれているようである。一つは議会の決議となると今まで原則全会一致でやってきたために出さないことを決めた議会。与党であるために自民系の議員と公明の議員で協力して決議を提出する方向の議会の二つが多いようであった。小田原市議会は果たしてどのような方向になっていくのか今後の展開が問題である。
幹事会は順調に進み終了をした。こうして書くと何の意見も議論もなくと思われるが議論は百出大いに意見はぶつかり合うが最終的に合意に至るということ付記しておきたいと思う。ここがわが党のいいところだと思うからである。
午後からは議員総会が開会約2時間ほどの会合の中では神奈川県の政務調査費の監査請求に対しての対応と状況の説明がおこなわれた。政務調査費については多くの議論があるのだが、川崎市についで神奈川県で一定の結論がでてルールをぜひきちんと作ってほしいものである。それが今後私たちのルール作りにも役に立つと思うからである。
会議費の中で食事代について認められるというところは私たちの市では考えられないのだが、川崎でも弁当代を神奈川県でも一定の食事代を認めているようでこの辺は今後の研究材料棚という感想を持った。
自宅に帰り夕方から夜のかけて市民相談の対応に追われる。忙しい日々である。
本日初めて予算特別委員会の傍聴に参加をした。内容はともかく委員会の雰囲気を知りたくて午前中だけ傍聴をさせてもらった。
午後からはあるNPO法人の代表の方の話を聞いた後に、その所管の職員と話をした。NPO法人の人が持ってきた内容についてどの程度の感触を担当の部署として持っているのかを知りたかったからである。いずれにしても6月の議会で新市長のもとに提案すべき内容としてはいい材料を手に入れたような気になっている。今後しっかりと勉強をしていきたいと考えている。
調子の悪い車であちこち動いているものだから体があちこち痛くなってきている。そうはいってもいつも通りで時間の使い方がうまくないので結局は相手に合わせて生きている感じで自分の時間がうまく取れない状況が続いている。自分では頑張って生きているつもりなのだが相手がそう思うとは限らない今後の大きな課題をどのように取り組んでいこうかと考えながらももう少し考え方をキチンとうまくしていかなくてはならないと改めて感じている。
夕方から夜にかけて伊勢原に出かけ昔の友人と旧交を温める。なかなか会えない人だが元気そうなので安心をした。
10時30分に帰宅
朝本日から配信される、わが党のウェブTVのダウンロードを待ち構える。夜の会合に見てもらおうとダウンロードしたものをDVDRにコピーしたいためである。
しかし、9時の予定が11時になるという事で初めに4月5日に行う予定の時局講演会の会場を手配させてもらった。時局講演会といっても研修会のようなもので100名が対象の会合である。予定通り会場の申し込みはできた。
ダウンロードが可能になったのでダウンロードを行いその後にコピーをし始める。6枚のコピーを終えると湯河原で約束をしている時間がぎりぎりになったので湯河原に移動をする。
湯河原では本日は1件で2時間かかったのでそのままこちらに戻ってきて夜の会合の準備をし始める。小田原の会合ではDVDRにコピーした映像を見せながら政治学習をさせていただき40分ほどで湯河原に移動をすることになった。
湯河原では会合終了後にDVDRを見てもらったのだが今一の評価であった。私たち議員が見てみると非常にわかりやすく自分が話すのにはよくできていると思うのだが、初めての支持者が見て語れるかというと内容が難しいとの評価であった。そうなると私たち議員が見て噛み砕くしかないなという事になった。
結構役に立つものだという思いが残念なことに現場では生きなかった。今後の課題である。
帰宅は11時
朝から市内をあっちに行ったりこっちに行ったりして11時には約束のあるあるところの代表者と懇談をした。1時間ほど懇談をした後に妻と子どもがロビンソンで食事をするというのでそこに合流。久しぶりにイタリアンを食したあとにそこから湯河原に移動をして終日党員さんの所を訪問して懇談をしてきた。
今の国会がねじれ現象で課題が噴出しているせいもあって党員さんの言葉も攻撃的で様々なお話をしていると大変に時間がかかるのだがこれも修行と思いお話をうかがって歩く。
いつも意外に思う事があって4年前には真鶴町との合併の話がタブーになっていたし今回は2市8町の合併検討会に話は全く出てこない。湯河原という街は合併には前向きな印象が強いだけに全く意外な感が強くしているのである。こういう問題は確かに一つの街がどのように考えたところで思うような結論が出るとは限らないのだがこれほど話が出てこないというのも不思議な感じである。
夜帰宅をすると何件か電話を頂いていたのでその対応をした。
本日は代表質問午前中に最後の一会派が行い、午後からは個人質問と行って会派に属していない議員が質問を行った。
代替予想の時間で終了したのだが、議員の中からは会派の所属している人数によって優先的に質問順を決めるべきまた、時間についても一人何分という掛け算で所属議員によって長さを変えるべきだという意見が出てきた。
ある意味で合理的に聞こえる面もあるのだが、大会派だけがなんでも優先して行うという事でいいのかどうか今後の議論が必要だと思う。そういう流れになるとうちの会派もいよいよ拡大路線を考えないといけないかな(笑)
質問終了後予算特別委員会の委員が選任され本会議終了後委員長の互選を行った。私はその時間には医者を予約してあったので医者に移動をしていた。朝食事をしてひる何も食べていなかったので花粉症の問診を受け、その後に血液検査と尿検査を行った。いつも行っている検査であるが薬を飲み続けていくというのがいかに厄介なことかと思ってしまう。
その後湯河原に移動していつもと同じように党員さんの所を訪問した。2時間ばかり訪問して本日は地元で用がある為に自宅に帰宅。
朝6時に自宅を出発小田原球場で行われる開会式の準備をさせてもらいながら第2会場で本日の私の役目である献血の受け付け作業に必要なものを車に順番に積み込んでいた。
開会式が始まる前に移動をするという事であったので第2会場である酒匂川河川敷のグランドまで移動した。少年野球の関係者を対象に献血をするという事らしく、9時少し前に献血車が到着するとどんどん献血をする人が集まってきてこちらの受けつはともかく、献血車の赤十字の受付が間に合わずに並んでもらうようになった。
見ていて感じたのは昔と違ってだれもが献血をできるという事ではないらしい。花粉症の薬を飲んでいたり、高尿酸結晶の薬を飲んでいたり、常飲している薬の種類によってはせっかく来ていただいても献血できない人が意外に多くいるという事も新たな驚きとして感じることができた。
12時30分まで役員をして交代をしてもらい、13時から2つの市内の会合に顔を出して3時過ぎには湯河原に向けて移動を始めた。日曜日のこの時間に湯河原に移動をし始めると夜の9時をすぎないと道が空かないために帰宅ができない。じっくり腰を据えて党員さんの家を何件か訪問をする。その後7時からの会合に出席をして11時近くに帰宅した。
