様子を見ながら横浜に
回復は順調で膝は全く痛くなくなったので横浜に行くことにしました。衆議院議員の後援会の人の所を訪問し要望を聞くというもので、そうはいってもまだ全開にしてはいけないと思いながら、4時間ほど動いて帰宅をしました。
最近こういう活動をしていて思う事があるのですが、本当に人に会うことが難しくなっているということです。市民活動にしても熱心に行われている人に対しては一定の情報は流れていくと思いますが、このように普段家にもめったにいない人たちが増えている状況の中でその人たちが情報を得る手段は一体何があるのかということです。
市民活動家はよく、住民投票をしようという言葉を使います。私には理解のしがたい言動をすることのある議員も自分の考えはさておきながら、住民の意思を尊重してという言葉をよく使っています。本当に住民の側にたつという事はどういうことなのでしょうか?住民の総意で物事を決めていくようにするという事になった時に、このように普段家にいない人たちにきちんとした判断基準になる元をどこで提供し、どこで説明を行うのかというルールを作らなくてはいけないのではないでしょうか?適切に判断をすることができ難い今のような状況の中で住民投票が全て正しいという解釈は本当に正しいのでしょうか、私は疑問に思っています。
反対に住民にどうしても適切な情報を伝えなくてはいけないという事柄に対して行政は今のやり方で十分なのでしょうか適切な判断とは適切な情報と材料によってなされるもので、その提供の仕方は今後の大きな課題になってくると思います。「城下町ホール」の建設についての反対運動をしている人の中にも適切な情報と適切な判断ができる環境が整うと結果が変わって来ている人が何人もいます。これも今現在行政が抱えている大きな課題を行政が乗り越えていない結果であると思います。
そういう意味においてマスコミの果たす役割は大きいと私は考えています。暫定税率の問題も本当にこのままでいいのかどうか与党も野党ももう少ししっかり考えないと、国民の政治不信は増すばかりだと思います。
大きな声の独り言でした。
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